第20話 勇者と冒険者の会談

 ローレル小国の王並びに、冒険者の長と、威風堂々とした勇者と、錚々たる面々が居並んでいた。


 キョロキョロと辺りを見回し、周囲の様子を逐一窺う国王の姿を視界にすら入れぬ二人は、突き刺すような鋭い眼差しで、会談の場に入ってから終始、睨み合っていた。


 眼前の獲物から決して目を離す事なく。


 そして、王は二人の捕食者を前に、ただじっと手を拱いていた。


 我が国の存亡の危機に瀕して、その体に似合わぬ華奢に等しき双肩に担っていながらも、尚、傍観。


 重苦しき沈黙を先に破ったのは、冒険者一行の長であった。


「大国の長の右腕で有らせられるお方に、このような態度で大変申し訳ないが、何分こっちも命懸けでしてね、ご理解の程を願いますよ」


「御託はいい、本題に入ろうか」


「では、先ずは現状とこちらの条件から」


「あぁ」


「ノースドラゴン騎士団は、現在200人もの戦士並びに魔法使いの兵を擁し、魔物の討伐と諸国からの依頼によって生計を立てています。ですが、昨今の魔物激減による依頼の減少が、兵士の雇用費用の削減を余儀なくされ、一部の者たちの暴動を引き起こす原因ともなっています。この問題を……」


「我らの国家に危害を加えるなど、言語道断!赦し難い業である事を今一度、認識しろ!」


 国王は声を荒げて、会話に割って入った。


「ハァァ……」


 思わず両陣がため息を漏らす程の唐突さ、そして、小国たる所以を恥じらいもなく吐き散らした。


「要するに率いた部隊兵力の半分でさえも、自らの指揮下に居ないということだろう?」


 勇者は頻りに煌びやかな王冠に目を配り、慎重に言葉を並べ立てていく。


「現在、騎士団たちが起こした被害報告が、方々から後を絶えぬ状況。大々的な騎士団の交渉に、我々がすんなりと首を振っていては、示しが付かないのも理解してもらおう」


「勿論です。互いが譲歩し合える場所で、仲良く手を取り合って、解決へと歩みを進めましょう」


「……。根本的な解決に至るか定かではないが、一先ずの置き所として、部隊編成を四部隊に分散する事を頭の片隅に置いてほしい」


「……」


「すまないが、誰か地図を」


「ハッ!」


 一人の兵士が世界地図を机の上に広げた。


「東西南北の国境線上には、魔物の巣窟とも言われる無数の迷宮が存在する。隣接する各国が総力を上げて、対処に当たっているが、未だ被害は甚大。魔王や地上の魔物と異なり、安定して魔物の数を一定に保っている」


「隊の分散は兵の士気を下げかねない上に、我々の中にいる独立を目的とした者たちにより内戦状態を招く恐れがあります。ですから、あまり最良の選択ではありませんかと……」


「実力を伴っていても、所詮は烏合の衆か。信頼に置ける人物が五人と居れば、容易に事を運べるだろうに。余程信用が無いようだな」


「えぇ、私も先代の意志を継げずにいます。部隊編成の中にそれを不満に思っている者も、そう多くありません故、不確定要素はなるべく排斥しておきたいのです」


「ならば、貴様らの力を以て、見るといい」


「……?」


「千里眼の宝玉を持っているのだろう?」


「……何処で其れを?」


「単なる噂だ。妙な真実味を帯びた噂をな」


「仮に私たちがそれを持っていたとしても、あれは国宝級の代物。一つの危機に瀕した局面如きで使っていい訳がない」


「ならば、この条件を呑むしかないだろう。あるいは、今此処で死ぬか?」


「戦いに明け暮れた勇者様の為すことは、やはりどれも荒っぽいですな」


「殺しに関しては、誰よりも自信があるんだがな」


「全く、困りものですよ」


 双方は窓の外を眺める。


 快晴たる大空を見つめて。


「お仲間は酒場には行かないんだな」


「禁酒を勧めてましてね」


「ほう?娯楽をも禁ずるとは、お前も上に立つ者としての道を誤ったように見えるが?」


「いつ何時でも素早く動けるようにね……」


「個々の力量では過去の俺を遥かに勝るが、連携の有無に関しては頭を悩ませるだろう」


「えぇ、ですが、我々はあくまで、個人の群。烏合の衆の名の通り、其々の特技や性格を尊重し、本来の兵士の原理原則には適っていない。ですが、それ故に最強と謳われている」


