第23話 魔王の幹部と忌子

 城門の上に居並ぶ、ローレルの兵士たちは、皆が仲良く両手を前へと差し伸べる。


 瞬く間に魔法陣が現れ、手に収まるほどの炎が数千を超えるゴーレムに放たれていく。


「毛程も役に立たんな。あれは」


 だが、その僅かな焔は害とさえ見做されず、数十メートルを優に超えたゴーレムたちは、平然とその歩みを進み続けた。


 ウェストラが絶壁を背にして、嘆息しながら言葉を漏らした。


「全くだ」


 その意に同感するオルストラ。


 そして、地響きとともに前進する無数のゴーレムの山に、端から端へと隈なく目を配っていく二人。


「いない」


「えぇ、魔物がゴーレムしか居ませんね」


「違う、幹部だ」


「え?」


「案内人、姿を見せろ」


「ハッ!」


 傍らに忽然と黒霧に包まれ、その身を翻す。


「どういう事だ?」


「……暗視と温度体の魔眼使用で、隊列を組むゴーレムの集団の中心に怪しげな人影を視認しました」


「あれが、幹部だと?」


「はい、その証拠を今ご覧に入れましょう」


 跪いていた案内人はそう言い放なって、徐に立ち上がりながら両手を虚無に構えた。


「……?我々、騎士団の兵は手筈通り、ゴーレムの処理に当たって宜しいでしょうか?」


「あぁ、あのゴーレムの中は空洞状になっている。その中には恐らく、数段上の魔物が数百と潜んでいるだろう。十分に注意して行動しろ」


「ハッ!」


 往来の激しき門へと駆け出していく。


「早く行けよ、


 ウェストラのその一言に、眉根を寄せながらも、疾くに踵を廻らせ、アルベルトの跡を追った。


「業火の弓矢」


 虚無に紅き焔が頻りに小煩い乾いた音を立てて、両手に立ち所に燃え広がっていき、弓矢の形を成す。


「不死鳥」


 怪訝なる形相を浮かべながら、火矢に視線を向けて囁く。立ち所に凛とした氷剣を生み出していく。


 矢をギチギチと番えた弓は、美しき音色にも等しき音を奏でで、焔とともに放たれた。


 その瞬間、勇者は矢を氷剣で叩き打つ。


 かろうじて目で追えていた筈の紅き矢は、時を超えたかの如く、幹部の胸部を糸も容易く射抜く。


「……!」


 だが、手応えはない。貫かれた胸には、黒々と焼け焦げた姿のまま、何の変化もありはしなかった。


「炎炎って、極端だな。どいつもこいつも」


 愚痴を漏らす片手間には、巨躯を覆い尽くすほどの数百の氷塊をゴーレムへと放つ。


 脚と腕の関節を寸分違わずに貫いて、最前列のゴーレム達は軒並み、煩い音と共に崩れ落ちていく。


「焔よ、今一度、舞い上がれ」


 射抜かれた矢を抜き払った幹部だったが、再び、紅き業火がその身を焼き尽くした。


「贋作に踊らされたか、阿呆が」


 ゴーレムによって舞い上げられた無数の粉塵が。幹部の人影を朦朧とさせていたが、黒き影となってむざむざと大地に臥した。


「も、申し訳ありません!目に映るものばかりに囚われ、正しきものを見失うなど、一生の不覚。この罰は甘んじて受け入れる覚悟です」


 そして、深々と跪く案内人であった。


「ハァ……」


 徐に両手を合わせて、鋭い双眸を閉じた。


「心なき兵よ、過去を、今を、明日を、持たぬ傀儡となって、主人に全てを尽くし、目に映る全ての標的を木っ端微塵に破壊せよ」


 次第に眼下の地面が盛り上がる。


「フルトゥーム」


 詠唱を遂げるとともに、土竜が大地を掘り上げるかのように、たった一つの大穴からそれは姿を現す。


 不定形ながらも、すぐさまに露呈するゴーレムとの圧倒的な眇眇たる体躯であった。


 だが、形を完全に成した時、体格差にまるで恐れる事なく、土石の刃を手にし、歩みを進めていく。


