放課後スーパーガール ~サニー・ベルにお任せあれ!~

シンカー・ワン

序章 本編前

第零話 ひとつの別れと新たな始まり

 山の向こうに陽が落ち、オレンジだった空が暗い蒼色へと移り変わり、ゆっくりと夜がやってくる。

 星が瞬き始めほぼ半月に近い十三夜ほどの月が、煌々と冴えた光を放つ。

 まばらな雲が良いアクセントだ。

 空に負けじと地上でも灯りが点りはじめる。

 それはあっという間に広がり、ついには空の星が見え難くなるほどにまで辺りを照らす。

 だがそれはけして冷たい光ではなく、そのひとつひとつが人々の営みの証だった。

 陽が隠れた山の中腹にある古い神社の境内、石段を上りきった先、石で出来た鳥居の下で、その光景を見つめるふたつの気配があった。

 ひとつは人の頭の高さに浮かんでいる、淡い光を放つソフトボールほどの大きさの球体。

 もうひとつは、昔話の絵本に出てくる魔法使いのような三角帽子を被った若い女。

 傍らの光球によって照らし出される女の顔には、満足感と憂いが同居したそんな複雑な表情が浮かんでいた。

「……綺麗」

 女が柔らかい声でポツリと呟く。

「ああ、美しいね。――君が今日まで見守り続けてきた街の灯火だよ、パッフュミィ・ヴィ」

 その甘く渋い男の声は光球から聞こえた。

「……その名前で呼ばれるのも、今日が最後なんだね」

 視線を見下ろしていた街から光球へと向けなおし、どことなく淋しげな声音で女――パッフュミィ・ヴィ――が言う。

「二年、かぁ……長いようで短かったな……」

 口にした二年という年月を思い巡るかの様に、光球に向けていた眼差しを一度伏せ、それから空を見上げるように顔ごと上に向ける。

 放った言葉は切なげな溜め息のようにもとれた。

「君と過ごしたこの二年の日々、とても楽しかったよ、ヴィ」

 包み込む大人の風格のある声で静かに告げる光球。

 その言葉に乗った感情に偽りはない。

「あたしもだよジョン。ふらふらして宙ぶらりんだったあたしに目的をくれたこと、とっても感謝してる。良い時も良くない時もあったけど、楽しかった……うん、楽しかった」

 楽しかったという気持ちに嘘はないのだろう、だけれども、それを告げるヴィの表情は今にも泣き出しそうに歪んでいた。

「――泣かないでおくれ、ヴィ。君には笑顔の方が似合っている」

 優しく、気遣うような思いのこもったその言葉に、

「笑いたいよ、あたしだって……。笑って別れを迎えたい、でもね、でも」

 堪えていたものが耐え切れずに溢れ、ヴィはヒザから崩れるとその場に座り込み、両の眼から涙をとめどなく流し嗚咽を漏らす。

 女の子座りをして泣きじゃくるヴィを見かねたのか、ジョンと呼ばれた光球は十倍ほどに膨れ上がり、そのまま彼女の身体を包み込んだ。

 柔らかな光に包み込まれるパッフュミィ・ヴィ。

 その光の暖かさが、彼女の悲しむ心を次第に和らげていく。

「悲しまないで、ヴィ。私はいつだって君の傍に居る、ずっと君を見守っているから」

 全身を包む暖かさと優しく投げかけてくるその言葉に、俯いていた顔を上げるヴィだったが、

「でも、もうこうして話は出来なくなるわ。あなたの存在だって感じれなくなる。そうでしょ?」

 出てくるのは悲観的な思いだった。

 その言葉に応じるかのように光球は少し小さくなり、彼女との空間を縮める。

 あたかも抱きしめているかのように。

「確かにそれはその通りだ。だけどねヴィ? だからといって私が居なくなる訳じゃない。言葉は届けられないし、こうして君を包み込んであげることもないだろう。でも私はこの街に、この土地のどこにだって居るんだ。君と離れることはない。この二年の思い出と一緒にずっと君の心の中にも居る」

