自己中で身勝手でそれでも好きで

冷泉 伽夜




 取り囲む女性たちの声は、甲高い。


姫小路ひめこうじくんですよね?」


「ファンなんです~」


「握手してもらっていいですかぁ?」


 若手俳優として名をはせている姫小路ひめこうじ幸人ゆきとは、不愛想な顔で手を差し出した。


「……はい」


 その反応こそたまらないとばかりに、女性たちはきゃっきゃと手を握る。


 人通りの多い都会の街中。幸人は黒に統一したコーディネートで待ち合わせ場所に向かっていた。


「国宝級イケメン」「白雪王子」と評されるほどに整った顔を、隠すことはない。当然ファンに気づかれ、前に進めない状況が続いていた。


「あの~、写真とかってぇ」


「あー、ダメっすね」


 塩対応で有名な幸人は、この状況にますます言動が雑になっていく。冷たい顔で切り捨てられた女性は、むしろ喜んでいた。


「どこに行くんですか?」


「それきみに関係ある?」


 いけないと思いつつ、イラ立ちは抑えきれない。幸人には今、どうしても向かわなければならない用事がある。


 思い切り罵倒して舌打ちでもすれば、道を開けてくれるだろうか? SNSに書き込まれる可能性を思えば、そんなことは決してできない。


「ごめんね~」


 耳に残る甘い声。と同時に、幸人の肩が後ろから捕まれ、寄せられる。顔を向けると、落ち着いたグリーンの香りが鼻先をくすぐった。


 爽やかで、涼し気で、先ほどまでの不快感が去っていく。


「今日は俺とデートの約束してるんだ~。みんな残念でした~」


 オレンジ寄りの跳ねた金髪。目元の見えない大きなサングラス。光沢のあるエメラルドグリーンの柄シャツ。


 匂いとは違い、その見た目は派手だ。大きい口を横に伸ばし、元気に笑っている。


「だからさあ、邪魔しないでくれる~?」


 先ほどよりも湧き上がる黄色い声。身を引いて道を開ける女性たちに、一段と甘い声を出した。


「ありがとうね、じゃあねぇ」


 男は手を振って、幸人の肩を抱いたまま進んでいく。


 塩対応万歳。氷像のような白雪王子。どんな女性にも決してびは売らない。そんな姫小路幸人はどこへやら。


 肩を抱かれた幸人の頬は赤く、先ほどの女性たちのように緩い笑みを浮かべている。つかまれた肩を見ながら、高鳴る心臓をごまかすよう声を出した。


「お、おまえさっきデートって言った? デ、デート? デートってなんだよ~。俺は時間が空いたから誘ってやっただけなんだけど~?」


 女性たちに向けたものより、声のトーンは高い。


「顔がいいってほんとつらいよな。俺、女の子に好かれやすい顔してっからさ~。ほんとうはマスクしようと思ってたんだけど、おまえうっかりしてるとこあるじゃん? マスクしてたんじゃ俺に気づかないかもって思って~」


 密着し続けるこの状況に体がこわばり、頭が回らなかった。自分でも何を言っているのかわからないのに、口はよく回る。


「ほんと、たまにでかけるとこうなるんだもんな。一人で行きたいところもいけないっつうの。まあ、でも? おまえのおかげで助かったわ。ありがとな」


 返事もなく、幸人の肩から手が離れる。なくなったぬくもりに心細さを感じながらも、胸の激しい鼓動はおさまらない。


 頬の赤みもそのままに、ちらりと、視線を向けた。


 となりを歩く染井そめい桜空さくは、ヒット曲を出し続けるシンガーソングライターだ。


 激しい曲調にセンセーショナルな歌詞が特徴的で、男女問わず熱狂的なファンが多い。


 正面を向くその顔は、笑みが消えている。なにも話そうとしない姿は、近寄りがたい雰囲気をにじませていた。 


「やっぱ誰かと一緒じゃなきゃだめなんだな~、俺。女たちを引きはがしてくれる誰かがいないと~」


 桜空さくの横顔を見つめ、幸人はわざとらしく続ける。


「外に出るのもこんなに大変なのに、おまえのためにわざわざ時間作ってやったんだからな。感謝しろよ? こっちは寝る暇もないくらい忙しいんだぞ? こないだなんて三十分しか寝てないのに次の撮影がひかえててさ~」


「ふうん、そうなんだ?」


 先ほど女性たちに向けていたときよりも、冷ややかな声だ。それでも、幸人のとなりでちゃんと歩幅を合わせている。


「この白雪王子と一緒に出掛けられて、おまえは幸せなんだぞ? こう見えて超売れっ子、なんだからな。そんな簡単に会えるような男じゃねえってこと心得ておけよ」


 桜空さくが返事をしなかったとしても、桜空さくに表情がなかったとしても、幸人の高慢な笑みは消えない。高鳴る胸はそんなことではおさまらない。


 ただでさえお互い忙しく、この日も幸人が必死に誘い、休みを合わせてようやく会えたのだ。本番はこれから。


 幸人の視線が、桜空さくの手に落ちる。体の動きに合わせて軽く揺れていた。


 ほんとうは、今すぐにでもしたいことはたくさんある。でも、我慢。桜空さくの顔に視線を戻し、目を細めた。


 今日で決める。幸人の顔と行動で、桜空さくの心を絶対に落とす。

 

 幸人から離れられなくなるほどに。幸人なしではいられなくなるほどに。なにがなんでも今日絶対、とりこにしてみせる。


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