国に結婚を強制される時代、かわいい子から結婚しようと言われた
生出合里主人
国に結婚を強制される時代、かわいい子から結婚しようと言われた
二年前、「遺伝子の相性による結婚の推進に関する法律」、いわゆる「遺伝子法」が施行された。
全国民が遺伝子を検査され、データは国が管理する。
そして二十一歳以上三十五歳以下の独身者について、都道府県の範囲内でマッチングが行われる。
埼玉県在住の男性は、埼玉県在住の女性との相性を判断されるということ。
遺伝的に優秀な子供ができるとAIが判断した男女は、強制的に結婚させられることになる。
他の先進国でも同様の法律が制定されそうになったが、激しい反対運動が起きて成立しなかった。
だけど日本では反対運動が盛り上がらず、法律は政府の思惑どおり制定されてしまう。
少子化対策の一環らしいけど、個人の考えとか、LGBTQとか、そういうものにはなんの配慮もされていない。
ただし選挙のこともあるので、与党は少しだけ妥協した。
遺伝子法の中に、いくつかの例外規定が設けられたんだ。
まず、法律職など国家資格を持つ者、および国家公務員はマッチングを免除される。
国家公務員の試験はさらに狭き門となったので、自衛官になる人が爆発的に増えた。
おかげで自衛隊は今や、世界最大の軍隊だ。
これも政府の計算通りだと言われている。
また、マッチングは学生の間は行われない。
加えて、学校を卒業して二年後の次の誕生日まで、マッチングは猶予される。
現役で四年制大学に入学した人の場合、二十五歳の誕生日まではマッチングされない、ということになる。
この規定のおかげで浪人や留年が激増し、大学院生も急増した。
大学院はやる気がない学生であふれ、研究の質は下がる一方らしい。
政府は否定しているけど、マッチングには家柄や収入が考慮されている、という噂が絶えない。
けれど少なくとも、外見や性格はまったく考慮されない。
だから当然、選ばれた相手に不満を抱く人は多い。
そこで相手が決まっても二回までは拒否できる、ということになっている。
ただし三回目を断ることはできず、結婚に同意しなければ逮捕されてしまう。
マッチングは年に一回なので、二十五歳からマッチングが始まった人であれば、三回目のマッチングが行われる二十七歳までは独身でいられる、という計算になる。
ただし、三回目が一番いい相手になるという保証はない。
どこで妥協するか、苦渋の決断を迫られるわけだ。
そして最も重要な例外規定。
一千万円を国に納めれば、生涯独身でもいいことになっている。
お金を払って独身を続ける人は少なからずいて、これが国の貴重な収入源になっているのだとか。
とはいえ一千万円は大金だ。
払える人なんてごく一部にすぎない。
そこで形だけは結婚して、実際には独身生活を満喫する、という人が続出した。
これに対し政府は昨年、改正遺伝子法を施行する。
結婚して三年以内に妊娠が確認されなければ、強制的に離婚させる、という内容が追加されたんだ。
離婚の翌年には、再度マッチングの対象となる。
バツイチだと、拒否は一切認められない。
再婚して三年経っても子供ができないと、女性が三十五歳になるまで不妊治療が強制されることになる。
ただし、そこもやはりお金しだい。
夫婦で一千万円納めれば、子供ができなくても離婚しなくていい、という規定も追加されている。
子供が欲しくない夫婦は、お金をためるしかないということだ。
そんなわけで俺、
俺は今、二十二歳。
来年の三月には、大学を卒業する予定。
就職活動は想像以上にしんどかったけど、先週なんとか内定が取れた。
となると、気になるのは結婚のことだ。
マッチング開始まであと三年、相手を選べなくなるまであと五年。
やっぱり、結婚相手ぐらい自分で決めたい。
だったら期限までに結婚するか、大金を貯めるかだ。
金額を考えると、早めに方針を立てておかないといけない。
学内のベンチに座って、一人考え事にふけっていた俺。
そこへサークルの同期、
「どうしたの富増、考え事?」
サークルで一番かわいい……いや、大学で一番かわいい女の子かもな。
ちょっと高飛車なところがあるけど、そうなるのも当然だ。
たぶん子供の頃からかわいいかわいいって、もてはやされてきたに違いないんだから。
