男女別々の男女平等

福田 吹太朗

男女別々の男女平等

その一


 男女別々ノ男女平等条約が施行されてから四年が経過した。

 これはつまり、恋人同士であったミロオと、リジュことリジュエットがバラバラに引き裂かれてから、四年が経ったことを意味するのだ。

 二人は心の底から愛し合っていた。

 しかしこの条約と、それに付随する厳格な法律によって、彼らのみならず、あらゆる全ての男女がその居場所を分けられ、文字通り社会は真っ二つに分断されてしまったのだ。

 これらの法律を実施し、社会を管理していたのは、無性生殖人間たちであった。

 彼らはクローンに若干似通っていたのだが、それとはほんのちょっとだけ違うらしく、それぞれに一応個性らしきものは見受けられたのだ。

 何しろ彼らの生態は秘密のベールに包まれており、誰もその真相を知る者はいなかった。

 それはともかくとして、この制度には以下の特徴があった。

 その一。男性は全て一箇所に集められ、平等の名のもと、一元的に管理されること。

 この一箇所とは、海沿いの大都市の近海に存在する、離れ小島を意味していた。

 悪名高きこの島は、難攻不落の要塞か、脱出不可能な刑務所のようだった。

 実際過去にも何人かは、脱出を試みたのだが、潮流が複雑な上に、水温も冷たく、未だ脱出に成功した者はいなかった。

 その二。女性は郊外のニュータウンへと移住させること。男性に比べれば優遇されているようにも感じられたのだが、女性の場合、子孫を残すことを考慮して、少しでも身体的に負担にならないようにとの、無性生殖人間たちの配慮がなされたのだった。

 その三。定時になると男女共々、大都市の職場に勤務すること。しかしあくまでも男女は別々の区切られたスペースで労働し、たとえ同じ職場であったとしても、会話することはおろか、目を合わせたり、接触することも禁じられていたのだ。

 とまあ、他にもずらずらと何条もの項目が続くのだが、中核となる部分は以上の三つなのだった。

 ここからも分かるように、ミロオは隔絶された島で暮らし、リジュは郊外のニュータウンに小ぢんまりとした家を与えられて、(それすら同世代の女性数人との共同生活なのだった)愛する者同士とはいえ、離ればなれに暮らしていくしか、選択肢は与えられていなかったのだ。


その二


 まるで子豚が首を絞められた時に発する悲鳴のような、耳につく嫌な音が今朝も施設内に響き渡った。

 窓の外はまだ漆黒の闇、それは例の男性だけが暮らす島で毎朝流される、起床を告げるブザーの音なのだった。

「全員出るんだ! 遅刻は許されないからな。一社会人としての常識なんだぞ」

 管理者である無性生殖人間たちによって、男性たちは眠たい目を擦りながら一列に並んでいた。

 点呼が始まった。

「一! 二! 三! 四! 五! 六! 七……」

 ここまでくると人権侵害にさえ思えたのだが、最近になって、死を覚悟してまで脱出を試みる者が続出していたので、無性生殖人間たちにとってみれば、仕方のない処置だったのだろう。

「四百五十七! 四百五十八! 四百五十九……!」

 そこで点呼は終了した。

 つい先日まではちょうど五百名いたはずなのだが、一昨日脱出を試みた男性は、昨日遺体となって、プカプカと波打ち際に浮かんでいたらしい。

「よーし、点呼終了! これから朝食の時間とする」

 男性たちは一斉に食堂へと移動して行った。彼らのすぐ側には常に無性生殖人間が、警棒のような金属の武器を持って控えていた。

 だが彼ら男性たちは囚人ではない。罪を犯した訳ではなかったのだ。これがこの国の政策であり、それに従うしかなかった。

「さっさと食べるんだぞ? 遅刻厳禁だからな」

 無性生殖人間たちは盛んに囃し立て、男性たちを急かしていた。彼らの行動原理や社会の仕組みは一切不明だったのだが、もしかしたら彼らにもノルマや処罰のようなものが存在したのかもしれない。

