上京して初めて借りた物件は

武 頼庵(藤谷 K介)

何故か不思議な感じがする



 調理師になる夢を持っていた俺は、地元の高校を卒業したのを機に、自分の夢である調理師の資格をとるためと、もう一つ都会で暮らしてみたいという思いを持って上京することにした。


 専門学校には普通に入ることが出来た俺だが、困ったことに住む場所がなかなか決まらない。高校に在学中に両親と共に探してはいたんだけど、通う事になっている専門学校からの距離と、調理の腕を磨く為に始める予定のバイト先との兼ね合いから、二つの場所からそう遠くない所を探していた。

 自分の理想とする物件がなかなか決まらず、結局はようやく見つかった築数十年というアパートの一階部分の一室を借りる事になったんだけど、それが思いもよらない事に繋がるとは思ってなかった。




「真也、今度おまえのトコに泊ってもいいか?」

 専門学校で出会った佐伯博人さえきひろとが学校の建物を出たところで話しかけてくる。

「いいけど……。別にお前が住んでるところって遠くないだろ?」

「ん? あぁそうなんだけど、丁度今週合コンが有るんだよ」

「今週の話かよ……。そういうのはもう少し早く言うもんだろ?」

「わりぃ……。さっきまで忘れてたんだわ……」

 そう言いながら右手の親指を後ろに向けてくいっと向ける。その方向へと視線を向けると、数人の男子がこちらを見ていた。


「真也も来るか?」

「いや……。そもそも俺とアイツらとそんなに仲良くないしな。呼ばれてもないのに行ったら何言われるか……」

「そうなのか? 俺からちょっと言ってやろうか?」

「いや良いよ。博人にそんな迷惑かけられないし。それに気にしてもないからな」

 俺が頭を左右に振ると、博人ははぁ~っと大きなため息をついた。


「真也ってさぁ……、専門に入ってからどこかに行ったりしたのか? もちろん遊びで」

「行ってない」

「せっかく上京してきたんだろ? 遊んでなんぼだぞ」

「いいんだよ俺は……。あ!! バイトに遅れるからまたな!! 詳しくは後でメッセージ送っておいてくれ!!」

「あ、おい!!」

 俺は博人から声を掛けられたけど、本当に急いでいいた為返事もせずにその場を走って後にした。




 数時間後――。


「ただいまぁ……。といっても誰もいないけどな」

 バイトが終わって急いで帰っても、終電ギリギリになってしまう。今日も危うく乗り過ごすところだったけど、何とか間に合って乗り込むことが出来た。


「うわぁ、寒いなぁこの部屋……。もう6月も末になるのに何でこんなに寒いんだろう……」

 ドアを開けて入った部屋の中。一人暮らしにはちょうどいいワンルームなので、玄関を入ってすぐに小さなキッチンが有り、その先に唯一の部屋が有る。ただ値段の割には凄く広くてトイレと風呂が別々で、しかも唯一の部屋が八畳も有るのに、周囲のアパートなどから比べると半分の価格で済むことが出来ている。

 

 もちろん、曰くつきの物件じゃない事はしっかりと両親とともに紹介してくれた不動産屋に確認しているし、内見の時には部屋の隅々までそういうお札類などが無いか確認はした。

 

 したけど、どこにもそんなものは無かったし、先に住んでいる住人にも特に俺の部屋の事を何か言う人もいなかった。

 俺と会った時は普通に挨拶してくれるし、何なら造りすぎたおかずなどをやり取りするくらい仲が良い。そういう話が有るのであれば、ちょっと噂好きのご婦人などが話をしてくれると思うんだけど、そんなこと一切なかった。


――だけどどうにも変だ……。

 どこが変だとは言い切れないのだけど、なんというか部屋全体が変なのだ。


 先に行った通り、今のところ全く何も起こってない。怒ってはいないけど、部屋がやけに寒かったり、薄暗かったり、時折誰かの気配がする事さえある。


 そうなって来ると気になって来るのだけど、不動産屋さんに聞いても周囲に聞いても前に住んでいた住人が出て行くときに掃除の業者が入っているだけで、特に何かが有ったわけではないと言われる。