だけど高すぎるプライドのせいか、浮いた話を聞いたことがない。
美人すぎると意外にモテないっていうのは、本当だってことか。
「福取か。ちょっと例の、遺伝子法のことをな」
「それね、あたしも考えてる」
隣に座った福取は、考え込んでいるようだった。
「やっぱコツコツ貯金するしかねえよなあ」
「あたしもそう思うけど、一千万って結構きついよね」
「俺なんか奨学金も返さないといけないし」
「あたしもよ」
「せめてもうちょっと、まけてくれるといいんだけどなあ」
福取が下から俺の顔をのぞきこんできた。
澄んだ瞳、白い肌、長い黒髪。
俺は思わずつばをゴクリと飲みこんだ。
「ねえ、あたしと結婚するっていうのはどう?」
「え?」
俺は自分の脳に届いた言葉が信じられず、固まってしまった。
「なにバカっぽい顔してんの」
「いきなり変なこと言うからだよ」
「二十七歳になったら、自分で選んでおいた相手と結婚する。それが一番効率的だと思わない?」
「効率、ねえ」
ミニスカートの福取が脚を組む。
サークルの男性陣から最高評価を受けている美脚、しかも生足だ。
「三十歳までに二人で一千万用意すれば、子供ができなくてもいいわけでしょ。一人あたり五百万。就職してから一年あたり約七十万。毎月約六万。ギリギリなんとかなりそうな金額だわ」
「かなりきついとは思うけど、不可能ではないかな」
俺はなぜか、福取の胸をガン見していた。
体は細いのに、胸はいい感じでふくらんでるんだよなあ。
「あたしとじゃ、いや?」
「そっ、そんなことはないけど、いきなりだったからさ」
「富増って、時々あたしのこと見てるよね」
「えっ……そんなこと、ないんじゃないかなあ」
「結婚したら、いくらでも見られるよ」
なめらかな曲線を描いたセクシーバディが、手の届くところにある。
周囲の景色がグルグルと回っているような気がする。
「あのさ……福取は、俺でいいの?」
「あたしだって、誰でもいいってわけじゃないわ。周りを見回してみて、富増とならうまくいくんじゃないかって思ったの」
「だけど福取なら、引く手あまたなんじゃねえの?」
「だって富増っていい人じゃん。契約結婚の相手に手を出したりしないでしょ」
え?
今なんて言った?
「契約、結婚?」
「そうよ。あくまでしたくもない結婚を強制されないための対抗策。なんだと思ったの?」
「いやあ、まあ、そんなことだとは思ったけど……」
「さすがは富増、話が早いわね」
「そりゃ、どうも」
え?
ってことは、できないの?
結婚するのに?
「子供は……」
「作らない」
福取の返答が早すぎる。
彼女の表情には、固い決意がにじみ出ていた。
「もう決めてるってことだね」
「あたし、子供育てる自信ないから」
「自信持って言うんだね」
「あたしってさあ、愛情が欠けてるって思うんだよね」
「そんなことは……」
俺はちゃんとフォローできなかった。
彼女は他人にほとんど関心を示さない。
だから同性にはひどく評判が悪いようだ。
本人がいないところで呼ばれているあだ名は、「氷の魔女」。
そう言えば高校では演劇部で、本当に魔女の役をやっていたとか。
「富増は正直ね。そういうところ、嫌いじゃないわ」
「そこまで自分を悪く言うこと、ないんじゃない?」
「いいの。自分のことは自分が一番わかってるから。それに悪いことばかりじゃないのよ。家族のしがらみから解放されれば、自分のやりたいことに集中できるでしょ」
福取の家って、複雑なんだよな。
父親がかなり悪い人だったとかで。
「福取って、就職決まったんだっけ?」
「決まったよ。学習塾の先生」
「えっ、子供相手の仕事じゃん」
「実力さえあれば、二十代でも給料高いから」
「子供の顔が札束に見えるんだろうな」
「生徒からは魔女って呼ばれるでしょうね」
俺たちは笑った。
こんなふうに楽しく、二人で過ごしていけるんだろうか。
だけど、簡単に割り切れる話ではないな。
「それで、どうする? あたしとの結婚」
「大事なことだから、しばらく考えさせてもらおうかな」
「今ここで決めてよ。候補はいくらでもいるんだからね」
「なんだよそれ」
福取がイタズラな表情で舌を出す。
その赤い舌が、妙に色っぽい。
契約結婚と言いながら、色気を見せつけるのは反則じゃないか?