 食事が終わると男性たちはたった三分でスーツや作業着に着替え、自らの職場へと向かうため、島から都市へと渡る唯一の手段である、フェリーに乗り込むのだ。

 フェリーは毎日混雑していた。通常例えばどこか体の具合がすぐれないとか、高齢だとか、逆に労働するための年齢に達していないだとか、そういった理由がなければ情け容赦なくフェリーに詰め込まれて、それぞれの職場へと送り込まれた。

 皮肉な話で、もし島から都市まで泳いで渡れば、どんな泳ぎの達人でも二時間は掛かってしまったのだろうが、フェリーならばたったの五分で辿り着くのだった。

 彼らは桟橋から、バスやタクシーや少し歩いて鉄道の駅まで向かい、電車に乗ってそれぞれの仕事先へと出勤していった。そうして夕刻まで労働に従事し、仕事が終わればまた島へと帰宅する、そんな毎日の繰り返しなのだった。

 島から泳いで渡るのが至難の業なのは前述の通りなのだが、いったん大都市に着いてしまえば、その方が逃走には適しているようにも感じられた。

 だが実際は逆で、男性たちの手首足首には輪っかになった電子タグが取り付けられており、それらを外すには、手首と足首の両方を切り落とすしか方法はなかったのだ。

 これが彼ら男性たちの一日、理不尽としか言いようがなかったのだが、いつの時代でも同じように、嫌だとは思いつつも、長い物には巻かれるしかなかったのだった。

 桟橋では帰りの便に乗る人々でごった返しており、さながら剣山や灼熱の炎や凍りつく寒さに続いて、新しい地獄の一つを見せられているようだった。

 それでも彼らは早く島に帰り着いて、夕食にありつこうと、我先にと他人を押し退けてまで、帰りのフェリーに乗り込もうと必死なのだった。

 そしてその大群衆の男性たちの中には、どこかにミロオの姿があったはずなのである。


その三


 爽やかで清々しい朝がやって来ると、小鳥たちが一斉に騒々しいほどの声で鳴き出し、辺りは静寂から一転し、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 それはこのニュータウンのスピーカーから毎朝流れる、起床の時間を告げるための、人工的に作られた鳥の声のアラームなのだった。

 広大な土地に、画一的な見た目の家が、整然と並べられていた。

 そこは女性のみが暮らすことの出来る、郊外のニュータウンで、理想のニュータウンなどと呼ばれていたのだが、実際には、ハッピー・レディース・シティ、などという大仰な名前がつけられていた。

 それぞれの家では、意図的に同世代の女性たちが数名で暮らすように決められており、彼女たちも男性たちと同様、手首と足首にタグが装着されていた。

 家々は全体的にパステルカラーで統一されており、世代ごとに微妙に配色が異なっていたのだが、それらの無数の家がきっちり東西南北を向いて建てられていたので、どこか一つの家を特定するには、庭の前に出たポストに書かれた、番地を頼るしか見分ける方法はなかった。

 それらの一軒の家に、リジュエットが同世代の女性たちと、彼女を含めて全部で四名で暮らしていたのだ。

 鳥の鳴き声に続いて、朝の健康体操の音楽が軽快に鳴り響いていたのだが、これから職場に向かう女性たちにしたら、化粧をしたり着替えたり、朝食も作らなければならなかったので、優雅に体操をしている余裕はなかった。

 ここの住民たちの中には、もちろん年齢を重ねて、一日中家にいる女性の姿もあったので、働く組と仕事をしない組とで、くっきりと分かれてしまっていた。

 リジュは近くの縫製工場に勤めていた。けれども彼女の理想の職場は、たとえば書店だとか雑貨店などの、店番や接客をするような仕事であり、転職の自由は認められていたので、いつか必ずそんな職場で働こうと考えながら、毎日バスに揺られて工場まで出勤していたのだった。

 金属製のベルのような甲高い音が高らかに鳴ると、一斉に女性たちが家の中から出て来た。

 彼女たちは主にマイクロバスに乗り込んで、めいめいの職場へと向かって行った。

 こうして見ると、男性と女性ではずいぶんと待遇が違って見えたのだが、建前としてはあくまでも男女平等、しかしそれでもやはり圧倒的に男性の方が働く率が多く、仕事がなくなり暇な時間ができると、男どもは遊び歩く者も多かったので、このような措置となったらしいのだ。

