スキル『リスナーによる行動選択権』のせいで、俺のダンジョン配信が平和に終わらない

るい

第一話「お金持ちにもなりたいし、アイドルと結婚したい」

 サトルは、息を切らしながら、サーカスがダンジョン化したダンジョン内を走り続けていた。


 後ろを振り向くと、ピエロの格好をしたゴブリンとオークが追いかけて来ている。


「後ろにいる、魔物達をなんとかしなければ!」


 走っていると前方に、木製のレバーが見えて来た。


「何か、わからないレバーはスルー!」


 サトルは、正体不明のレバーをいじらないことにする。


 さっき、紫色の紐を引っ張ったら、とんでもない目にあった。ここで、同じ過ちを犯すわけにはいかない。


『スキル:リスナー選択権が発動されました』


「なに!?」


 このタイミングで、そのスキルが発動するのか。いや、そんな驚かなくても良い。この階層に来てから、リスナーと俺は一心同体だ。


『前方にあるレバーをどうしますか? 一:レバーを引く。二:そのままにする。十秒以内に投票してください』


 選択権が提示され、リスナーの投票が始まった。


 この投票で、多かった投票に、俺の行動は強制される。


「リスナー! 二に投票してくれ!」


 サトルは、決死な思いで叫ぶ。



 :次こそは、大丈夫だ

 :ワンチャンあるかも



 俺のダンジョン配信を見ているリスナーは、この階層に来てから、行われた度重なる選択に、すっかりギャンブル思考に陥っていた。


『投票結果が、決まりました。九十パーセントのリスナーが、「一のレバーを引く」を選択しました』


「おいー! 俺のリスナー! 目を覚ませー!」


 サトルの体は勝手に動き、スルーしようとしていたレバーを引いた。その瞬間、何かが外れる音が聞こえた。


「何が、外れて……」


 サトルは、最後まで言い切る前に、何が外れたか理解した。


 前方から、巨大な丸太が真っ直ぐこちらに向かって飛んできていたのだ。





 数日前。


 登録者百万人突破して、有名ダンジョン配信者の仲間入りがしたい!


 有名ダンジョン配信者になれば、巨乳アイドルとも結婚でき、配信の広告収入で億万長者になれる! そんな目標を立てて、ダンジョン配信を始め、一年が経とうしていた。


 しかし、現実は……。


「現在の登録者は五百人。そんなに楽な道じゃないかー」


 サトルは、携帯に表示された自分のチャンネル登録者を見て絶望し、自分の部屋にあるベッドに倒れる。


「先が長すぎるだろ」


 俺の理想では、一年で一万人突破。そして、雪だるま形式で、どんどんチャンネル登録者数が増えていき、三年目には百万人突破している予定だった。


「でも、そろそろ、あのメールが来るはずだ」


 俺が、ダンジョン配信を一年間続けられたのには、ある希望があったからだ。


 一年間ダンジョン配信を続けた者に与えられる特典、『配信映えするユニークスキル』の付与。それを神殿に住む女神から、直接会って与えられるのだ。


 配信映えするユニークスキルさえ手に入れれば、百万人登録者なんて、すぐに達成できる!


 携帯の通知音が鳴る。


「ついに来た!」


 サトルは、勢いよく携帯の画面を開く。


『通知:ダンジョン配信一年間継続、ありがとうございます。女神の一柱である、モモ様から、ユニークスキルの付与する許可を得られました。神殿まで行きますか?』


 サトルは、その通知を見て飛び上がる。


「行くに決まっている!」


 携帯に表示された通知をスワイプして画面を表示させる。


 この時を待っていたんだ! 俺が待ち望んでいた唯一の希望!


『神殿まで、ワープします。準備は良いですか?』


 サトルは、画面に表示された『ワープをする』を選択した。


 なんだ!? 体が光に包まれていく。これが、ワープって魔法か!