 その様は言葉も想いも介さぬ傀儡。威風堂々たる背中は、さながら勝機のみを欲する武神であった。


 それは、創生者である勇者の意志でさえも……。


 軽快に俊敏に敏捷に低空で飛び上がり、まるで空を切り裂くかのようにゴーレムの脚を斬り裂いた。


 最前列のゴーレムらが体勢を崩し、尻目に歩みを進めていたゴーレムたちが群衆雪崩を起こす最中に、武神は其を容易に粉塵へと化した。


 粉々に打ち砕かれた小石が、大雨のように、雹のように、礫のように降り注ぐ。


 武神は電光石火の如く、ゴーレムの体躯の隅々に一縷の雷光が迸っていた。


 勇者は跪き、掌を地に当てがっていた。


「何処にいる?」


 瞼の裏で眼球が確かに動き、何かを探っていた。


 瀕死の危機にあるカースの行方を。



 約数分前。



 周囲の草花を枯らし、大気は禍々しく淀んでいるようにさえ思えるほどに、カースは呼吸を乱して、未だに状況を理解できぬ少女を小脇に抱えながら、敵から決して目を離すことなく、慎重に後ずさる。


 金属製の長杖の片方の先端には鈍色の刃が、もう一方には輪を描く、不可思議な武器。


 それを槍のように巧みに操り、体を纏わり付かせながら、存分に杖を振るう。


 そして、その刃は少女の頬を捉えていた。


 その眼前に楯なる右腕を翳し、幾重にも重なる鱗でキンッと音を奏でて、弾き返した。


 両の腕、両の手、それだけでは足らぬと言わんばかりに、カースは両の肩に蔓延る鱗を腕のように集結させて、寸分違わぬ狂いもなく操った。

 

 槍のように、棘のように、針のように。

 

 その様を見ても、幹部の表情は変わらない。


「ヴヴヴァァァッッ!!」


 柔軟な肉体を鞭のように撓らせて、大地を抉るほどのカースの大振りを容易に躱した。


 そして、輪の方をカースたちに向け、言葉を発することなく、絢爛なる黄金を帯びた光の矢を放った。


 それは当然かのように、カースの腕を貫くことなくすり抜けて、大地に突き刺さった。


「っっ!?」


 そして、その矢は少女の頬を切り裂いた。


 微かに掠めた筈の患部は、激流かの如く、褐色肌に染まった頬に、真っ赤な血飛沫を噴き出した。


「っっ!」


 切り裂かれた頬の方の片目を眇め、必死に息を殺しながら奥歯を噛み締めた。


 己の立場をようやっと理解した少女は、甲高い呻き声を上げて、顔面蒼白となっていく。


「はっ……」


 微かに残った草花に、緋色の鮮血を多量に含んだ水分を与えていた。


 雑多な色の全てが真っ赤に染め上げて、無傷で悠然と見下ろす幹部を、ただ茫然と見上げることしかできなかった。


 だが、未だにカースの腹部には、少女の温もりがあった。


 泣き疲れ、ただ祈ることしか選択のない少女は、まだ、かろうじて生きていた。


 たったの数分の出来事であった。


 一秒一秒が遥かに遠く、血が滴り落ちるのにも、まるで時が止まっているかのように。


 だが、幹部はそれを意に介すことなく、刃を振り翳した。


 いいや、むしろ、その意に即座に理解したとも言えるであろう、その所作にカースはただ見つめることしかできなった。


 真っ白な眩い何かが、その元へ飛来した。


 そして、その圧倒的な勝機に割り込んだ。


 ただ過ぎゆく運命を呪うことしかできぬ二人に選択を与えたのは、まごうことなき勇者であった。


 振り下ろした刃を金属音を奏でて造作もなく禦ぎ、紫紺の陣を巡らせ、カースをその場から遠ざける。


手を出すな」


 僅かに震わす氷剣を幹部に突きつけて。

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