— 異魅訃迷 —

宮杜 有天

— 異魅訃迷 —

 あら、久しぶりね。来てくれて嬉しいわ。

 その袋に入ってるのは……言わないで、当ててあげるから。いい匂い。これはパンかしら? 

 当たった? それ、前にも持って来てくれたパンよね? ええ、大好きよ。こっちにいらっしゃいな。一緒に食べましょう。


 たくさん買って来てくれたのね。ありがとう。

 どうしたの? 顔を俯けたままで。照れて――ちょっとこっち向いて。いいから。

 これは……殴られた跡? だいぶ治まってるけど。また虐められたのね。だから最近来なかったの? わたしが心配するから?

 ええ。もちろん心配するわ。当たり前じゃない。


 痛い? ああ、ごめんなさい。つい力が入ってしまったわ。口の中が切れてるのね。あーんして。

 んっ……ふ。

 いきなり何するのかって? 顔真っ赤にして、可愛い。ふふ、ごめんなさい。でも口の中痛くなくなったでしょ?


 どうしたの、もじもじして? 嘘よ。分かってるわ。いらっしゃい。わたしが慰めてあげるから。

 あなただけ特別。これは二人だけの秘密。他の人間に知られちゃダぁメ。ね?

 ふふ。すごい鳥肌が立ってる。触られただけでこんなになって、ホント可愛い。


     ☆


「今日のげぼく、最ッ高だったな」

「水ぶっかけた時のあの顔」

「そうそう。泣きそうになってた。サイコー」


 放課後の校舎。屋上の片隅に男子生徒が二人。女子生徒が一人立っていた。


「金払い悪くなったからな、罰だよ罰」


 三人の中で一番背が高く、筋肉質な男子生徒が言う。


「うじうじ言い訳して自分の立場分かってないんだよ」

「最近、なんか調子に乗ってたしぃ」


 眼鏡をかけた中肉中背の男子生徒と小柄な女子生徒が言葉を返す。


「そう言や、げぼくはもう帰ったのか?」

「午後から保険室に逃げ込んでたから、まだいるんじゃ――ほら、いた」


 少年が指さす先には、校庭をとぼとぼ歩くの生徒の姿があった。学生服ではなくジャージ姿なのでよく目立つ。


「きゃは。ジャージ着てる。制服乾かなかったんだぁ。今日中にちゃんと洗濯できるといいね。きゃはは」

「洗濯くらいは出来るだろ。母ちゃんいるんだし」

「アイツん、お母さんいないよ?」

「は?」


 少女の言葉に長身の少年が驚く。


「正確にはほとんど帰ってこないの」

「じゃあ、父親と二人っきりなのか?」

「ううん。もう離婚してたはず。いえに帰っても多分アイツ一人だよ」

「なんだよ、詳しいな」眼鏡の少年が言った。

「だってぇ、小学校ん時から一緒だったもん。父親が浮気したとかで離婚してぇ、母親は……えっと〝いくじほうき〟? すっごい噂になってたよ。お金だけ渡してほとんど帰って来ないんだって」

「ん?、じゃあ、げぼくのいえに行けば金あんのか」

「わかんないけどぉ、あるんじゃない?」


 背の高い男子生徒はジャージ姿の生徒をじっと見つめていた。それから少女の方を向く。


「お前、アイツん知ってる?」

「引っ越してからは知ぃらない。ボロいアパートってのは聞いたことあるけどぉ」

「なら学校出たら拉致るぞ。今日はげぼくの家に遊びに行ってやろうぜ」


 その言葉に眼鏡の少年と小柄な少女は頷く。三人の顔には下卑た笑いが浮かんでいた。


     ☆


 どうしたの、いきなり飛び込んで来て。いつもの制服じゃないわね。また虐められたの? 今日は怪我はしてないのね?

 そう、ならよかったわ。


「お前……何と話してンだ」


 あら、誰? お友達を連れてきた……わけじゃないわよね。分かってる。あなたは約束を破るような子じゃないもの。大丈夫、怒ったりしないから。


「うるせェ! 家に帰らずどこに行くのかと思ったら、変な場所に来やがって。今日はげぼくの家で遊ぶんだよ、行くぞ!」


 ああ、この子たちなのね。あなたを虐めていたのは。多分、あなたの後をつけてきたのでしょう。だからあなたは悪くないわ。大丈夫。ここに居れば何も怖くないから。


「うげっ。なにか出て来たぞ」

「な、何あれ。気持ち悪い。生物いきものなの?」


 ああ、五月蠅い。五月蠅い子供は嫌いよ。そうやってみんなで騒ぎ立てて、追い詰めて、自分たちは何も悪くないって顔をして。ホント人間なんて汚らわしいわ。ああ、でもあなたは別よ。だからそんな顔しないで。


「うわ。ちょ、何かに掴まれた」

「嫌。なんかぬるぬるしてる。やだぁやだぁ。気持ち悪い」

「ひ、ひぃ。引きずられる」


 心配しないで。あなたを虐めた奴らを逃がしたりしないから。二度とあなたに手を出せないようにしてあげる。


「おいげぼく! なんとかしろよ。お前、そいつと話せるんだろ!」


 ここでは何も我慢しなくていいのよ。さぁ、言ってあげなさい。


「ア、アタシはぁ、脅されてた、だけだから。しょ、小学校からの仲じゃん。悪いのはこいつらだからぁ」

「何言ってるんだよ。お前、率先して虐めてただろ!」


 絶対に許さないって? そうね、わたしもこいつらを許さないわ。あなたとの大事な場所に無断で踏み込んできたんだもの。


「いやだぁ。飲み込まれ……痛い。痛い痛い痛い痛い」


 心配しないデ。こいつラを食べテるだけだかラ。アア、久シぶりの味。やっぱリ人間は美味しイわ。

 エ? もちろン、あナたがくれタぱんモ美味しかッタわよ。ワタし、あノぱん大好キよ。


「がッ。ごッ……ぼ」


 サスがに三人モ食ベルとお腹いッぱイ。

 ドウしたノ? 抱きツいて来たリしテ。アラ、イマあなたとっテもイイ表情シテるワ。あいツらが食べラれるノを見て興奮シたノね。

 我慢デきないノ? しョうガなイ子ね。もうコんナにナッテるじャなイ。

 イイワ、イツモヨリモット――


               〈了〉


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