第19話 ノースドラゴン騎士団
「何ですか?あれ?」
長蛇の二列に隊列を組んだ戦士たち。
「北の冒険者集団だ。偉そうに騎士団などと掲げているが、実際は騎士とは名ばかりの盗賊共の集まりだ。だが、実力は粒揃いな上に、品性の欠片も無いことのが余計にタチが悪い、一部なんかじゃ、逆襲者の群れとまで揶揄されているそうだ」
「そうなんですか……」
「それにしても随分と大所帯での移動だな。まさか戦争でも起こす気じゃあるまいな?」
「どうして、北の冒険者が北の国と戦争を?」
「機関に属していない傭兵軍団だからな。当然、祖国の恩情とやらも奴らには全くないのだろう」
「大丈夫でしょうか……」
「なあに、心配には及ぶまい。世界屈指の実力者であらせられる勇者様もおるのだからな。我々はいつも通りに、平静を保っていればいい」
「そうですね。…でも、やっぱり少し怖いですね」
「あぁ、そうだな」
国民たちの不安は次第に全体へと伝播してゆく。それは表情に、態度に、言葉に……。
無造作な黒々とした無精髭と短髪をした、一人の男が鬼気迫る形相を浮かべる者たちの最前線に立ち、獰悪なる群衆を率いていた。
その傍らには仄かに白みを帯びた艶やかなる長髪を靡かせし凛々しき男が、怪訝に周囲の動向に目を配り、兵団員と瑣末にして低俗なる言葉を交わす。
「オルストラ副長さんよぉ、随分と険しい顔してなさんなぁ?」
「ハハッ。そんなに怖いお顔しなくたって、どうせ俺たちに敵う奴なんざ、いやしませんよ」
「うるせえぞ、テメェら!黙って行軍も出来ねぇ役立たずか!?あぁ!?」
「そんなカッカなさらないでくださいよ~」
「そら、ここ数日間、女にも酒にも飢えてんでね。身体中が湧き立って仕方ねぇや」
「そうだそうだ!こんなの終わらせて、さっさと酒場行かせてくだせえよ、団長!」
「国王陛下への挨拶が先だァ!それが終わった後は、思う存分、好きにやっていいぞ!」
「っしゃぁーー!!」
「っしゃぁーーー!」
「うぉぉ!!」
品性の欠片も無き者たちの雄叫びに、酒場から身を乗り出して動向を窺っていた兵士たちは、頬を引き攣らせて、得物に手を掛けんとしていた。
「下手な考えに走るなよ」
そんな感情に踊らされつつあった兵士たちの心を宥めるように、座り込んでいた勇者が鋭い釘を刺す。
「えぇ、分かっております。勇者殿」
「事を荒立てるには、時期尚早……ですね」
「お前たちは普段通りしていればいい。俺が、いや我々が速やかに順調に事を運ぶ」
その重苦しい一言に、一人の兵士が僅かに眉根を寄せて、そそくさと酒場を後にした。
そして……。
高みの見物さながらにその様を見下ろし、物憂げに表情を沈ませていく者がいた。
白皙な頬に蒼き眼をして、恰幅のいい身の上から、箔の付いた絢爛なる紅き外套を羽織って、着々と謁見の間に迫り来る騎士団たちから、目を逸らすかのように窓辺から身を離した。
不相応に絢爛豪華なる王冠を輝かせて…。
「いよいよか……。執事!執事はおるか!」
其々が得物を携え始めた兵舎では、人影の無き暗闇で、二人が湿った会話をしていた。
「たった今、酒場から戻った兵士からの伝言だ。念の為、お前は勇者殿のお側に付け」
「ハッ。承知致しました」
「当然、分かっているな?」
「えぇ、『息を潜め、音を殺し、如何なる状況であっても平常心を失うな』です」
「検討を祈るぞ、ウォリンズ」
「御安心を。ローレル国の名に懸けて、この命は必ずや遂行させます」
その一言を最後に、その者は音を消した。
そして、その全てを高き門から見下ろす、二人の影。其れ等は淡白な言葉を並べ立てる。
「兵団員の数はざっと200ってところだ」
ウェストラは魔眼で周囲を見渡していた。
「団長、副団長を除いても、この国の兵力を大幅に上回るだろう」
「へぇ、弱小国家に名を連ねるだけの事はあるな。逆襲者の方の兵は等間隔での配置で、いつ何時でも其々の動向を逐一見渡せるようにしているようだ」
「国王陛下の御前での白昼堂々の襲撃は、万が一にもあり得ないだろうが、戦局を有利に進められては、瑣末だが困りものだな」
「不逞の輩を善良なる国民のために、拘束しましたってなら、問題無いんじゃないか?」
「牢に幽閉か。言うなれば、彼等に何処よりも安全な仮の宿屋を無償で提供したようなものだ。たとえ一人であったとしても、脆弱な檻からの脱獄など造作もないだろう」
「だったら、どうするつもりだ?」
「兵士の募った不満を吐かせるに限る。奴等が逆襲者と揶揄される謂れを見せてやるのが楽な手法だ」
「なら、さっさと指示を寄越せ」
「兵士の気を逸らし、王の喉元に矛を突きつける」
「つまり……兵の錯乱と揺動が目的か?」
「あぁ」
「お誂え向きに己の得物に名を刻む阿呆がいるな。城からの位置どりも悪くないし、魔法仕掛けの投擲なら怪しくもない。だが……」
紅き燃ゆる涙がとめどなく頬を伝うウェストラは、徐に仁王立ちする勇者を一瞥した。
「逆襲者と言えど、不自然過ぎるだろう」
「周囲の目撃者と事実だけが残せればいい」
「欲望の解放。か。さ、あ?」
勇者の鋭い視線がウェストラを突き刺していた。
「……何だ?」
「心変わりが随分と早いようだな?」
「俺はあの龍擬きとは違う。利己的に物事進めようとする奴と一緒にするんじゃねえよ」
「そうか……」
「無事、達成したら、俺はどうなる?処分か?」
「追々沙汰を下す、それまでは不問だ。そして、失敗などあり得ない。俺がいる限りはな」
「そのお前が敵に寝返らないとも限らないだろ」
「無いな。天地がひっくり返ろうとも」
「ハァ……最近はあまり使っていないから、ちゃんと発動するかは分からないぞ?」
「お前に選択肢など無い筈だ。無論、失敗など赦される訳も……頼むぞ?」
緩やかに眉を顰めていく。
「……。その旨、慎んでお受けします」
「あぁ」
「……国防会議には御参加するので?」
「無論だ。もう一人の勇者がな」
「限界は六体までのようですね?」
「あぁ。そうだ」
勇者は赤裸々に豪語した。
それは、口走ったウェストラ自身が気圧されて、本の僅かな猜疑心を抱かせるほどに。
「万が一、反乱を招いたら?」
「予め、傀儡を配備しておこう」
「……?では、また後ほど」
その一言を皮切りに飛び立った。
それぞれの思惑が今、ぶつかろうとしていた。
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