第4話 これだとまるで
「……けっこうガッツリいくのね。そんなにお腹空いてたんだ?」
「う、うん。ほら、今が一番の食べ盛りだし」
「ふーん……なんか、男の子って感じ。まあ、私もお腹空いてるからけっこう食べちゃうんだけど」
そう言いながら、タブレットでのセルフオーダーで注文を手際よく済ませる長田さん。
ランチタイムの店内では幅広い年代層の客で賑わっていて、窓際のソファー席で隣り合って座る俺と長田さんはぐぐっと背伸びをしてリラックスムード。
このファミレスで昼食を摂った後はノープランで街中を自由にブラつく予定となっている。そのために俺はこれまでに貯金してきたお金を少し崩して、一万円という大金をコンビニのATMから引き出してきた。
現時点では買いたいゲームや衣類等があるわけでもないし、こうして誰かと遊ぶときくらいしかお金の使い道もない。というわけで今日は目につくものから躊躇せず、思い思いに週末を謳歌していこうと思う。
……それに、今日の目的はあくまでも、長田さんの気分晴らしに付き合ってあげることだし。
「ふう……最近、ちょっと暑くなってきたよね」
「ああ……来週から、もう六月だしね。衣替えの時期にもなるし」
「夏って好きじゃないのよ、私。汗はかくし、蚊が飛び回るし、雨も多いし。唯一褒められる点といえば祭りとか海みたいな風物詩が多いってところかしら」
「祭り……夏祭りかぁ。りんご飴食べたいな」
「そうねぇ。あと、チョコバナナも忘れずにね?」
「確かにそれも捨て難い……あ、たこ焼きも追加で」
「じゃあ、かき氷」
「焼きそば」
「焼きとうもろこし」
「わた菓子」
「じゃがバター。……キリがないわ」
「んー、夏祭りだから仕方ない」
「ふふっ」
──なんていう些細なやり取りを交わしつつ、お互いに羽織っていた服を脱いで身軽になると、それによって露わになった長田さんの華奢な白ブラウス姿に思わずドキッとさせられる俺。
(……こ、こんなに清潔感あって可愛い長田さんに目もくれない宮内くんって……お、おかしくない?)
損してる、絶対損してるぞ宮内くん。智香ちゃんへの恋路を応援するとは明言したが、にしたってこれはほんとに、なんて……なんて罪深い男なのだろう。
ただ隣に座っているだけで、校内での時とはまた違う甘いフルーツのような香りが鼻先を撫でていく。それに横顔も端正に形作られていて、とても綺麗だ。
並の一般生徒であれば、この横顔を捉えただけで長田さんにトキメキを抱くに違いない。現に今の俺は無駄に背筋を伸ばしてガッチリと気を張っていた。
(というか、見方を変えたらこれって、普通にデートだよな? クラスの女の子と二人きりって……)
などと思っていると、
「ジロジロ見すぎ」
「えっ」
「目線、バレてるから」
「……」
……動揺して、思わず言い淀む俺。
すると、それを見た長田さんは面白がるように頬杖をついて、口角を上げた。
「そんなに今日の私は可愛い?」
「う……いや、だってぇ、ふ、雰囲気が、学校にいるときとは違うっていうかさぁ……」
「へえー。否定しないってことは、つまり可愛いって思ってくれてるのね?」
「…………はい」
「ありがと。早海くんも可愛いわよ? そのウブな反応」
「……」
「あは、ほんとかわいい。顔赤くしちゃって」
……は、恥ずかしい……ッ。
急速に顔全体が火照っていくのを自分でも感じ取れる。今すぐにでも布団を被って消えてしまいたい。
「今日は退屈しないで済みそう。早海くんには私の気分晴らしにとことん付き合ってもらうから」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「私、加減できない性格なの。だから諦めて?」
「え、ええー……」
──その後も好き放題にからかわれていると、注文した料理をトレイに乗せてようやく店員さんが歩いてやって来た。
「お待たせしましたー。こちら、ハンバーグミックスグリルとシャキシャキサラダになりまーす」
俺が頼んだのはメインのハンバーグに加えて鶏肉、ウインナーなどの脇役が豪勢に盛り付けられたカロリーマシマシのランチセット。サイドメニューとして野菜を添えると、合計して千キロカロリーとなる。
たまにはこういう贅沢も悪くはないだろう。しっかり食べてこの後からの街遊びに精を出さなくては。
そして、長田さんが注文したのは……。
「こちらが贅沢ソースのオムライスになりまーす」
黄色く滑らかな生地の上から白いソースがふんだんにかけられた、大きなオムライス。こういったお店で出されるオムライスは大抵ふわふわとろとろに仕上がっているだろうから、間違いなく美味しいはずだ。
「……美味しそう」
「早海くんこそ、そのハンバーグすごい美味しそうでなんか腹立つんだけど」
