自然の神々に愛された僕だけが現実でも異世界でも優位に行動できる件について

ALC

第1話長い旅が始まろうとしていた

都会の喧騒に疲れていたんだ。

毎日の満員電車。

上司の小言。

話の合わない同僚。

家賃ばかりが高く狭く殺風景な自宅。

そのどれもに僕は嫌気が差していたのだろう。

通帳に記載されている使い道もない貯金額を目にした僕は思い切って田舎へと引っ越すことを決意する。

退職届を出す時も上司はグチグチと小言を漏らしていたが僕は右から左へと受け流していた。

荷物をまとめていざ引越し当日。

自家用車の軽自動車に乗り込んだ僕は高速道路に乗って一人静かに目的地へと向かった。

引越し業者よりも早く到着しないといけないため途中休憩もそこそこにその場所まで急いだ。

山が連なり段々畑や森林などの自然に囲まれている土地まで到着すると中古で購入した平屋へと到着する。

不動産より鍵を受け取っており家の鍵を開けると雨戸を全て開けて家の中に空気を入れていた。

車に積んであった荷物を取り出すと自室に運びいれていた。

「あぁ。若い人がこんな田舎に越してきたんだね。珍しい」

庭先には近所のご老人と思われる男性が居り僕は家の中からはっきりと姿を現した。

「こんにちは。佐藤って言います。よろしくお願いします」

「ご丁寧に。近所の鈴木って者です。この辺りの若い者は皆都会に行っちゃってね。頼りにしているよ」

「何か困ったら頼りにします。力仕事なら頼ってください。あとはネット関係などもご相談して頂けたら答えられると思います」

「力仕事は頼むこともあると思うよ。頼むね」

「はい」

「そうそう。氏神様に挨拶したかい?」

「あぁ…まだですね。引越し業者が来てから行こうかと思っていました」

「そうかい。しっかりと挨拶するんだよ。あの神社には神様が居るって…噂なんだ」

「そうですか。ではしっかりと挨拶させてもらいます」

「あぁ。そうしなさい。悪いね。引越し作業中に」

「いえいえ。こちらから挨拶に向かわずに申し訳ありません」

「良いんだよ。良いご近所付き合いしましょう」

「はい。よろしくお願いします」

深く頭を下げるとご老人は挨拶を受け取って庭先を出ていく。

「それにしても氏神様か。田舎の方になればそういうのも盛んなはずだよな。都内でもそうだったのだろうか。僕が知らなかっただけで…」

そんな事を軽く想像して荷解きを進めていくのであった。



引越し業者が到着したのは一時間後のことだった。

彼らは大きな荷物を順々に運び終えると最終的な会計を済ませたのは十四時を超えた頃だった。

「そうだ。神社に行くんだったな」

一休みをする事も能わずに家の戸締まりを済ませるとそのまま歩いて神社へと向かう。

氏神様が祀られている神社に顔を出すと礼節を重んじて挨拶を済ませた。

御神木と思われる大木が風で揺れていた。

「歓迎されているのかな」

そんな事をふと思った。

風が次第に強くなっていき御神木の隙間から太陽が顔を出した。

木漏れ日が顔に当たって太陽さえも僕のことを歓迎しているようだ。

ふふっと微笑んだ所で神主と思われるご老人が顔を出した。

「ほほぉっ。これは珍しい。龍神様が喜んでおる。こんなに風が心地良い日はいつ以来だろうか…」

神主さんは僕を見つけると目を細めて何か見えないものを見つめているようだった。

「ふむ。そうか。お主の御蔭ってことだな。龍神様に好かれる心当たりはあるかい?」

「えっと…僕はそういったスピリチュアルには精通していなくて…」

「ふむふむ。見ない顔じゃが…何処から?」