 そんな不安を抱えたまま、今まで過ごしてきたんだけど、ついぞ何も起きる事がないまま今まで過ごしてきた。


――気のせいなのかも……。

 ようやく自分にそう言い聞かせて納得し始めた頃に、博人がウチへと泊りに来ることになったのだ。



「おじゃましまぁ~す!!」

「おう……。狭いけど入ってくれ」

「いや狭くねぇじゃん!! 一人暮らしなら十分でしょ!!」

「そうか?」

 ほろ酔い加減で連絡してきた博人を、近くのコンビニにまで迎えに行き、コンビニの中で少し飲み物やお菓子などを買い込んで一緒に部屋へと戻ってきた。


 先に入った博人が部屋の中を見回しているのを確認して、俺は玄関のドアに鍵をかけると、博人の方へと姿勢を向ける。


「なぁ……」

「ん? どうした?」

 博人は部屋の真ん中で立ち止り下を向いている。


「真也、ここ……すぐ出た方がいいかもしれん」

「何言ってんだよ!! 今帰ってきたばかりじゃねぇか」

「いやそういう事じゃなくてだな……」

 俺の方に顔を向けた博人は、いつもの陽気な感じではなく、いたって真剣な表情――というか、無表情だった。





「この部屋から引っ越しした方がいい……」

「何言ってんだよ。せっかく見つけた物件なんだぞ? そう簡単に引っ越せるわけないだろ?」

「……なら、丁度俺の住んでるアパートが一部屋あくらしいから、そこを紹介してやるから。早くここから引っ越しした方がいい」

「本気か?」

「もちろん」

 博人の顔は冗談を言っている感じでは無かった。むしろ俺を心配しているように困った顔をしている。


「どうして……なぜそんなこと言うんだよ」

「真也には話したことが有るだろ? 俺が次男坊だって」

「あぁ。それがどうしたんだ?」

「兄貴が実家を継ぐことが決まってるから、俺は自由な選択ができてるんだけど……俺の実家って……お寺なんだよ」

「え?」

 博人の家族構成などは聞いたことが有ったけど、実家が何をしているのかなどは聞いたことが無かった。料理することが好きだから調理師になろうとしている事は知っていたけど、実家の事は自分からは何も話さなかったので、俺からも聞くことをしなかった。

「こういうの……小さい頃から分かるんだよ。そういうのに慣れてるからな」

「そういうのって……」

 博人は黙ってうなずいた。


「まさかここで?」

「いや……たぶんここじゃない」

「え? ここじゃない? じゃぁ何でそう感じるんだよ」

「ここじゃないけど、たぶんここに

 そういうと、博人はジーパンのポケットからスマホを取り出してどこかへと電話をかけ始めた。

 そしてつながった相手とちょっと話すと、スマホを部屋の中をぐるっと一周させるようにする。

 そしてまた相手と話を始めた。


 その間、俺は博人の言った事を考える。考えるけど答えは出てこない。


「……やっぱりそうか……。うん、うん。わかった。じゃぁそう伝えるよ」

 話しが終わった博人が俺の所へとあるっいてくると、ニコッと笑う。


「よし!! 真也帰るぞ!!」

「帰るってどこへ?」

「ん? 俺の住んでるアパートにだよ」

「え? い、今からか?」

「心配すんな!! タクシー代は……割り勘な?」

 財布を開いた博人が焦りながら引きつった笑顔を俺に向ける。そうして頭の中で整理が追い付かない俺をよそに、博人はタクシーを呼ぶために再びスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

 タクシーの手配が住んだ後すぐに、博人と共に当分生活するために必要なものを、引っ越ししてきた時に持ってきたスポーツバッグの中へと押し込んで、帰ってきてモノの数十分で再び深夜の外へと歩き出した。




