HISA CUBED

若阿夢

1:父死す(2023.4.10.)


 数奇和子、50歳、独身、システムエンジニア(以後略:SE)。私は神も仏も信じない。死んだらそれまでだ。一瞬一瞬の生き様こそ重要で、思い出に浸る感性も時間も私にはない。ただ、自分の価値観を人に押し付ける気は、毛頭ない。神や仏を信じる人の信仰心は、無下にすべきではない。また、思い出が大事な人の気持ちを察し、なぜ思い出が大事かについては共感こそできないが、気持ちの話を聞くことはできる。…今度ばかりは、大事になってしまったが。話は少し遡る。


ーーー

 2022年10月、入院先の病院で、唐突に余命6か月との宣告を受けた父、寿和は、私に、一言だけ言った。

「葬式が終わるまで、他言無用だ。」

無口で頑固、世間体が第一の父らしい。


 病院では、人工肛門・おむつ・点滴をつけられ、指定の野暮な寝間着を着せられ、目・耳・意識が正常なのに、大声の、えらくくだけた、ぞんざいな扱いを受ける。父は、意識、即ち、頭がしっかりしていて理屈っぽい故に、小学校低学年の子供に対するような扱いなど、屈辱に感じると察せられるが、自分達の仕事で忙しそうな医療関係者に遠慮し、小さくなっていた。

 手術をした病院でも、追い出された先の終末期医療の病院でも、残された時間は、絶望に落ちて、何も言わずに唯々ベッドに丸まり、2023年4月10日、痛み止めが切れて、苦しみの最中、無残な顔で逝った。享年75歳。最後まで、苛められ体質の抜けない最期であった。


 葬儀を内々に終え、私は、父の賀状で宛名が分かる数少ない関係者に、訃報を知らせる葉書を出した。


「突然のお便り、失礼いたします。父、数奇寿和は昨年、原発不明癌と判明し、闘病生活を送っておりましたが、4月10日未明に息を引き取りました。享年75歳でした。入院についても、葬儀についても内内にしたいとの父の希望の為、ご連絡がすべて終わった今となりましたことをお詫び申し上げます。生前に父が賜りましたご親交に心から感謝いたします。今までありがとうございました。」


 父の退官から十年以上経つ上、コロナ禍の世相だ。人々の反応は儀礼的に終わり、全ては私の忌引休暇の範囲で収まる筈だった。しかし、休暇分遅れを取り戻す残業を終え、金曜深夜に家に帰ると、留守電が光っている。


「和子さん、はじめまして。数奇幸寿です。ご連絡、本当に有難う。明後日10時頃、お宅に伺います。仏前に線香をあげさせてください。」


 数奇幸寿。寿の文字がつく、父の実の弟だ。

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