過ぎ行く風

安土朝顔

第1話


 夜の繁華街から少し外れた、幹線道路を規定数値ギリギリに走っているトラックの前に急に人が投げ込まれた。運転手は急ブレーキをかけたが、あまりにも突然の出来事だった為に、鈍い音と共に甲高いブレーキ音が夜空に響いた。


「これは酷い」


 三浦(みうら)が見て最初に発した言葉だった。三車線の内二車線は封鎖され、パトカー数台とその警官たちが、交通整理に追われている。帰宅車両のピークは過ぎているので、渋滞にはなっていない。救急車も二台停まってはいるが、生きている人間が乗る事はなかった。


「三浦さん! こっちもお願いします」


 三浦は交通課ではない。刑事課に席をおいている。彼がここにいるのは事故では無く、事件だと判断されての事だ。

 若い刑事に呼ばれた三浦は、歩道に横たわっているシート捲り上げる。


「なんてこったい」


 まだ若い、スーツを着ているが学生だろうか。頭が陥没し、顔の裂傷も酷い。道路に横たわる女性との因果関係はまだ分からないが、調べればすぐにわかるだろうと彼は考えた。


「元村(もとむら)、仏さんの身元は?」


 元村(もとむら)は三浦の後輩で、年は二十七歳。彼自身とは丁度二十歳差になる。


「会社員ですね。ミヤマ薬品の社員証が財布

 に入っていました。女性は……学生ですね。西都大学の薬学科の生徒の様です」

 元村は女性の学生所と男性の社員証を三浦に見せた。そこにはロングヘアーに切れ長な目元の女性と、口を一文字に閉じた、いかにも真面目だと思わせる男性の本来の顔が写っている。


「薬関係か……それでトラブルに巻き込まれたか?」


 三浦の独り言に元村がすかさず返事をした。


「いえ、そうでもないようです」


 元村は短時間で調べた事を三浦に報告した。


「運転手の話しでは、男性二人が女性を担ぎ放り込んできたと言っています。目撃者の証言とも一致しています。その他の話しでは、泥酔した男性三人組が一緒に歩いていたこの男女に絡み始めたそうです。始めに男性を殴るけるの暴行、頭を掴んで何度もたたきつけ、最後にガラス瓶で殴打。被害者の周りに散っているのがその粉々になった瓶の残骸です。その後、泣き喚く女性の髪を引きずりながら最後には担ぎ、道路に放り込んだそうです」


 三浦は元村の話しを聞きながら、頭上にあるかもしれないあるものを探していた。それに気付いた元村は察したようだった。


「残念ながらここにはカメラはありません」

「そうか」


 だが目撃者が多数いる。犯人は直ぐに捕まるだろうと三浦は考えていた。


「で? 目撃者の証言から、犯人の特徴は?」

「それが……」


 それまで滑らかに動いていた口が、急に元気をなくした。


「どうした?」

「それが、目撃者はいる事はいるんですが、被害者への暴力に目を奪われてというのか、加害者については皆、チンピラのような感じだったとか、顔は暗くて分かりずらかったというのもあって、皆が曖昧なんです。それにチンピラ風情と言っても、この辺りは多いですし」

「運転手は?」

「ショックが酷くて、ひたすら急に人が飛び込んできたとしか」


 三浦は顎を擦りながら唸った。それは彼の考える時の癖でもある。

 彼は手に持った本来の二人の顔写真が入った身分証明書を見ながら、急に何が起こったかもわからず不条理に殺された彼らに報いるためにも、必ず犯人を検挙する事を静かに誓った。


 直ぐに捜査が始まったが、これと言って手掛かりは掴めなかった。

 被害者男性の佐々木元(ささきもと)治(はる)は、入社二年目の若手社員。社内では、温厚で仕事も精力的こなし信頼されていた社員だった。


 女性の方は、佐々木の後輩で宮間(みやま)綾(あや)。佐々木の大学の一年後輩で交際をしていた。


 事件当日、仕事で忙しかった佐々木から連絡を受け、久々にこの日デートをしていたようだ。仲はよく、彼女が来年卒業すると同時に結婚の約束をしていた。

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