「都内から今日越してきたばかりです。氏神様にご挨拶をと思って」

「ほぉぅ。若いのにしっかりしておられる。育ちがよろしいのですな」

「いえ。ご近所のご老人に言われて来たって感じで…」

「近所の老人?誰のことじゃろう」

「鈴木さんと申していました」

「鈴木?このあたりにそんな老人はいないと思ったが…」

「ですが…先程たしかに…」

「なるほど。引っ越してきて早々に狐に化かされたな。もしくは狸だろうか。じゃがその御蔭で氏神様も喜んでおられる。狐だか狸に感謝するんだな」

それに数回頷くと突然起こった不思議な出来事に僕の心は踊っていた。

「もう一度挨拶していってもいいですか?」

「好きにしなさい」

僕は心を穏やかにすると再び神様へとご挨拶を済ませる。

心の中で何度も感謝の言葉を念じると深く頭を下げるのであった。

「気をつけておかえりなさい」

「はい。ではまた」

神主さんと別れると僕は神社を後にする。

自宅に戻っていきやっと腰を下ろして休憩を取ると陽の光が家の中に溢れてきてウトウトとしてくる。

そのまま眠気に任せて僕はこの地に来て初めて眠りにつくのであった。



何時間眠っていただろうか。

目が覚めると完全に夜が訪れていた。

雨戸を閉めようと縁側まで歩いて向かう。

夜空を眺めると黄金に輝く大きな月を見て心が少しだけ静かになっていく。

この地に来て僕はどうやら自然に愛されているような気がしてならなかった。

自然の神々にも感謝の念を抱くと手を合わせた。

夕食の準備はまるでしておらずレトルトの食品を簡単に作って食事を済ませる。

風呂に湯を溜めてゆっくりと疲れを癒やしていく。

テレビなどの現代文明に触れる気にもなれず布団を敷くとそのまま眠りにつくのであった。



「私は太陽の神」

「私は月の神」

「私は時の神」

三人の女神様が夢の中に現れる。

「この地の神である私は時を操る。少々意地悪な質問をさせてほしい。時を操るということは過去にも未来にも行けると言う事。若返って過去に戻るか。老けてもいいから未来を覗きに行くか。君ならどっちを選ぶんだい?」

一人の女神は夢の中で僕に質問を繰り広げていた。

明晰夢なのか自分の思う通りに行動ができる。

思ったことをありのまま口にすることが出来そうだった。

「どっちもお断りします。時を操れるなら…ありのままの姿で次元を越えて異世界に向かいたいですかね」

その様な冗談を口にしてみせると時の神は何がおかしいのかゲラゲラと笑う。

「くくくっ。ここまで面白い答えを口にする子供は初めてだ。次元を越えるか。時の神の真骨頂だな。誰にも教えていない能力を看破されるなんて…面白い子供だ」

時の神は嬉しそうに微笑むと僕の頭に掌を当てる。

「それでは私の力の一部を授けよう」

すぅっと頭から暖かい何かが流れ込んできて、それが非常に心地よかった。

「それぐらいで良いかな?次は私の番だよ」

もう一人の女神が僕の目の前にやってくると嬉しそうに微笑んだ。

「太陽は好きかい?」

「もちろんです」

「どうして?どういうところが?」

「むしろ嫌いな人って居るんですか?」

「残念ながらな」

「でも…太陽と地球の距離がいいバランスを取っているから僕らは奇跡的に生活を出来るわけですよね?嫌いになる理由が見当たりません」

「というと?」

「もしももっと近づいていたら僕たちは生活できないかもしれない。燃え尽きて消滅してしまうかも。もしももっと遠ければ凍えて生活できないかもしれない。そう思うと今の奇跡的な惑星のバランスも…何よりも僕らに暖かさを与えてくれる太陽のことは大好きですよ」