 女性たちの場合、無性生殖人間に代わり、年長者が若年者を指導することが多かった。それで一定の秩序が保たれていたのである。

 パステルカラーの屋根には今日も、暖かい色の夕陽が当たっていた。それは理想を指し示す色にも見えたのだろうが、実際は全ての色が混ざり合って、薄汚れたごちゃごちゃとしたうるさいカラーに変貌していたのだった。


その四


 大人のみならず、子供たちも、厳格に男子と女子とに分けられていた。

 学校のクラスは半分半分に分けられ、女子と男子ではそれぞれ、教科書の内容も微妙に異なっていた。

 タロウとハナコは幼馴染だった。

 だが今では一言も口を利く機会すらなく、そうしている間にも、二人はどんどん成長していった。

 二人はどちらも小学三年生になっていた。

 ある時学校の廊下でたまたま目が合ったのだが、男子も女子も、各学校には必ず二棟ある、それぞれの体育館へと向かうところだった。

 タロウはハナコの姿を一瞬だけ見て、思わず声をかけようとしてしまった。だがすぐに、男性の見た目だけでも恐ろしい教諭にこっぴどく怒られると判断して、その時は声をかけるのを諦めたのだ。

 女子が一人もいない男子だけの教室は、どこか殺伐としていた。

 男子のいない女子だけの教室は、盛り上がりにかけ、女子校だと言ってしまえばそれまでなのだが、彼らは男女問わず、自宅に帰っても男子は男子とだけ過ごし、女子は女子だけとしか会うことさえ禁じられていたので、日増しに不満と鬱屈とした感情は、溜まるばかりばかりなのだった。