「俺にまともな交渉術ができるとでも?先のお前が言ったように、まともな方法などする訳もない」


「でしたら……何故、我々の条件に耳を傾けたのですか?」


「ただの甘さだよ」


「はは、全く敵いませんな」


 双方は何かを悟ったかのように語らう。


「全く、逆襲者の名に恥じぬ愚行だな」


 王の背の窓の外に目を向ける。

 それに釣られて隊長と王も一瞥する。


 静寂。


 一瞬、ほんの僅かに早く隊長が颯と立ち上がり、剣を握りしめたが、まるで蛇に睨まれた蛙のようにその動きをピタッと止めた。


 その突き刺すような鋭い視線の先は、勇者のそれに他ならない。


 勇者の瞳は依然として、紅き色を帯びたまま。超常からの理不尽に襲来した呪縛か、あるいは──。


 そして、窓を容易く突き破って、王の喉元に文字の刻まれた長槍が眼前へと迫った。


「なっ!?」


 王は目を見開いて、一驚を喫する。


 ほんの一刻前。


「にしてもよぉ、勇者の野郎の旅路に出会すなんざ、ホントついてねぇなぁ、俺らって」


「『俺ら』じゃねぇよ。あいつがだろ?」


「あ?アズベルト団長がか?」


「あぁ。俺は最近、彼奴には妙にツキが回ってこねぇと思ってたんだよ」


「お前がそんなに頭良いわけねぇだろぉ。いくら過ぎたことだからって、無理あるだろ」


「うるせえ!黙って聞けよ馬鹿が!」


「へぇへぇ」


「あの野郎は魔物のこかつ?やらも、想定内だった筈だ。なのによ、それにも関わらず、しけた村ばっか襲ったのも、きっとここに来る為だ」


「来て何すんだよ?女王にでも会いにか?」


「最後まで聞け!俺の考えではな、恐らく勇者の野郎と一戦交える気だ」


「ハァァ!?」


「声がデケェよ!馬鹿が」


 周囲の白眼視の視線に目を配る。


「それで、良い案外あるんだけどよ。オルストラに付かねえか?」


「はぁ?副団長に?何で?」


 誰しもが見渡せるような場所で2人1組の編隊を組んだ兵団員たちは、首領の行方に不安を覚え始めたのか、気を紛らわすように其々が饒舌に語り出した。


 だが、周囲の動向に目を逸らす事はない。


 そして、1組の兵たちが純白なる高々とした城を見上げていた。


「すっげえ、見渡しいいな」


 文字の刻まれし槍を携えて……。


「あぁ、そうだな」


「ハァァ。暇だなぁ。今頃あん中でご馳走でも食ってんのかねぇ。団長さんはよ」


「会議の真っ只中だろうよ」


「それにしても、俺たちは仮にも龍の名を背負ってんだぜ?なのに、こんな回りくどいやり方で本当に良いのか?」


「団長の意向に従えねぇのか?俺たちをようやっと師団長の階級に上げてくれたのによ」


「そうだつってんだろ」


 兵団員が周りの人々に目を向けると、ぶつからんとした視線を慌ただしく切って、そそくさと立ち去っていく。


「ふざけやがって」


 そして、そんな二人へと近づく者がいた。


「あ?」


 まだ齢六つにも満たぬ少年が、小さな拳を力一杯に握りしめ、大地を踏みしめるような小煩い足音を立てて、二人の眼前に着く。


「何だ?糞餓鬼?用でもあんのか?」


「……!!」


 憤りに満ち満ちた形相を浮かべ、怒気の籠った言葉を吐かんとする様と、僅かに少年の体を震わせていた。


「お前ら!!ぼ、僕たちの街に勝手な事す……」


「……あっ?」


 槍使いが少年の言葉を遮って、胸ぐらを鷲掴みにし、息遣いが当たるほどの眼前に手繰り寄せた。


「おら、最後まで言えよ。あんだろ?言いたいことがよぉ?」


「ふっっ……」


 少年のその瞳には充満された潤いが、今にも頬に零れ落ちようとしていたが、下がった拳を緩やかに、だが、着実に、男の顔面へと運んでいた。


「お前らなんか、怖くない!」


「だったら……此処で死ぬか?」


 その一言に少年の頬に涙が伝う。


 その一滴の雫は滴り落ちてゆき、潤いを満たさんとする大地に静かにぶつかった。


 その瞬間。


 ゆらゆらと炎の揺蕩う空間を見るが如く、槍使いの背には歪んだ空間が迫っていた。


 そして、背中の鎧に小さな金属音が走り、あどけなさの残る少年の声で囁かれた。


「リベル」


 槍使いにしか聞こえぬ程の、本の僅かな声量で。


 疾くに視線を背に向けるも、その歪んだ空間は跡形もなく消え去って、そのまま流れるように携えていた長槍の鋒を差し向ける。


「おい!?」


 会議の最中、王宮へと。


 電光石火の如く機敏なる動きで身を捩り、周囲に突風を吹き荒らして、放たれる。


 砲声かのような風切り音を響かせ、目にも留まらぬ速さで、国王の頸へと差し迫った。


 投擲から僅か数秒が経った頃。


 勇者が咄嗟に、眼前に盾の如く翳した大剣の刃で長槍を禦ぎ、金属音が鳴り響くと同時に、近衛兵達が慌ただしく剣を抜いて、駆け出した。


 近衛兵の幾重の刃を突きつけられた長は、汗一つ垂らすことのない勇者に目を向けた。


「盤石にして安定の一手が、裏目に出たな」


「さて……何のことでしょうかな。恩師殿」


「此処で死ぬか?それとももう一度、その席に着くか?」

 

「こちらに選択の余地などありませんよ」

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