第82話



 地球科学連盟評議会学術総会の会場では今か今かと世界中の科学者が集まり、ひしめき合っている

会場に入れなかった学者達は、廊下や休憩室に設けられた画面に釘付けになっている。


 その映像の中、司会者が壇上に現れ、ひとしきりの略歴を伝えた。

月の科学者、オーエン博士の紹介である。


「身に余る光栄な御紹介をいただき感謝をいたします。先ず今回の月での調査結果をご報告できる場所を作ってくださいました評議員及び関係方々の皆様に感謝いたします。それに、お忙しい中、この報告の為に集まってくださった先生方にも感謝をいたします。単なる考古学者の私が、このような総会で報告出来るのも月で共に努力をしてくださった電子工学者、遺伝子工学者、理論物理学者、応用物理学者、量子物理学者、有機無機の化学者、天文学者、病理学者、古代文字解読班の原語学者、また、それに関わって来てくださった数々の研究者や作業員の方々、これらの方々の努力の結晶である事は言うに及びません。ありがとう、この場をお借りして心からお礼をお伝えします、ありがとうございます」


 会場から大きな拍手が送られているのが、廊下や休憩室のモニターを見ている学者達に伝わって来る。


「私達は、数々の苦難の前で何度も挫折し、やっと結果を出すことができました。然し、その結果も全てではないでしょう。科学は進歩するものです。若い研究者達が研究に研究を重ね、私達研究グループの出した結果を覆すことがあるかもしれません。私は、それを進化だと思っております。然し、間違いなく覆されない大きな事実があります。結果から先にお伝えしましょう。ルナリアンは存在していた、と言うことです」


 既に進捗状況を報告していたため、騒めきはなかったが。

それよりも、更に、また大きな拍手が起こった。

オーエンは会場を見渡し、拍手が収まるのを待って話し出す、


「その民族達は、今から約5千年前に突如として、その高度な文明と共に消え去りました。例えば超素粒子変換装置、私達の此の機械は敷地面積が広大で高さも超高層ビル並みです。が、既にルナリアン達は、遥か5千年前に此の変換装置を作り、しかも同じ性能で、驚くことに1000分の1、のスケールで稼働させていました」


 静まり返った会場からは、ため息のような声がところどころで聞こえる。


「ここに十枚程度の報告書があります」


 オーエンがその報告書を片手で持ち上げ、会場の皆に見えるようにする。


「この報告書がなければ、結果に至るまで、あと何十年、いや、それ以上に時が必要であったかもしれません。ただ、それ以上に残念なのは、此の報告書を作成した人物がいまだに行方不明であると言うことです。その科学者は、地球では量子物理学者であり、月では第7セクターで超素粒子変換装置の技術者で天文学者でもありました。そして名も無き一人の学者でした。彼の名前を知る人は少ないと思います。なので、此処で彼の名前を先生方にご紹介させていただきたく思います。アメリカ系中国人、リー・クラプトン博士、です」


 先ほどまでとは違う、小さな拍手が聞こえる。


「そして、私達は、どう考えても解決できない、できていない調査結果を持っております。それは、彼らとは違う種族達による侵略を避けるために、まるで逃げるようにして、その月の民族は地下都市を建設し、そこに聖堂を設けていたということも分かりました。私達の頭を悩まさせたのは、ルナリアン達が祈りを捧げていたと言う事実は驚くべきことではありません。驚くべきこと、それは祈りが叶えられ、まるで神の力が現実に存在していたのではないかと思われる事実が、ルナリアン達が使っていた超高性能のコンピューターに記憶されていたのです」


 オーエンは広い会場を見渡した。

そして言葉を続けた、


「その事実を調べるきっかけになったのは、古代文字解読班の報告からです」


 オーエンは、さらに会場を見渡し、


「此処に、その時の報告書があります。読みましょう」


 私の名はルーナ

国を滅ぼされ神話は無い

戦いに敗れ神殿も破壊され

有るものは無く

無いものの中で生きる神

私は月の女神、ルーナ


 星人の願いは既に成就され

宇宙の果てから届く心さえも

叶わぬ思いは無いと知る者こそ幸いなり


 全ての罪は流され

罪穢れは無しと知れば

宇宙を彷徨いし女神は彷徨う事は無しと

星と星に命を与えるなり


 私は月の女神ルーナ

全てを失いし夜に光る女神 

・・・・・・・・、


 オーエンは声高に読み続け、静まり返った会場では、その声だけが響いていた。


              完

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