積ん読 題材 本

 今日は隣の家に住んでいる哲学者の波川なみかわ広斗ひろとという人の家に行くことになった。

 私は波川なみかわさんとは家族かぞくぐるみでの交流がある。

 波川さんは40代の時、妻子さいしがいたが離婚。

 その後、妻と子供が出ていき、一人暮らしだ。

 私の両親はそれから波川さんを気にかけている。

 その理由はお隣だからもあるが、昔、両親が困っていた時に波川さんの助言で解決したらしい。

 それ以来、両親は「困っていたら、波川さんに相談するといい」とよく言っている。

 私は中学生になるまで、波川さんに相談そうだんしたことはない。

 理由は単純に悩みがなかったからだ。

 けれど。最近、悩みがある。それを相談するために波川さんの家に行くことになった。

 電話でその交渉をした時の話だ。

「波川さん。こんにちは。相談したいことがあるんですが」

関津せきつさん。いつもお母さんがお世話になってます。相談かな?いいよ』

「ありがとう御座います」

『じゃあ。明日、僕の家に来てくれるかな。時間は君の都合でいいから』

こうして波川さんの家に行くことになった。波川さんがどのくらいの哲学者か知らない。

  ただいくつもの書籍を出している、少しだけ有名な哲学者てつがくしゃけん作家さっかということ。

 そして、その印税いんぜいで波川さんが家を建てたということぐらいだ。

 私は昼下がりの午後3時ごろ、波川さんの家に行くことになっている。

 午後3時ごろに波川さんの家に行き、インターフォンを押す。

 波川さんが「あ。解錠かいじょうするね」と言い、玄関の鍵を解錠してくれた。私は玄関の扉を開けて、家に入る。家の玄関にはお花が添えてあり、赤色の薔薇ばらや白色の何かの花がアレンジフラワーになっていた。家の中は非常に綺麗きれいだった。

波川さんが居間いまから出てきた。

「こんにちは。あがってね」

「あ。はい。これ。土産みやげです」

「え。いいのに」

「母がどうしてもって」

「じゃあ。お言葉に甘えて」

私は母親から持たされたどら焼きの入った手土産を波川さんに渡す。波川さんは少しだけ嬉しそうにそれを受け取ってくれた。私は靴をいで「おじゃまします」と言い、差し出されたスリッパをく。波川さんの後ろについてきながら、客間きゃくまに案内された。

「ここに座っていて。お茶を持ってくるからね」

「ありがとうございます」

私がソファーに座ったのを確認すると、波川さんは客間を出て行く。私はソファーに座りながら、辺りを見る。そこにはびっしりと本が並んでいた。心理学や専門書も沢山ある。私はソファーから立ち上がり、それをながめた。

波川さんがお茶と、さっきのどら焼きを持ってきた。

「なにか、興味あるものあった?」

「いや、まだ、よく解らないですけど」

「ん?まあ。座って。悩み事の相談だったよね。はなせる範囲《はんい

》でいいよ」

私はゆっくりと座り、少し息を吸う。波川さんが私の前に、お茶とどら焼きを出す。

「あの。最近。私、小説が好きで。どんどんどくみたいになっていて。どうしたらいいかなって」

「あ。それ。それなら別にいいじゃない?積ん読でも」

「ありがとうございます」

私は予想外の返答に少し戸惑った。予想では波川さんが「積ん読を否定する」かもしれないと思っていた。私の両親は「さっさと読まないなら棄てろ」と言ってきて、すごく悔しかったからだ。

「ただね。一つだけ言っておくよ。人生は何があるか解らない。だから。優先ゆうせん順位じゅんいを決めて読書をするといいよ。だって。読めないで死ぬこともあるかもしれないから」

”人生は何があるか解らない”。今の私にはピンと来なかった。波川さんの経験からにじみ出ているようにも感じた。

「まだ関津さんは中学生だから現実的に捉えることは出来にくいだろうね。でも、これだけは憶えておいて。大切なこと、大事にしたいことを優先するといい。それが次第に生きていく意味になっていくと思うから」

 波川さんの表情を優しく、私は心が暖かくなった。私は波川さんに相談して良かったと思った。

了 55:00 題材 本


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