「ふん。感謝を忘れない人間は好きだ。お前の様な人間だらけなら嬉しいのだがな」

太陽の神を名乗る女神は僕の胸に手を当てると何か暖かいものを体中に流し込んでくれた。

「次は私だ」

月の神を名乗る女神が僕の眼の前にやってくると静かに妖しげな微笑みを浮かべる。

「夜は好き?」

「もちろん」

「何で?」

「月がキレイに映えるから」

「ほぅ。よく分かっている」

「でしょうか」

「それだけか?」

「もちろん。星もきれいなのは助かります」

「ふむふむ。お主は自然が好きなのか?」

「もちろんです。都会の喧騒に嫌気が差して…自然に憧れてこの地を訪れたのです」

「ほぉ。では後日で構わない。海にも行ってみると良いぞ。それと目を覚ましたら…いいや。これ以上は野暮だな」

そう言うと月の女神は僕の顔面に掌をあてがうと暖かな何かを流し込んでくれる。

「もう夜も明けよう。目を覚ましなさい」

その様な言葉が耳に届いてきて僕は自然と目を覚ます。

ガタガタと雨戸が風に吹かれている様な音が耳に届いてくる。

本日は荒れた天気模様なのかと雨戸を開けると…。

晴れやかな青空だったが風の強い日だった。

何気なしに空を眺めると大きな虹が掛かっている。

虹の橋を潜るように何かがこちらへ向けて飛んできているようだった。

まだ僕は夢の中なのだろうか。

あれはどう見ても昔話に出てくる龍ではないだろうか。

そんな事を思っていた。

龍はそのままの勢いで僕の下へと一直線で飛んでくる。

次第に風が強まっていき暴風の中で龍は僕の前で停止した。

明らかに巨大なこの世の生き物とは思えないそれを目にして僕は口をあんぐりと開けっ放しだった。

「自然を好きな汝に龍神の力の一部を授けよう」

龍神は頭の中に直接語りかけるように言葉を発する。

「風の力だ。上手に使えば空も飛べるだろう。これからも我に感謝を忘れずに」

そう言うと龍神は用が済んだのかそのまま姿を消す。

一瞬にして姿が消えてしまったが風は止まない。

龍神様に感謝の念を抱くと両手を合わせた。

そこで夢の内容を思い出す。

「海に行ってみると良い」

その様な言葉を思い出して僕は車で下山すると近所の海へと急いだ。

未だに風は止まずに海は大きく荒れているようだった。

「こんな荒れた日の早朝から海に何用だ」

先程の龍神様と同じ様に脳内に語られる言葉に僕は受け答えする。

「夢の中でお告げがあったんです」

そんな言葉で返答すると海の神と思われる存在がぶっきらぼうに答えた。

「お告げ?どんな夢を見たっていうんだ?」

「三人の女神様が出てくる夢を…」

「なに?嘘じゃないな?」

「はい。しっかりと覚えていて…」

「何か受け取りはしなかったか?」

「えっと…力の一部をと…あと先程龍神様にもお力を授かりました」

「え…皆…与えたの?」

「そうですね…」

「じゃあ…私も与えないと…」

大荒れの海の中心に穴が空いたようだった。

そこから飛沫がざっと飛んできて僕を覆い尽くした。

「私の力の一部も授けたからね。これで全部の能力が揃ったよ」

「全部?」

「うん。使い方や組み合わせ次第でどんな能力にも化けるからね。頑張って」

それに返事をしようと思ったが海は急に凪いだ。

風は未だに僕を覆い尽くしているようだと思った。

車に戻ると再び自宅へと戻っていく。

庭先に車を停めると若い女性が僕を待っているようだった。

車を降りて彼女の下へと向かう。

「あの。うちに何のようでしょう?」

「ふっ。気付いてないようだね」

「はい?」

「鈴木って言えば分かる?」

「あ…昨日の…狐さん?」

「正解。神様から力を授かった?」

「はい。お陰様で」

「どの様に使う?」

「う〜ん。とりあえず異世界に行ってみようと思っています」

「異世界?そこで何をしたいの?現実は?放置?」

「いやいや。どちらでも…自分の欲求を満たしたいです」

「欲求?三大欲求的な?」

「そうですね。睡眠欲は…まぁ自然と眠れるので…」

「じゃあ色欲だ。沢山のきれいな女性にモテたいんでしょ?」

「それは…たしかに…そうかもです」

「だろうね。月の神のお陰で魅力が何倍にも跳ね上がっているよ。昨日とは別人みたい」

「え?」

「鏡みてない?」

「まだ…」

「見たら分かるよ。相当変わったから」

「ですか…」

「これからお供していいかな?狐の美少女が一緒じゃ迷惑?」

「そんなことは…」

「大丈夫。キレイな女性とそういうことになる時は違う姿に変わるから。私の事はナビ役だとでも思って」

「じゃあよろしく」

「鈴木じゃ味気ないから。コンでもコンコンでも好きに呼んでよ」

「あぁ。よろしく。コンコン」

「ふふ。よろしくね」

彼女を家に招くと僕らは食事を開始した。

「豪勢な料理も食べたい」

コンコンはレトルトの食品を目にすると不平不満を口にするようにして表情を崩した。

「今はまだ無理だよ。これで我慢して」

「えぇ〜」

「異世界に行ける能力を手に入れたから。こっちの物をあちらに持っていったり。あっちの物をこっちに持ってきたりしてお金を稼ぐ必要がある。お金さえあればコンコンにも不自由ない食事を与えることが出来るよ」

「ホント!?じゃあ早く異世界に行かないと!」

「その前に腹を満たさせてよ」

「早く食べちゃおう」

そうして僕とコンコンは食事を済ませると庭先へと出る。

「どうすれば次元を越えられるんだろう」

そんな言葉を口にするとコンコンはアドバイスするように口を開く。

「時間を越えるイメージを何重にも広げるとか?別の世界が存在していることをイメージして時間や次元を越える事を頭の中で想像する。そうすれば…って素人考えだけど…」

僕はコンコンの言葉に頷くとアドバイス通りにイメージを実行してみる。

すると…。

身体が何か暖かい力に飲み込まれてそのまま別の空間へと飛ばされていく感覚がした。


そして僕とコンコンは…。

何処ともわからない異世界の裏通りに転移しているのであった。


ここから僕とコンコンは現実と異世界を渡り歩いて何もかもを手にする。

そんな物語が始まろうとしていた。


神の力 太陽 月 海 風 時

同行者 コンコン


スタート!

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