 そのまま博人の部屋にお邪魔する事、2カ月ばかりの時が過ぎ――。


「どうだ? 片付いたか?」

 ひょっこりと段ボールいっぱいの部屋の中へと顔を出す博人。


「ん? あぁ博人か。もうすぐ終わるよ」

「そうか。なら引っ越し祝いの側でも食べにいかね?」

「お? いいな!! 奢りか?」

「バカ言うな!! もちろん……しかたねぇなぁ。引っ越しでかなり金使ったみたいだからな。俺が奢ってやるよ!!」

「話しが分るね博人!! さすが親友だぜ!!」

「なんだよ俺っていつから親友に格上げされたんだ?」

「ん? あの日からかな……」

 そういうと博人が俺の肩をポンと軽く叩いた。



 博人に連れられて部屋を後にした二日後、俺と博人、そして急遽上京してきてくれた博人のお父さんと共に、俺のアパートを管理してくれている不動産屋さんへと赴き、俺の住んでいた部屋のがどうなっているのかを聞いた。


 実は俺の住んでいた部屋はフローリングなのだけど、俺の部屋以外は畳敷期の部屋なのだ。なので、何故俺が住んでいる部屋だけフローリングなのかを尋ねた。


 すると、どうやら十数年前に住んでいた人が畳を腐らせてしまったとか何とかで、それならば畳敷きの部屋ではなく、そういう事が起こらない様にとフローリングへ変更するように工事が入ったらしい。


 その後そこに住んでいた住人は1年くらいは住んでいた様だけど、その後どこかへと引っ越した。それ以来俺が住んでいた部屋だけがフローリングのままで今まで来たらしいのだけど、今までは何も問題らしい問題は起こった事が無いと管理する不動産屋の営業の人が話をしてくれた。

 


 俺は納得したのだけど、博人のお父さんがその話を聞いてちょっと考え事をしていた。少しして俺と博人を不動産屋さんから出すと、中に残った営業の人と何やら話を始めたので、俺達は先に博人の住んでいるアパートへ戻る事を伝え、そのまま不動産屋を後にした。


 その数日後の事である。

 

 博人の部屋でくつろぎながらネットでニュースを見ていたら、見覚えのある景色と共に、見覚えの有りすぎる建物が画面へと写し出された。


 その画面に映し出された映像と共に流れたテロップには――


『アパート一室の床下で発見!! 白骨化遺体の謎!!』


 という、自分の眼を疑いたくなる文字が書かれていたのだ。


「え? ……どういう事?」

「あぁ……ニュースになっちまったか……」

 チッと舌打ちしながら、俺が見ていた画面をのぞき込む博人。


「どういうことだ?」

「真也には言うつもりは無かったんだけどな。親父にも言われてたし」

「これ……本当なのか?」

「あぁ、本当も本当だよ」

「そんな……」

 俺はアナウンサーが伝えるニュースの内容を聞きながら、力なく座り込んでしまった。

 

 

 俺と博人が不動産屋を後にした、その後で、博人のお父さんと不動産屋さんが共に俺が住んでいた部屋の床下を確認したらしい。


 すると地盤沈下の影響なのか、それとも元々の建物の基礎がそこまで厚くなかったからなのか、土の中から青いビニールのようなものが出ていた。それを産業廃棄物の不法投棄かもしれないと思った営業の方が、後々に詳しく調べたところ、その青いビニールはビニールシートの一部で、そのビニールシートに包まる様にして中には白骨化した遺体が数体分発見された。


 そしてその白骨化した遺体は、ここ数年の間のものではなく、十数年は経っているものと後々の詳細な検査によって明らかになった。



「もし……」

「ん?」

「もし、あのまま俺が住んでいたとしたら?」

「そうだなぁ……」

 博人はゆっくりと頭を上げて考える。



かれてたかもな。あの中の誰かに……」

「まさか……」

「いや、だって真也あの部屋で感じてたんだろ? 何かの気配ってやつを」

「…………」

 無表情な博人が俺を見つめる。俺は生唾をごくりと呑み込んだ。

 


 


 その後、警察の捜査によって一人の男が逮捕された。

 その男は十数年前にあのアパートで『畳を腐らせた』元住人だったと判明する。

 それと共に何故畳が腐ってしまったのかも供述によって分かったのだが――知らない方が良かったかもしれない……。


 

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上京して初めて借りた物件は 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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