月極 題材「月」

 今日。私は娘の日菜ひなと共に散歩をしていた。日曜の天気の良い、気持ちの良い日だった。

 日菜は私と手をつなぎ、元気に歌を口ずさんでいる。

「出た出た。月が〜」

 私は何故、日菜がこの歌を唄っているやか不思議だった。

「まあるい、まあるい」

 日菜は歌い続ける。私はそれを微笑ましく聞いていた。日菜は私と繋いでいない反対側の手をブラブラとさせる。

 駐車場を通り過ぎる際、日菜が「あ!」と言った。

「どうしたの?」

つき、なんで読むの?」

「これはね。月ときわみで月極つきぎめだよ」

「えー。ナニソレ?」

「月額で駐車契約してるってこと」

 私も子供の時、これを読めなかった。そういえば、なぜ「きわ」なのだろう。

きめ」でもいいのではないだろうか。

 私と同じ疑問を日菜が口にする。

「なんで、極なの?」

「ごめん。お母さんも解らん」

「えー」

「後でさ。スマートフォンで調べるね」

「えー。早く知りたい!」

 日菜は駄々を捏ねる。私は「わかったよー」と言いながら、片手でカバンを開けた。

 見知らぬおじいさんが私たちの前にくる。

 おじいさんが口を開き、「月極」の説明を始め出した。

「極なのは戦前までは「契約する」「約束する」「きめる」とい意味で使われていたからだよ」

「え?そうなんですか」

 いきなり知らないおじいさんの説明で少し警戒する。けれど、そのおじいさんはどこかで見た気がした。

夏目なつめ漱石そうせきの小説「それから」の中に、「仕様しようがない、覚悟をめませう」というのがある。「覚悟を決めましょう」って意味だ。けど。戦後になり、「極」が「きめる」という意味で殆ど使われなくなったからなんだ」

「すごい、おじいさんありがとう」

 日菜が目を輝かせて言った。

「いえいえ」

「ありがとうございます!」 

 私もおじいさんに感謝を述べた。おじいさんの顔を再び見ると、その正体を思い出す。

 それは最近、よくテレビに出てくる日本語学者の湯川ゆかわ玲二れいじだった。

 私は驚いた。

「あの。湯川玲二教授ですか?」

「ああ。そうだよ」

「あ。ありがとうございました!何かさっき、変な風に思ってしまって」

「いや。いいって。僕もいきなり話しかけてたしね。ごめんね。じゃ、行くね」

「バイバイ、おじいさん!」

「はーい。バイバイ!お嬢ちゃん」

 湯川教授は日菜に明るく挨拶を返すと、軽い足取りでその場を去る。

 テレビで見ていた通りの雰囲気で少し陽気に見えた。

 私は少し得した気分になった。有名な教授に教わる機会なんて滅多にない。何か良いことが有りそうなきがした。

了 34:45

引用  domani

https://domani.shogakukan.co.jp/808737


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