その五


 またしても朝の点呼が始まった。

「……四百五十六、四百五十七、四百五十八……一人足りません!」

 誰かがまた逃亡したのだ。

 男性たちは皆、冷静さを装ってはいたものの、心の中では動揺しているのは明らかだった。

 すぐに無性生殖人間たちにより、そのたった一人の人物を特定する作業が開始された。

「誰かがいなくなっているはずだ。一体誰なんだ……!」

 その誰かとは……ミロオその人なのだった。


 リジュの同居人にドーラという同世代の女性がいた。

 彼女は霊感なのか何なのか、周りの空気を察知するのに長けていたらしく、要するに感覚が鋭かったのだ。

 その夜ドーラはリジュに向かって、不安そうな表情で、

「何だか嫌な予感がするわ? それの意味は分からないんだけど、そんな気がするの」

 ドーラのその言葉を聞いて、リジュはなぜか咄嗟に、ミロオの姿を思い出したのだ。

 二人は会ってはいけないはずだった。たとえ愛し合っていたとしてもだ。

 けれどもリジュは、禁じられれば禁じられるほど、彼に会いたいという欲求が募っていった。

 その夜はいつもの夜だったのだが、なぜかいつもとは違って特別に、パステルカラーのニュータウンの街並みが、間接照明によって夜の闇の中に浮き出て見えていたのだった。


その六


 タロウは授業中も、ハナコの面影が頭の中にチラついて授業に集中出来なかった。

 別に彼女のことが好きだとか、初恋の相手だった訳でもない。

 だがなぜかハナコの姿が頭から離れず、クラスの中の教師含めて男ばかりの顔を見ていると、何だかうんざりしてしまうのだった。

 ハナコは果たして彼の存在に気付いてくれていたのだろうか? 確かにあの時、目と目は合ったはずである。タロウはハナコにも、同じ感覚を味わって欲しかったのだ。

 授業の終了を告げるベルが鳴り響くと、彼の妄想めいた願望も、そこで終わりを告げたのだった。


 一方その頃脱出に成功したミロオは、夜陰に紛れて島から対岸の町まで、泳ぎ切ることに成功していたのだった。

 彼は元々港町の出身で、子供の頃から泳ぎは大の得意、しかも服を着て泳ぐことも、何の造作もなく出来たのだった。

 問題は例のタグだった。

 彼は向こう岸に辿り着いてからすぐに、近くにあった岩でタグを粉々にしたのだった。

 しかし管理者がその位置を辿れば、彼が海を泳ぎ切った事実はすぐに判明してしまったはずである。

 ミロオは明らかに形勢不利と判断し、焦りながらも、愛する人に会いたい一心で、大都市の中へと紛れ込んで行ったのだ。


その七


「ねえサッちゃん、聞いたことある?」

「ハナちゃん、何をよ?」

「この世界の端っこに、みんなが自由に暮らせる場所が、あるんだって」

「それは本当なの?」

「本当よ。そこでは女の子も男の子も、お父さんもお母さんも、みんな一緒に暮らせるんだって」

「行ってみたいわ……!」

「私もよ。でも誰かが言っていたんだけど、女の子の足では、その入り口にも辿り着けないんだって」

「そんなあ……それじゃ私たち、一生このまま……」

 そこで女性の教師が教室へと入って来たので、二人の仲が良い友達同士の会話はストップしてしまったのだった。


 ミロオは郊外のニュータウンの噂は前々から聞いていた。

 しかしどうやら彼は今現在、大都市のど真ん中で右往左往している様子なのだった。

 初めてこの辺りまでやって来た彼は、どちらを向いても高くそびえるビルに囲まれて、正直どちらへ向かえばいいのか途方に暮れていたのだ。

 彼の職場はこの都市にあったのだが、かなり外れの郊外の小さな町工場で、そこで様々な部品を組み立てていた。

 都会のど真ん中まで来たのは初めてだったのである。

 誰かに尋ねようにも、手首にタグがついていないのを察知された瞬間、逃亡者だと判明してしまうことだろう。

 彼の考えによれば、理想のニュータウンは、この大都市のどこからか行けるはずなのだった。それはかつて島で同世代の男たちが噂話をしていたこともあったのだが、それよりも何よりも、実際この場所に来てみたら、やはりタグを装着した女性がもう何人も、彼の目の前を通り過ぎて行ったからなのだ。

 ニュータウンへと続く道はきっとどこかにあるはずだ。彼はそう信じて、管理者の追っ手の目も気にしながら、町中を彷徨っていたのだった。


その八


 タロウは隣の席のユウイチに、日頃から何かと相談していた。

 授業が始まる前、その日タロウが相談したことといえば……それはここから脱出する方法だったのである。

 さすがに親友であった隣の席の同級生も、その考えには驚くばかりなのだった。

「お前さあ、それはちょっと無理があるんじゃない?」

 だがタロウは断固とした口調で、

「こんな所にいつまでもいるつもりなのかい? ボクが聞いた話によると、この広い世界のどこかに、みんなが平等に暮らせる場所があるんだって」

「それは本当なのかい?」

 そこでそのタロウの親友は、密かに伝え聞いていた、脱出方法をタロウに伝授したのである。

 その方法で無事脱出が可能なのかは、未知数なのだった。

 それでもタロウはそれに賭け、その方法を試してみることにしたのだ。もし見つかれば、どんな目に遭わされるか分かったものではなかった。

 教室に男性の教師が入って来た。

 タロウはふと教室の天井付近を見上げた。そこには太い銀色をした、空調用のパイプが通っていたのである。

「では、授業を始めるぞ……!」

 教師の号令で、タロウは真正面を向いた。だがその全神経は、ここからいかに逃げ出すか、ということに集中していたのである。

 学校の授業は虚しくてバカバカしかった。何としても逃げなければ、このまま一生、馬鹿な人間のままで終わるような気がしていた。

 タロウはついに、覚悟を決めたのである。


その九


 リジュはその日、普通に目が覚めた。いつもと同じ、爽やかな朝だった。

 化粧をして着替えをして、仕事場に出かけるための支度に余念がなかった。

 それはいつもの朝のように思えた。

 朝陽がパステルカラーの屋根の上に降り注ぎ、淡い色をくっきりと浮かび上がらせていた。

「美しい朝ね。何も起こらなければいいけど」

 リジュと同世代の女性が、やや嫌味っぽく言った。それはエリという、もう一人の同居人なのだった。

 甲高いベルの音が鳴り、リジュとその家に住む者たちは一斉に表へと出た。少しだけ待たされたのだが、間もなく通りの向こうからマイクロバスが現れた。

 バスに乗り込むための長い行列ができていた。リジュもその中に並ぶと、一人、また一人とバスに乗り込んで行き、行列の中の人々は徐々に前へと押し出されていった。

 突然彼女の肩に何かが当たった。それは松ぼっくりか何かのその辺りに落ちている木の実のようだった。彼女が振り向くと、何とそこには、リジュが心から愛する人、ミロオが茂みに隠れるようにして、彼女のことを手招きしていたのである。

