第34話 最後の幹部
馬車が激しく揺らぐ最中、只管に荒野を注視していた勇者が、沈む声色で警鐘を鳴らす。
「止まれ」
その一言に2人にあった僅かな弛みさえも、一瞬にして張り詰めた形相へ変化して、馬車は緩やかにその歩みを止めた。
ウェストラは徐に天を仰ぎ、溜め息を零す。
「スゥーーフゥーー」
心の揺らぎの表れか、あるいは──確固たる決意の表明に他ならいのだろう。
アイシアは慌ただしく立ち上がって、勇者の向く先に視線を移した。
遥かなる前方に一つの揺蕩う人影が、次第に漠然とした恐怖を明瞭なものとしていき、身体中に響き渡らせるほどに、心臓が早鐘を打っていく。
そして、勇者は泰然と降り立っていく。
続くようにウェストラが二つの足跡を作り出して跡を追い、アイシアもそれに続いた。
それぞれの距離が近付いていく中で、朦朧とした黒き人影が段々と色濃く鮮明になっていくとともに、さながら嵐の前の静けさから来るそよ風がフードを靡かせ、垣間見える。
全ての皮膚が獣のように肥大化して、禍々しく変色し、焼け焦げた醜悪なる面差しを。
そして、其々は立ち止まる。
ウェストラが未だ尚、相手の顔を睨み付けたまま進まんとするアイシアを引き止めて、息を呑む。
静寂。
勇者一行は緩慢に武器を握りしめる中で、その者は流れるように、三者に目を向ける。
そして、遂に徐に黒きフードを翻した。
「随分と陰気な雰囲気だな。それに一人足らないようだが、まさか通夜でもあったか?」
その姿は……言葉は、二人を瞠目させた。
相不変に禍々しい面差しも然る事乍らに、流暢に饒舌に嬉々として語り出した、幹部。
「あぁ、そうか。この姿では話しづらいか」
そう言い、前髪を下から掻き上げるかのように、掌を顔面に当てがい、瞬く間に姿を変える。
「どうだ?似ているか?生前の姿を模したんだが、あまり過去の事は覚えていなくてな。似ていなかったら、すまない」
刺々しい黒髪の短髪に、精悍な顔立ちでありながらも、仄かに雄々しさも感じられる、嵩高しな青年であった。
「ど、どうして、話せるの?」
「俺たちが物言わぬ人形だとでも思ったか?まぁ、現に心臓は機能していないがな」
「幹部の中に口の聞ける奴がいるとは、思いもしなかったな。いや、ハッキリ言って想定外だ」
途切れかけた二人の会話に、焦燥に駆り立てられたウェストラが割り込むように繋ぐ。
そして、馬車から歪んだ空間が幹部の背後へと足音を忍ばせて、迂回路で進んでゆく。
「懐かしい話だな。あれは俺たちが精鋭と謳われるよりも前の事だ。地下の古代迷宮で、川に流れていた聖水を飲んで以来、精神攻撃が一切効かなくなってな。無論、彼奴もだ」
幹部は徐に一瞥する。
「フッ、久しぶりな。ヒロ」
幹部の印象に乖離したかのような笑みを浮かべて、揺らぐ瞳に哀憐の眼差しを向ける。
いの一番に刃を露わにした勇者だったが、その一言に茫然自失し、呼吸を乱し始めた。
「大分背が伸びたようだが、髪の色まで変わるとは、時代の流れとは恐ろしいものだな、全く」
「知り合いのようだな?」
「ん?その白髪に異様な魔導書。お前は確か……」
「ウェストラ・イミテイト。西の精鋭だ」
「あぁ、すまない。親切心が足りなかった。俺の名はウェスト・クレアーレ。西の先代だ」
「そりゃご丁寧にどうも。創造主の家系様」
「さて、無駄話は此処らで終わりにして、そろそろ小手調べと行こうか?」
「できれば、穏便にすませたかったんだが」
「そうもいかない。何せ、幹部だからな」
「いつ来てもおかしくないぞ!注意しろ!」
僅かに気の緩んだアイシアを一喝し、疾くに長杖を前に差し出して、忽然と煌々たる無数の黄金の光の矢が浮かび上がっていく。
「猿真似一族の末裔か。その二番煎じの実力が何処まで通用するのか、見物だな。まぁ、この技を扱う俺の言えた事ではないが……」
徐に跪いて、大地に手をあてがった。
その瞬間、歪んだ空間からウェストラが、忽然と姿を現しながら短剣の刃を振るう。
だが、予期していたかの如く、振り返る事さえせずに、せり出した槍に串刺しにされ、血反吐を零す。
「チッ!」
「死屍累々」
その大地が盛り上がるとともに無数の人物像が作り出されていき、其々は剣を携えて勇者なる外套をそよ風に靡かせる。
「それは、歴代勇者か……?」
ウェストラは一驚を喫したまま、目を限界まで見開かせ、開いた口が塞がらずにいた。
歴代勇者が傀儡となって勇者たちを襲う。
「全盛期の一割でさえ引き出せていないが、貴様らでは手こずるだろう。いや、あるいは──死を招くやも知れんな」
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