「でも富増って、後輩の女子に人気あるんだよね」
「そうでもないよ」
「ちゃんと結婚して、ちゃんと子供作ることもできるんだろうな」
福取の顔に影が差した。
今までに見たことのない、ひどく寂し気な表情だ。
福取を助けたい、と俺は思った。
「ちゃんと結婚するとか、ちゃんと子作りするとか、そういうことじゃなくて、自分に合っている相手と一緒にいたいって、俺は思うよ」
「富増って、どういう女が理想なわけ?」
「おもしろい女」
「あたし、一緒にいておもしろくないでしょ。堅苦しいし、理屈っぽいし」
「話がおもしろいかどうかじゃなくてさ、その人自身がおもしろいかどうかだよ。福取って普段クールなのに、突然大胆なことを言ったりする。福取といるとなにが起きるかわからなくて、結構ドキドキもんだよ」
「あたしほめられてるの? ディスられてるの?」
福取がこんなにわかりやすい笑顔を見せたのは、初めてかもしれない。
それだけでも、この話し合いに意味はあったかな。
「美人は三日で飽きるって言うじゃん。性格はいいけど興味がわかない、っていう人もいる。誰かと長く一緒にいられるかどうかって、結局はその相手に興味を持てるかどうかだと思う」
「なんか、普通に口説かれてるような気がする」
福取が顔を赤らめている。
きっと俺は、もっと赤くなっていることだろう。
「あっ、いやっ、契約結婚って言ったって、一応一緒にいるわけだからさっ」
「そうね。お互い人として、好きでいられないとね」
「そうだよぉ」
「じゃあ、いいの? あたしで」
「これから二人で金をためて、二十七歳になったら籍を入れよう」
「ほんと? やったっ」
こいつ、笑うとすげえかわいいじゃねえか。
俺やっぱ、こいつのこと好きかも。
俺はこれから、福取に男として好きになってもらえるよう、がんばろ。
ただその前に、不安材料は取り除いておきたい。
「ちなみにさあ、他に好きな男がいて、そいつと結婚できないから俺、ってわけじゃないんだよね?」
「ないない」
「あとさあ、実は女性が好きで、だから俺と形だけ結婚するってことだったりする?」
「違う違う」
「そっか。一応、確認しておいただけだから」
「さすがは富増。慎重ね」
「まあな。それぐらいじゃなきゃ、福取のパートナーは務まらないだろ」
「よくわかってるじゃない」
よし、これでもう心配することはなくなった。
あとはたっぷり時間をかけて、俺にほれてもらうだけだなっ。
なんだかんだ言ったって、このルックスにこのナイスバディだ。
手を出さないなんて、ありえないっしょ。
あー、結婚生活楽しみ~。
「あとついでにね、保険に入ってくれるかな」
「保険?」
「富増に万一のことがあった場合、あたしに保険金が入るように」
「万一の、こと?」
「念のために、ね」
福取がかわい子ぶるところ、初めて見た。
かわい子ぶってるってわかってても、かわいいなあ。
「それって、福取も保険に入って、俺を受取人にするってこと?」
「あー、男性のほうが平均寿命短いから、男の人だけ入ればいいんじゃないかな」
「それもそう、だな」
「書類もらってきたから、早速記入してね」
「やけに用意がいいんだな」
「結婚したら、料理は全部あたしが作ってあげるからねっ」
「福取の手料理かぁ。夢のようだなぁ」
「ただし味は保証できないから、例えばちょっと変な臭いがするなって思っても、残さず全部食べてねっ」
「もちろんだよぉ」
それから五年の歳月が過ぎた。
俺と福取は予定通り結婚する。
と言ってもただのルームシェアだから、色っぽいことはなにもない。
俺がなにげなく誘っても、彼女はいつだって気づかないふりだ。
それでも彼女は、約束どおり毎日手料理をふるまってくれる。
ちょっと妙な臭いのする料理を。
「なんかちょっと、最近体の調子が……ううっ」
「あらそう? ごめんなさいね。あたしの塾がつぶれちゃったものだから。富増の会社も危ないらしいじゃない。だからあたし……」
「俺のほうは問題ない。もう転職先は決めてあるんだ。だから安心してくれ。必ず目標額は達成してみせるから」
「やるわね。でもこの不景気じゃ、その転職先も安全とはいえないでしょ。あたしたちには、さらなるアイデアが必要なのよ」
「そこでね、すべての元凶である今の政府を、つぶしてやろうかと考えている。穏便かつ確実な方法でね。もう仲間は集めてあるし、政界とのパイプもできているよ」
「あら、あたしに隠れてそんなことしていたの。あたしに毒を盛られて、ようやくやる気になったのね。保険をかけておいてよかったわ」
「俺のこと、見直してくれたかい?」
「さすが、あたしが見込んだだけのことはあるわ」
氷の魔女め、これも想定内ってことか。
だけど福取の俺を見る目が変わったな。
捨て駒と見せかけてかーらーの~、できる男再認識。
このままいけば、落ちるのも時間の問題だな。
こんなひどい女にほれちまったんだから、しょうがねえ。
欲しいものはどんなことをしても手に入れる。
時間がかかっても。
体を張っても。
それが、俺の信条だ。
国に結婚を強制される時代、かわいい子から結婚しようと言われた 生出合里主人 @idealisuto
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