「リジュ……! リジュ……!」

 彼は手招きしながら、他の女性たちに見つからないように、必死に彼女にアピールしていた。その意味するところは明白だった。リジュは迷っていた。けれどもあまり考える時間は残されてはいなかった。バスの中へ吸い込まれる人の数が、どんどん少なくなっていったのである。リジュはついに覚悟を決めた。

 彼女はその列からいきなり離脱すると、茂みから飛び出して来たミロオとしっかり手を繋ぎ、ついにそのパステルカラーの街からは、逃亡することに決めたのだった。

 誰も注意を払わなかった。いや、皆がやりたいという願望を彼女が叶えてくれたので、心の中では喝采を送っていたのだ。

 二人はついに、自由の身となったのだった。


その十


 タロウの教室の授業が終わる頃、クラスメイトで親友のユウイチがいきなり、

「先生ー、タロウは腹が痛いって言って、さっき早退しましたー」

 だが実際には、タロウは教室の真上を走っている、空調用のダクトの中に身を潜めていたのである。

 授業が完全に終わり、生徒たちはそれぞれの居住区域へと帰って行った。

 ちなみに子供たちは、例の島で暮らす者もいたのだが、例外的に母親とニュータウンで暮らすことを認められている者もいた。ただしそれは、異性のきょうだいがいない場合に限られた。

 教室内が完全に静かになると、タロウはその太いパイプの中から這い出して、大急ぎで女子たちの後を追いかけたのだった。

 もちろん彼が目指していたのは、ハナコその人だったのである。

 女子たちはスクールバスに乗り込む寸前だった。タロウは慌てて追いつきハナコの姿を見つけると、驚く他の女子たちを尻目に、強引にハナコの腕を引っ張っていったのだ。

 ハナコは大人しくついていった。ついて来たから良かったものの、もし拒否されたり、大声を出されたりしていたのならば、大ごとになっていたことだろう。

「ハナちゃん、ボクだよ、タロウだよ。覚えているだろ?」

 ハナコは少し恥ずかしそうに照れて俯きながら、

「ええ。実はタロウくんが来るのを、ずっと待っていたの」

 どうやら二人は両想い、しかしそこからが問題で、タロウにはその先の具体的な計画はなかったらしく、悩ましげに考え込んでいると、ハナコが、

「ねえ? 男の子も女の子も関係なく、みんなで幸せに暮らせる場所があるのよ?」

「それは聞いたことはあるけど、場所までは分からないなあ。ハナちゃんは知ってるの?」

「さあ……詳しい場所までは知らないんだけど、世界の端っこにあるって、聞いたことがあるわ?」

 タロウはしっかりとハナコの手を握ってから、どちらの方角とも分からぬ、世界の端っこに向かって、力強く歩き始めたのだった。


その十一


「君の名前は? 年齢は?」

 結局ミロオとリジュの二人は逮捕されてしまった。

 はじめからそうなる運命だったのかもしれない。

 無性生殖人間たちに情けなどなかった。二人は別々の部屋で同時に取り調べを受け、最後にこう告げられた。

「君たちには相応の、罰が下されることだろう」

 二人はやがて引き離されて、ミロオは男性専用の囚人護送車に乗せられ、リジュも同様に、護送車でいずこへと運ばれて行った。

 ミロオは揺れる護送車の中で、いろいろな考えが頭の中に去来していた。ただし後悔の念はなかった。ただ運が悪かっただけなのだ。運が悪かっただけ、もし少しでも幸運に恵まれていれば、きっと今頃は無事逃げおおせて、どこか安全な場所に行き、安住の地を見付けていたことだろう。

 リジュは護送車に揺られながら、頭がぼんやりとしていたのか、まるでゆりかごの中の赤ちゃんのように、天井を見つめて無心になっていたのだ。

 二人の行き先は分からなかった。噂では脱獄不可能な厳重な刑務所も存在するとの話もあったのだが、彼らの運命は天のみぞ知る、だがもうすでに無性生殖人間たちは、その行き先を知っていたのだ。