「いやそんなこと俺に言われてもっ!?」
「冗談よ。さ、早く食べちゃいましょ?」
「……」
容易く翻弄される俺であった。
ともあれ、テーブルナイフとフォークを両手に携えた俺は、ハンバーグをひと口大のサイズに切り分けて食べやすくすると、フォークを使ってパクッと一口。
──久しく感じるジューシーな旨味。口の中で溢れんばかりの幸福感がじんわりと広がっていき、全身にグンとした活力が行き通る。
さすがはファミレス、大衆向けのチェーン店とは言えども味の質は一級品だ。
「う、うまぁー……!」
感嘆して声を上げると、それを見ていた長田さんがくすっと笑う。
「幸せそうね」
「いやあ、だって、美味しくて……!」
「美味しいのは当たり前でしょ、ファミレスなんだから。……でも、早海くんを見てると何だか小さな子供を相手にしてる気分で微笑ましく感じるわ」
「お、おれ、子供っぽい?」
「ええ。いい意味でね」
いい意味で、とは言われても……なんか、微妙。
「……何よ、その顔。いい意味でって言ってるじゃない。気に入らないの?」
「俺、高校生だし……」
「知ってる」
「思春期を迎えた大人の一歩手前だし……」
「まだ十六歳じゃない」
「大人びてるとか、カッコイイとか言われたい……」
「そういう発言が子供っぽいって思われてるのよ?」
「ええっ!?」
「まあ、可愛げがあるってことでいいんじゃない?」
「……」
「おこちゃまねえ、早海くん? ……いただきます」
お、おこちゃま……。
スプーンを手に取ってオムライスの生地とライスをふんわりすくい上げると、ふぅふぅと息を吹きかけながらあむっと口に運ぶ長田さん。
「ん、美味しい。このソース好きかも」
「どんな味?」
「なんだろ……バターの風味が濃くて、程よく塩気があるから食べやすいわ。男の子が好きそうな味つけ」
「へえー……」
スプーンですくい上げた断面からトロトロと光沢を放つオムライス。そこにソースが絡まるように合わさることで、思わずヨダレが出てしまうほどに悪魔的な飯テロが完成されていて……。
「良かったら、少し食べてみる?」
「え?」
「いかにも食べたそうな目をしてるから」
「あ、え、ええっと……」
「遠慮しなくていいわよ」
口ごもる俺を気にする素振りも見せず、長田さんは再びスプーンでオムライスの一片をすくい上げて──なんと、それを俺の口元に差し出してきた。
「はい、あーん?」
「ちょっ、ちょっと待ってっ!?」
「なに?」
「じ、自分で食べられるからっ!?」
「別に細かいこと気にしなくていいから。ほら、早くしないと私が食べちゃうわよ?」
「いや、え、ええ……?」
「はーやーくー」
「う、うう……」
ど、どう考えてもこれは、普通は恋人同士でする行為なんじゃ……?
当然戸惑いまくる俺だったが、それでも普段通りの調子で急かしてくる長田さん。長田さんにとっては、気を許した相手にはこんな風に距離感を詰めていくのが当たり前なのだろうか……?
(こ、ここまでされたら、仕方ないよな……?)
恥ずかしい気持ちでいっぱいではあるが、ここで躊躇って引いてしまったら、また長田さんに子供っぽいとかおこちゃまだとか言われる未来が容易に想像がつく。
であれば、もう玉砕覚悟で向かって行って、差し出されているこのスプーンにガブリと食らいつくのみ。
男としての意地を見せるんだ、俺。ここで少しでも男らしさを見せて、長田さんに『へー、やるじゃん』と見直してもらえるように……ッ!
「い、いただきますっ!」
そして俺は、意を決してガバッと──
「……あむ」
「……えっ」
と、思ったら。
食らいつこうとしたその手前で、差し出されていたスプーンはパッと俺の視界から消えて無くなり──気付けば、長田さんの口の中へと吸い込まれていた。
……いや、え?
「あげるわけないでしょ、バーカ」
「……」
「……ぷっ、ほんと早海くん可愛い。見てて飽きないっていうか……ッ、くふっ」
「……」
「今どきここまで純真な男の子ってのも珍しい。だけどすごく良いと思うわよ? 私は」
「……」
「さて、冷めないうちに食べきっちゃわないとね」
「……」
…………えっ?
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《お知らせ》
新作を準備している関係で、更新ペースが遅くなる場合があります。連載そのものは変わらず続けていきますので、引き続き長く温かい目で見守っていただけたらと思います。
新作が公開となった際には是非ともご覧いただけたら嬉しいです(宣伝)m(*_ _)mペコ
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