 声から伝わってくる暖かな想いが、別れの悲しみに閉ざされかけていたヴィの心をゆっくりと解しだしていく。

「そして、ずっと先のことになるだろうけど、君が天寿を全うし肉体のくびきから解放されたあと、今よりももっと自由に会えるようになる。その時にまたたくさん話をしよう」

 その言葉に、まだうつむいたままだが、

「……あと何十年先の話よ……あたし、百までは生きるつもりなんだからね……」

 先ほどよりはしっかりとした声で言葉を返すヴィ。

「私にとっては百年なんてたいした時間ではないよ」

 今までどれほどの時間を過ごしてきたのか? そんな重みを感じさせながらも、少しばかりのユーモアを含んだ口調で答えるジョンこと光球。

 その言葉を聞いてヴィは、ゆっくりと生まれたばかりの小鹿のように頼りなく、だけどそれでも自分の足でしっかりと立ち上がり、両腕で自分を抱きしめる。

 形のない誰かの腕の代わりのように。

 そうしてから、顔を上げ、まぶたを開ける。

 瞳にはまだ別れへの悲しみの色が残るが、その奥底からは前を向こうとする力強い輝きが湧き上がっていた。

 光球はすっと彼女から離れ、元の大きさに戻る。向かい合うふたり。

「……返さないとね、あなたから貰った力」

 言いながら両手で三角帽子を取り、右手に待ちかえると、すっと光球へと差し出す。

 ヴィの全身が淡く輝いたかと思うと、帽子がつばから光の粒子へと変換され、光球に吸い込まれていく。

「ずっと見ててね。あたしがどんな風に生きていくのかを、どんな人生歩むのかを」

「ああ、ずっと見守っているよ」

 帽子が完全に消え、それに続くようにヴィの指先を包んでいたグローブが光の粒子へと変わっていく。

 ヴィ自身を包む光も激しく明滅しだし、彼女の姿かたちに変化が見られだす。

「さよなら。大好きだったよ、ジョン」

 ジョン――。子供の頃に見ていた外国製テレビドラマ、その登場人物のひとりの名。

 吹き替えしていた声にそっくりだったからと、彼女が付けた呼び名。

 この二年の間、毎日口にしていた愛おしい名前。

 それを当人に向かって告げることは、これが最後になるのだろう。

 そう思いつつ目尻から一筋二筋、涙をこぼしながら、それでも満開のヒマワリのような笑顔を向け言葉を送るパッフュミィ・ヴィ。

 溢れかえる光の爆流に包まれるふたり。

 その凄まじい流れの渦の中から、ひときわ優しい声が聞こえる。

「――私もだよ。さようならカオルコ。また会う日まで」

 光の嵐が去ったあと、そこに光球はなく、パッフュミィ・ヴィとは容姿の異なるひとりの少女が立ち尽くしているだけだった。

 少女は伸ばしていた右手で何かをつかもうとするが、逡巡し、堪え、ぎゅっとこぶしを握ると腕を下ろした。

 それから空を仰ぎ見、下ろしていた腕をもう一度上げ目の辺りを拭うと、なにかを吹っ切るかのように神社の石段を勢いよく下りていく。

 まばらな街灯が作る光のスポットの向こうへ、その人影は静かに消えていった。


 ひとつの物語がこうして終わりを迎えた。


 それから十年の月日が経ち、同じ街の、人影のない夕暮れの公園で、

「私に力を貸してはもらえないだろうか?」

 光球がまだ幼さの残る、少しポッチャリ系な少女に声をかけている。

「――人の役に立てるんですよね?」

「そうだ」

「人様の助けになるんですよね?」

「そうだよ」

 光球との問答を交わして、少女は断言する。

「わかりました。私、やります。代理執行者になります!」


 そして、新たな物語がここに始まる。


 ────────────────────────────────────

 

『スーパーズと呼ばれる超常の力を持った存在たちが居る私たちの世界。

 彼らは世界中のあらゆる国、地域でその力を使って人々を助けていた。

 私の住む百田の街にもスーパーズは居る。

 彼女の名前はサニー・ベル。その正体は誰も知らない秘密のお隣さん。

 ある日、帰宅途中の高校生、安生一誠あんじょういっせいは回り道した路地裏で、

 見てはならないものを見てしまう。

 それは今まさに変身を解こうとするサニー・ベルの姿だった。

 変身ヒロイン学園青春譚、

 「放課後スーパーガール ~サニー・ベルにお任せあれ!~」

 「第一章 彼と彼女が出会うまで 第一話 路地裏の痴女」

 ……痴女ってなんですかーっ!?』

 (ナレーション・鈴城日輪すずしろひのわ)


  次回へ続く。

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