その十二


 タロウとハナコは様々な乗り物を乗り継ぎながら、世界の端っこを目指していた。

 ヒッチハイクをしたり、バスに乗ったり、電車に乗ったりした。

 だが男子と女子が一緒に行動することは、男女平等の精神に反するので、どちらかが異性を演じなければならなかった。

 ハナコが変装して男子になるには、ほっそりとし過ぎていて、かなり無理があった。そこでタロウが、カツラを被り、少しだけ化粧をして、スカートを履いて女子のフリをした。

「ねえ、ハナコちゃん。ボクたちいつになったら、目的の場所に辿り着けるんだろう?」

「分からないわ。けどきっといつか着くはずよ。それもそんなに、遠くない気がする」

 二人の目の前には、巨大な森が見えていた。さらにその森のはるか向こうには、一面の砂漠が広がっているとの噂だったのだ。

 バスは森の手前で、終点となった。二人はそこで降りるしかなく、何とかぎりぎり運賃を支払って、誰もいない人気のない場所で降り、まるで廊下に立たされた時のように、ポツンとしばらくその場で動けずにいた。

「さ、行こう。ハナコちゃん」

「ウン、そうね」

 二人は手を繋ぐと、ようやくその森の中へと、進んで行ったのだ。


その十三


 二人が乗った護送車が止まった。

 もちろん別々の位置で、場所もどこかは不明だった。

 ミロオもリジュもそれぞれが目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。

 二人は護送車の後方の扉から突き飛ばされるように降ろされ、車は去って行ってしまった。それは解放されたというより、追放されたのに等しかった。

 目隠しの隙間から眩しい光が漏れてきていて、今が昼間だということだけは分かった。

 足を踏み締めて歩いて行くと、地面は砂か砂利のような感触だった。

「ミロオさーん!」

 リジュは叫んだ。何も返事はなかったが構わず進んだ。

 リジュはやがていきなり岩の壁のような障害物にぶつかって、思わず地面に倒れ込んでしまった。彼女は縛られたロープをほどくことが出来ず、そのまま地面に寝っ転がり、身動きが取れずにいた。

「リジュ!」

 突然ミロオの声がした。彼は自力で目隠しとロープをほどいたらしく、駆け寄って来てリジュを拘束しているものも解いてやった。

「ミロオさん……」

「リジュ……!」

 二人は思わず抱きしめ合い、それからふと辺りを見渡すと……そこは周囲一面、何もない砂漠なのだった。


その十四


 森というよりそこはジャングルだった。

 タロウとハナコはしっかり手を繋ぎ、何があっても決して離そうとはしなかった。

 もちろん道などなかった。蔦が絡まり、葉っぱが生い茂り、地面は泥だらけで、かなりの距離を進んだつもりでも、実際には数メートルしか前進してはいなかった。

 ブンブンと音を立てて飛んでいた蚊は、蜂よりも大きかった。他にもまだら模様のカラフルな蛇がいたのだが、案外物知りだったタロウが、

「あれは猛毒があるんだよ。触っちゃだめだよ?」

 などとハナコに向かって注意を促していたのだ。

 ジャングルは永遠に続くかのように思われた。

 けれどもそれはいきなり終わりを告げ、二人の目の前が開けたかと思うと……そこには一面の砂漠が広がっていたのだ。


その十五


 ミロオとリジュが歩いて行くと、遠くの方にボンヤリとだが、テントのようなものが見えた。

 陽炎が揺らめくその先に、真っ白い布のような構造物が見えたのだ。

 それらはまだ砂粒ほどの大きさで、彼らが歩を進めるにつれ、小石ぐらいの大きさになり、さらに岩ぐらいの大きさ、ついには目の前に姿を現したのだった。

 やはりそこには、真っ白い布地で作られた、テントが張られていた。それも一つや二つではなく、無数に存在していたのだ。

 その中の一つから、一人の高齢の人物が出て来た。真っ白い髭を顔中に生やし、腰は曲がりかけていたのだが、体調は健康そうで、しっかりとした足取りで二人のいる方向へと向かって来た。