 サトルの視界は、真っ白に染まった。





「あれ、ここは?」


 白い景色が晴れていくと、サトルの前には、巨大なタワーが見えた。


 白い外観に、巨大な鉄筋の柱、このタワーどこかで、見たことある。


「サトル様ですね」


 サトルは、突然声をかけられて、驚いた。


「だれ!?」


 サトルの前には、巫女服を着た髪の長い女性が立っている。


「初めまして、私、女神モモ様に仕える名も無き巫女です」


 名も無き巫女さん。名前が無いのは、いかにも異質な場所に来た感じがする。ここは、突っ込まずに、この場の空気を大切にした方がいいだろう。


「初めまして、巫女さん。このタワーはなんですか?」


 サトルは、タワーの方を指さした。


「これは、タワーではなく神殿です」


「神殿……」


 俺が予想している神殿とは、かけ離れた建物だ。女神が住んでいると聞いていたから、てっきり石造りの神殿をイメージしていた。


「その名も、スカイツリー」


「いや、立派な観光名所!」


 サトルは、思わずツッコミを入れてしまった。


「モモ様が、お待ちです。神殿の最上階まで行きましょう」


 巫女は、サトルのツッコミを無視して、スカイツリーの中に入って行く。


「あ、待って!」


 サトルも、慌てて巫女の後を追いかけて行った。





 スカイツリーの中は、多くの人で賑わっている。


「サトルさん。ここに来ている人達は、女神モモ様を、崇拝している人達なのですよ」


 平然と話す巫女と、巫女の話を聞いていたサトルに、子供連れの親子三人がすれ違う。


「パパ! ママ! 展望デッキから見える景色最高だった!」


「良かったわねー」


「よし、帰りは外食にするか!」


「やったー!」


 サトルは、子供連れの親子三人の方を見る。


「巫女さん。今の人達は、明らかに観光」


「参拝です」


 巫女は、サトルが最後まで言う前に、言葉を被せた。


「でも、景色が最高」


「女神様に会いに来たのです」


 どうやら、俺の聞き間違いだったようだ。そう思おう。周りを見たら、観光ツアーと書かれたタスキを肩にかけている人や、『スカイツリー内を冒険しよう! 』と、書かれたパンフレットを開いている人が視界に映る。これは気のせいだ。


 サトルは、『郷に入ったら郷に従え』という言葉を思い出し、これ以上は何も言わないでおいた。


「女神モモ様は、最上階でお待ちです」


 巫女は、エレベーターの前に立ち、ボタンを押した。


 ここは、中世でも何でもない。令和六年の日本だ。神殿は、スカイツリーになるし、女神だって、現代の暮らしをするんだ。


 サトルは、心のどこかで持っていた理想を捨てた。


「では、女神モモ様に会いましょう」


 エレベーターの扉が開くと、巫女とサトルは、エレベーターに乗った。エレベーターの扉は閉まり、上に上がっていく。


「巫女さん。一つ質問があります」


「何でしょうか?」


「女神モモ様は、どういった女神なのですか?」


 東京を象徴とする建物の一つである、スカイツリー。そこに住む、女神モモは、どういった女神なのだろうか?


「女神モモ様は、古事記に登場する神の一人、クシナダヒメを先祖に持つ、由緒ただしき女神です。クシナダヒメの夫であるスサノオ様の力も受け継いでおり、日本に住む女神達の中でも、高位の女神と言えるでしょう」


「あの、クシナダヒメとスサノオを先祖に持つ、女神……!」


 サトルは、心拍数が上がり、手が震えた。


 スカイツリーの光景を見た時は、どうなるかと思ったが、あれは緊張感を与えないようにするため、女神モモ様のご厚意だったかもしれない。ここからは、しっかりとした礼儀を持って、女神に話さないといけない。


 信は、大きく深呼吸した。


「……そんな緊張しなくても大丈夫ですよ」


 サトルの態度を見て、巫女は話しかける。


「女神に会うんです。しっかりとした振る舞いで、接しなければ」


「……そうですか」


 巫女の返事をする遅さに、サトルは少し違和感を覚えたが、気にしないことにした。


 もうすぐで、最上階だ。


「女神モモ様がいる階層に着きました」


 エレベーターの扉が開く。


「ついに、女神様と会える!」


 女神様に会って直接、配信映えするユニークスキルが付与される。そうすれば、俺の目標としている百万人登録者への道は、一気に短くなる!


 サトルは、希望を胸に秘めて、エレベーターから降りた。ライトで照らされた一本道の奥に、大きな二枚の扉が見える。


「あの扉の奥に、女神モモ様がいます」


 巫女は、先頭に立って進む。


 この緊迫感。さすが、女神様だ。今まで感じたことないオーラを感じる。


 道を進んで行き、扉の前に立つ。


「モモ様。ユニークスキルを貰いに来た、ダンジョン配信者サトルを連れて来ました」


「ちょっと待って、もうすぐでセーブポイントだから」


 セーブポイント? 今、扉の奥にいる女神様、セーブポイントって言わなかったか?


「……ダメです。開けます」


 巫女は勢いよく扉を開いた。


「きゃあ!?」


 扉が大きな音をたてて開いたため、部屋の中にいた女神が悲鳴をあげた。


「女神様?」


 サトルは、心配になって、部屋の中を覗く。


 部屋の中は、お菓子の袋やら、ペットボトルが散乱していて、汚部屋になっている。そして、部屋の中央を見ると、ワイシャツ一枚と、そこから透けて見えるピンク色の下着しか着ていない、寝癖だらけのピンク色の髪をした一人の女性がいた。

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