生きる 題材 生
私はビルの屋上で身を乗り出して落ちそうになってスマホを取った。
「待って。早まらないで」
「え?」
「なんだ。違うんだ。良かった」
ショートヘアの女性が止めてきた。自殺と勘違いしたらしい。
「自殺はしませんよ」
「少し話ししませんか?」
「え?なんで」
「何となくです」
「え?嫌です」
私は
そんなに落ち込まなくてもいいのにと思った。
「少しだけならいいですよ」
「本当ですか?」
女性の表情が明るくなり、余程、嬉しかったらしい。すごく変わった人に思えた。
私と女性はビルのベンチに座る。
「実はね。10年くらい前。ここで女性かわ自殺したのを見てしまって」
「そうなんですね」
「だから。今度は絶対に止めたいって思っていて。止められて良かったです」
女性の話す内容はあまりにも非現実的だが、今の社会には十二分にあり得るだろう。
女性は自殺者の姿を見たのだろう。それはそれでかなり辛いと思う。
「だから。あなたが自殺するかと思って」
「それはないです」
「良かったです。あ。そうだ。これを」
女性は缶コーヒーを渡してきた。私はそれを受け取る。
私は「ありがとうございます」と言いながら、缶コーヒーを開けて飲む。
「私の名前はシライって言います」
「そうなんですね。私は戸田といいます」
「よろしくね。戸田さん。戸田さんはこのビルのオフィスで働いているの?」
「はい」
シライは一般的な話をしたかっただけなのだろうか。何がしたいのか。よくわからない。
「仕事は辛いですか?」
「仕事。まあ、辛いかな。結構、激務です。辞めたいと思ったこともあります。けど。転職先も決まらないと思ってるんで諦めてますね」
シライは私の話を真剣に聞いている。シライは私が自殺しないか心配しているのだろう。
「そうなんですね」
「シライさんはどうですか?」
「私はこの辺の近くのスーパーでパートして働いてます」
「そうなんですね」
「はい。子供も大きくなって、外に出られるようになったんで」
シライは若く見えたが、何歳なのだろうか。ショートカットヘアの小綺麗な感じが印象的だ。
「私自身も人のこと言えないんですけどね。10年くらい前は「死にたい」なんて思っていましたし」「そうなんですね」
「自分じゃ、どうにも出来ないことが沢山あって。けれど。それは
自己責任にされてしまう。そんな息苦しさを感じていました」
私はシライの言っていることがわかった。一向に回復する
益々の目減りをし続ける給与と年金。こんな社会に何を期待すればいいのか。
「少しでもマシな状態に、特に精神は健全でいたいと思うようになりました」
「そうですね。それが難しいですね」
私は口に広がるコーヒーの苦みが、人生の味に思えてきた。
苦い、苦しい。辛いことが多い。
こんな社会でどう生きていけばいい。
「だからせめて、自分の好きなように生きてみようと思いました」
「それはそうですね」
「だって自分ではどうにも出来ない。なら、自分でどうにか出来る範囲で好きなように生きようって思いました。ただ人間社会に生きていることは忘れないというけじめは持ちました」
私はこの意見に共感した。私自身も思うことがある。けれど、「好きなように生きる」は簡単にできるようでできないものだ。
「素晴らしい生き方、だと思います」
「ありがとうございます。少しでも自分にとって好きなように生きる。こんな酷い社会だからこそだと思います」
シライは私の言葉に大変、嬉しそうだった。彼女には共感が相当、嬉しかったようだ。
私自身も少し、シライと話ができて良かったと思う。
「幸福の「幸」って「辛」と似てますよね。私。思ったんです。幸と辛は
シライの言葉は現実逃避だろう。けれど。良くないこと、悪いことは表裏一体。
真理にも感じた。昼休憩の時間が終わる呼び鈴が聞える。
「もう。時間なので。失礼しますね」
「はい。戸田さん。貴重なお時間をありがとう」
「いえいえ。こちらこそ。缶コーヒーありがとうございました」
私とシライはすがすがしい気分で屋上のベンチから離れた。
私達はそれぞれの仕事場に帰っていった。
了 49:54 題材 生
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