「あなたたちは、自らの意思でここにやって来たのかね? それとも、逮捕されて追放されたのかね?」

 その男性は何かもお見通しのようだった。

 ミロオがその男性に向かって、

「僕たちは逮捕されたんです。車に乗せられて、ここまで運ばれて来ました。車は去って行ってしまいましたが」

 男性は長いあご髭を撫でながら、

「そうかね。まあ、どっちにしても同じことだよ。ここに住んでいる我々は、あの口先では平等とか謳っている、政府の方針に反発して、こんな所に住んで暮らしているのさ」

「男女平等ではないんですね」

 リジュがそう尋ねると、その男性は、

「そんなもの、ある訳がない」

 いつの間にか二人の周りには、大勢の人々が、テントの中から這い出したのか、周りを取り囲んでいた。

 女性から子供、高齢の者から赤ちゃんまでと、まるで一つの町に匹敵するような人数だった。

「あなたたちもここで暮らすかね? 不便な所だが、その分政府の目は行き届かないから、変な法律に従う義務はない」

 ミロオはリジュの目を見てから、

「もちろんそうします。僕たちはそのために、危険を冒してやって来たのですから」

 リジュも、

「私たち、愛し合っているんです」

 その一言で、周りの人々たちからは歓声が上がった。

「じゃあ、あのテントを使うといい。新婚さん用のテントだからな」

「新婚だなんて、私たちまだ……」

 リジュは照れていた。しかしミロオはしっかり手を握りながら、その真っ白いテントの中へと、入って行ったのだ。

 周囲には煌々とした太陽の光が照り付け、生きていくには過酷な条件だった。しかしここに暮らす人々の心は温かく、水と食料さえあれば、体と心の渇きは癒されるのだった。


その十六


 タロウとハナコもそのテントにやって来た。

 彼らは砂漠の中をウロウロと迷いそうになったのだが、運良く一人の旅人が彼らの近くを通りかかり、その旅人もテントに向かう途中なのだった。

 その旅人は言った。

「たくさんの人々が暮らしているんだ。君たちは自由を求めてやって来たんだろう? この世の中に真の平等なんてものはない。彼らは間違っている」

 彼ら、というのは無性生殖人間のことだったのだろう。

「ここでみんなで暮らすことが出来るんですか?」

 ハナコが尋ねた。

「ああ、もちろんだとも」

 旅人はそう言うと自分のテントなのだろうか? 去って行ってしまった。それと入れ違いに、真っ白い髭の高齢の人物が出て来た。

「君たちもわざわざこんな場所までやって来たのかね? 大変だっただろう」

 するとタロウが、

「いえ。ボクたちはただ一緒にいたかっただけなんです」

 子供とは思えない口調でそう言ったのだ。

 とそこへ、昨日やって来たばかりの、ミロオとリジュが彼らのテントから現れた。

「君たち大変だっただろう。よく来たね」

「私たちもここに着いたばかりなの。どうかよろしくね?」

 四人はそれぞれが自己紹介をして、彼らにとってみたら初めての友人が出来のだった。


その十七


 男女別々ノ男女平等条約は結局、施行されてからたった三年で撤回されてしまった。あまりに反対する者たちが多かったためなのだろう。

 それとなぜなのかは不明だったのだが、無性生殖人間たちの数が、目に見えて減っていってしまったのだ。何でも巷の噂によると、通常の人間と体の構造が異なっていたせいで、細菌などの病原体に弱く、元々の寿命自体も、極端に短かったらしいのだ。

 やはり男女の真の平等などはあり得ないのだろうか? それは彼ら管理者たちにも、人間の高名な学者たちにも、理解が及ばなかったに違いない。

 けれどもだからと言って、人間の真の平等が達成された訳ではなかった。そもそもそんなものがあるのかさえ、あやふやなのだった。

 それは過去の歴史を見れば明らかだっただろう。ある者たちは迫害され、ある者たちは強者として彼らの上に君臨する。この世界のどこに平等などあったのだろうか?

 男女平等ですらなかなか達成出来ないのは、火を見るよりも明らかなのは、言うまでもないことなのだった。



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