第3話 密やかな夜トーク

 その日の夜。部屋に戻った俺はベッドに寝転がって息抜きをしつつ、スマホをポチポチと操作していた。


 単に暇を潰しているわけではなく……ミルクちゃんに合いそうな相手を求め、ネット上での里親募集サイトをいくつか物色中である。


「んー……どれが一番信憑性あるんだろ。よく分かんないな」


 調べてみると意外にも多種多様なサイトの数々。


 捨て猫を拾うきっかけがなければ関心を持たなかっただろうこの世界。どう探っていけば良いものか、ネット初心者の俺は慣れない手つきで四苦八苦。


「会員登録……無料? ほ、ほんとに無料なのかなこれ。あ、あとで、請求とかされたらどうしよう」


 我ながらすごい神経質。とはいえ、ネットは詐欺が蔓延る末恐ろしい世界──と、学校の特別授業でもそう習ったし。


「あ、そうだ」


 ふと思い出して、サイトを閉じてLINEを開く。


 この時間帯ならさすがに……帰宅してるよな?


 そう信じて、俺は音声通話をかける。


『──もしもし。千尋?』


 呼び出し音がしばらく続いた後、プツっと音が途切れてすぐに、聞き慣れた声が耳に通る。


「あ、ごめん。こんな時間に呼び出しちゃって」


『大丈夫よ、気にしないで。それで何か用?』


 通話相手──環奈は落ち着き払った声色で尋ねてくると、俺は一度咳払いを挟んで口を開いた。


「ちょっと、相談というか……話したいことが」


『話したいこと? ……ああ、智香が可愛すぎて夜眠れないぜぇ~、興奮する〜みたいな?』


「違うって。そんな欲に飢えたりしないよ俺は」


『どうかしら。誰にだって知られたくない裏の顔ってあるものじゃない?』


「と、智香ちゃんは、大事なお隣さんだから」


『夜這いするの?』


「しないよっ!?」


『冗談よ。ふふ』


 ……じょ、冗談にも程がある。


『でも、夜になると千尋の家に上がり込んでくるんでしょ? 毎日。それもパジャマで』


「……まあ、うん」


『襲うの?』


「襲わないってッ!!」


『ふふふっ、千尋ってほんと分かりやすくて面白い』


「……ほ、本題に入ってもよろしいでしょーかッ!」


『はいはい、どーぞ』


 小馬鹿にされてる気がする……まあ、悪い気はしないけど。


 ──そして。気を取り直した俺はミルクちゃんに関する一連の経緯を説明し終えると、環奈は納得したように『なるほどねぇ』と声を漏らす。


『確かに、こんなバカ暑い夏の時期に外で捨てられてたら、保護したくなる気持ちには同意するわ。じゃないと衰弱して死んじゃうかもだし』


「……うん」


『同じ状況に鉢合わせたらきっと私もそうしてる。だから千尋の選択は間違ってないわ。事実、失われていくはずだった一つの命をその手で救えてるんだから』


「……」


『無理して気負わなくていいの。千尋の周りには力になってくれる人がたくさんいるでしょ? ……私も含めて、ね?』


「……ありがとう」


 ……優しい。こう、胸の内が温かく満たされていくかのような……。


『けど、里親ねぇ。ごめんなさい、私はちょっと無理かも。私は良くても両親が獣臭いの苦手だから』


「そ、そっか」


 環奈が引き取ってくれればそれが最善だったんだけど、まあ仕方ない。無理は言えない立場だ。


『その代わりと言ったらアレだけど、子猫に興味がないか私の知り合いにもちょっと掛け合ってみるわ。学校の友達、あとテニス部の子たちにも』


「あ、ほんとっ? すごい助かる、ありがとうっ!」


 ──校内での人脈が広い環奈なら、もしかしたら引き取ってくれる人が現れるかも……! 


 ちょっと希望が湧いてきた。持つべきものは友達とは正にこのこと、本当に有り難い限り。


『ここまで聞いちゃったからには私としても放ってはおけないしね。それに千尋には何かと恩があるから』


「恩だなんて、別にいいのに」


『千尋が良くても私は良くないの。いつまでも私が得してばかりじゃ申し訳が立たないもの』


「でも、俺は……環奈が笑ってくれてるだけで十分幸せだし」


『──ッ』


 ……ん?


「環奈? 聞こえてる?」


『……あ、あのねぇ……ッ。そういう、ナチュラルな女たらしを唐突に挟んでくる癖、ほんと調子狂うからやめて』


「お、女たらし?」


『自覚してない辺りが尚のこと厄介……はあ』


 ため息をつかれてしまった。……なんで?


『と、とにかく、私の知り合いには片っ端から話を通してみるから。その参考用として、あとでこのLINEに子猫の写真を添付しといてもらえる?』


「りょ、了解」


『……いや、待って。それか、もし不都合がなければ、私から直接千尋の家にまで出向いてもいいけど。明日は部活午前中で終わるし……それに、直接見てみたいし』


「お、俺の家に直接?」


『ええ。無理にとは言わないけど』


 環奈が、俺の家に……?


(考えてみたら、同年代の女の子を家に招いたことって、今まで一度もなかったな)


 ──なんだろう、この高揚感。可愛い女の子が家にやって来るって、そう考えただけでなんだかすごいワクワクしてきた。


 どうせ俺は明日も暇だし、断る理由もないし。


 加えて紗彩ちゃんとひまりちゃんを紹介できて、賑やかで楽しい時間になる予感しかしない。


 いや、あくまでも大義名分は子猫の紹介だけども。


『千尋?』


「あ、ご、ごめん。えっと……うん。環奈が望むのであれば、是非とも。きっとみんなも喜ぶから」


 少し焦りつつ返事をすると、環奈は控えめに『ふふっ』と笑みを零した。


『じゃあ明日、部活が終わり次第、一度帰宅して準備を整えてから千尋のお家に向かうわ。それでいい?』


「うん、問題なし」


『決まりね。住所教えてくれる? いま紙にメモしとくから』


「あ、うん。えっと、俺の住所は──」

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