第29話 弟子との共闘

 ウェストラは徐に天を仰ぐ。


「そうか……そういうことか」


 次第に淀み切った黒き表情に沈んでいく。

 

 一人のアンデットが、立ち尽くすウェストラの元に歩み寄った瞬間、右足を振り抜いて下顎を疾風怒濤の如く、蹴り上げる。


「クソッタレがッッ!!」


 だが、怯むことを知らぬと言わんばかりに、蹴られた直後には再び、平然とした顔つきで突き進む。


「作戦変更だ。騎士団お前ら全員、此処で死ね」


 魔導書をようやっと開き、空いた片手に忽然と黒き紫紺の長剣が生み出されていく。


 緩やかな一打の拳を躱して、刃を振るう。


 然るにその刃はアンデットの皮膚さえも、傷一つ付けることなく、刃に亀裂が走った。


「……チッ。一匹ずつ狩るしか無さそうだな」


 新たなる頁を開いて、流れるように長剣を体躯を遥かに上回った大鎌へと変換させる。


 そして、勇者たちを一瞥する。


「あの馬鹿野郎っ、私情で動きやがって!」


 その突き刺すような視線に気付いたアルベルトが、仁王立ちする勇者に問い掛ける。


「彼等はどうしますか?」


「そう簡単に死ぬほど柔では無い」


 周囲の者たちが死の危機に瀕して尚、瑣末な事柄に過ぎんと眼前の相手に決して目を離すことなく、血走った眼で凝視していた。


「……恩師殿との共闘は何年ぶりでしたかね」


「さぁな」


 其々が三者三様の武器を携えて、異なる間合いを測りながら、慎重に詰め寄っていく。


「合わせろ」


「了解」


 瞬く間に、掌から凛とした白き霜が降りてゆき、パキパキと音を立てながら氷の槍を形成していく勇者と、その未完成な槍を鷲掴みにし、既に振りかぶる動作に入っていた。


 あまりにも緩慢に放たれた氷槍は、空を抉り取るように幹部の眼前へと迫り、勇者は静かに眼下から白き魔法陣を巡らせてゆき、アルベルトは徐に印を結ぶ。


「斬。形状変化、氷龍鬼の術!」


「……己を成せ」


 鼻先に触れんとした鋒は綺麗に真っ二つに切り裂かれ、片割れの氷槍は一本角の龍に、勢いが完全に死んだもう一方は、足元に突き刺さったまま、刺々しい見た目に変形し、両足を大地に繋ぎ止めた。


 大口開いて搔っ食らわんとした氷龍鬼を、忽ち、作り出された光の帯の長剣で突き刺して、紫紺の陣に足を乗せ、目にも留まらぬ速さで懐に掻い潜った勇者と刃で競り合う。


 金属音が鳴り響くとともに、幹部は勇者の丹田に掌を捩りながら打ち込んで、突き刺す。


 先の見透かせるほどの光の刃で。


 その背後、大地を這うように進んでいた一条の白き光が、幹部の背後で魔法陣を生む。


 生み出した魔法陣から姿を現す、二つの影。


 貫かれた勇者は霧散して、二者の握りしめた刃は振り返る間も無く、無防備な頸に振り下ろされた。


 一太刀。真の長剣で叩き斬られた場所を、新たなる勇者の続く第二撃が追随する。


 しかし、二人の刃は欠けて宙に舞う。


 折れた長剣に愕然と目を見開くアルベルトと、相不変に仏頂面を続ける勇者であった。


 黄金を帯びた無数の光の矢を、虚無から撃ち放って、二人を数十メートルと退かせた。


 アルベルトは欠けた剣に酷く目を震わせ、乱れた呼吸を整えるべく、勇者に目を向ける。


「人間の強度じゃないですよ、あれはっ!」


「恐らく、光の庇護を纏っているのだろう。想像以上の硬さだったがな」


「どうしますか?」


「願わくば、次まで残しておきたかったんだがな。やむを得ないな、使わせてもらおう」


「……?」


「アルベルト!」


「ハッ!」


 戦慄く寸前であった己の心境を一瞬にして鎮め、冷静に常に冷徹な勇者の指示を仰ぐ。


「大技を扱う。一瞬でいい、隙を作れ。できれば、宙に浮かしてもらえると助かる」


「承知致しました」


 そして、そんな最中、アンデットと化した翁との刃の競り合いに押される一人の若造。


「チッ、強えな……!」


 百戦錬磨たる翁の剣技に翻弄される若造は、剣を握りしめる両手が震える様を見て、引き攣った苦笑を浮かべた。


「またアンタと酒が飲みたかったんだがな、どうやら無理そうだ。テメェは、俺が殺す」


 師に刃を向け、冷め切った鋭い眼差しが虚ろながらも、心なしか悲しげな目を突き刺す。


 その仕打ちに、他の追随を許さぬ猛攻が、完全に後手に回った兵の眼前へと迫った。


 小技。


 緩みなき矢継ぎ早に振るう剣戟に、刃は時を超えたかのように刃こぼれの剣に変化し、たった数秒足らずで、鈍らに姿を堕とした。


 決して、僅かな隙が生じる大振りに走らず、慎重に、着実に、兵に手傷を負わせていく。


「チッ!!」


 防戦一方から戦局は揺るぐ事なく、段々と終局へと起死回生の一手をろに退かせた。


「……。一か八か、やるしかない」


 そう呟いて、疾くに印を結ぶ。

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