人間の失態

名無しのブッタマン

人間の失態


英雄殺し計画にて逃亡中の元英雄(コードネーム:狼)を捉え、祖国へ強制連行することに成功。


現状、各国で起きている大虐殺や、テロ、人工ウイルスによるパンデミックの誘発、一般市民へ違法武器の流通を手引きし、一部の国では既に金融危機に直面、世界を混沌へと誘った人類救済計画による犠牲者は増え続ける一方である。


狼は獅子と共に計画を立案、又は関与している疑いあり。


英雄(コードネーム:獅子)は現在、自ら設立した組織『エンドレス』の本拠点にて世界中の軍隊と交戦中。


2人の英雄が計画したと思われる人類救済計画の実情を洗い出すため本計画の進捗について報告いたします。


録音データの一部を開示。


『お願いします。もう全てを話してください。俺はもうあなたを傷つけたくない』


『今時の拷問は甘くなったなぁ。この老いぼれに真実を吐かせることもできないのだから』


『だって、あなたは俺の親父の育て親で、祖国の英雄なんですよ!そんな恩師を拷問する羽目になるなんて。。。』


『私には痛みを感じる器官がもうないのだよ。だが、もうじき仕込んだ毒で死ぬ。今までの罪の償いは終わりだ。今から君に全てを話す』


その後、録音器5台が全て故障。原因は不明。現在、録音データの修復作業中です。


修復作業完了後、改めて報告いたします。


         全ては祖国の安寧のために


※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※


俺は彼について全てを調べたつもりだった。


しかし、それは彼の表面上の経歴と裏社会で英雄と呼ばれていたという証拠のない情報のみだった。


彼の軍歴も、彼が加わっていた計画に関する全貌は全て徹底的に抹消されていた。


狼は退役後、日本へ留学。

博士号を取得後、論文発表、教育経験を積み重ね、外部資金を獲得し、学会内にて高い評価を得たのち、人類学の名誉教授としてのキャリアを歩んだ。

1人の女性と恋に堕ち、のちに結婚。

1人の息子を産み落とした。

以降、祖国とのコンタクトはなし。


彼が軍にいた経歴を知る人物は軍の幹部の他に俺と親父だけになる。


裏社会と軍事施設で囁かれていた都市伝説の中に、彼に関係する伝説は語り継がれていた。宛ら、語り継がれる英雄譚のようだ。


任務成功率100%の最強の少年兵。

痛みを感じない屈強で冷徹な餓鬼などいわれようは様々だ。


彼は軍に保護された戦争孤児であり、少年兵として育てられ、あらゆる英才教育受けさせられたのち、陸軍特殊部隊の一員であったが、並行してスパイとしても育成されていた。そして、様々な国へスパイとして送り込まれることとなった。


まぁ、大人をスパイとして育成する国がたくさんあっても、少年をスパイにさせる国は少なかった。


故に、子供を他国に留学という形で送り込むことでスパイ活動がしやすかったのだろう。


獅子は彼の親友であり、彼と共に例の書物を奪還する作戦で共に派遣された戦友である。


俺が全ての録音機のデータを破損させる前に、まず録音データの全てを聴いてほしい。


『まずは抹消された経歴について話してください』


『私は戦争孤児だった。

軍は身寄りのない子供達を引き取り育てた。

一部の子どもは徹底的に英才教育を受けさせられ、優秀な子は特殊部隊の訓練を受けさせられた。そして、私と獅子は気づけば祖国で英雄と呼ばれるようになっていた。

しかし、大勢を救ったから英雄の称号を得たわけではない。

偉業を成したから英雄と呼ばれたからでもない。

ただ、各国がある書物を奪いあっていた中、私たちはその書物を奪い取ることに成功したという理由だけで、私たちは裏社会で英雄と呼ばれるようになった』


『ある書物?』


『あぁ、イスラエルで収監されていた女スパイの荷物の中から強奪した代物だ。現地の一般兵はその本の真の価値を知らなかったと思うが、あれは【黄金文字の黒書】と呼ばれていた』


『黄金文字の黒書?その書物には一体何が?』


『この世界の真実だよ』


『世界の真実?』


『あぁ、残酷なものだよ』


『真実なんてものは多面的で、人によって解釈がことなると思います。それも本の書かれている文字の羅列だけで世界の真実であると信用しろというのですか?』


『解釈が多面的なのは、私たちが独立した個体であるからだ。しかし、世界がどのように形成され、人類がどのように誕生し、民衆の生活が誰によってコントロールされていたのか、そこには善も悪もない。今までの人類史における喜劇も、悲劇も全て仕組まれていたとなれば多面的ではない。真実は物凄くアルゴリズム的に機能させられていたということだよ』


『俺にはわかりません。あなたたちは一体その書物から何を知ったのですか。それにあなたたちが計画した人類救済計画とは一体なんなんですか!もう何千万人も死んでるんですよ!』


『私はあの計画に直接加担はしていない。むしろ、止めたかった。しかし、私はあいつの誘いを拒絶したことで、計画が開始される時期が早まってしまったのは事実だ。あいつを食い止めることができなかったことに関しては罪を感じている』


『なら、今すぐこの拷問をやめてあなたを治療施設に運びます!俺はあなたを無罪にしてみせます!』


『いや、あの計画が立案された背景に私は関与しているといえる。そして、祖国は問答無用で私を殺しにくる。施設に行っても、点滴に薬物を投与されてじわじわと殺されるだけだ』


『じゃあ、あなたたちの間で一体何があったのですか!』


『私たちは強奪した黒書を開いてはいけないと命令されていた。しかし、祖国に帰還する際に、獅子は面白半分に黒書を開いた。それが全ての始まりだ』


『ただ本を開いただけじゃないですか』


『あぁ、ただ変哲もない黒い本を開いただけだ』


『くだらない。そんなことで世界中が狂わされているというのですか?』


『あぁ、あれは俺たちの人生を左右し、明るみになれば、世界の命運も、世界の均衡も左右するほどの価値がある本だ』


『今どこにあるのですか?そんなクソみたいな本、俺が燃やしてやる』


『獅子と私は中身を全て見た後、祖国に帰還する前に破棄しようとした』


『ということは、もうその本はないということですか?』


『いや、あの本はかなり奇妙で焼くことも、引きちぎることも、銃で撃ち抜くこともできなかった。一切の傷もつけることはできなかったよ』


『そ、そんなことが可能なのですか?』


『未だにあの本がどのように作られ、誰が作成したかもわからない。人間の技術ではないと思うほどの物だったよ』


『では、その本は今どこへ?』


『本物は獅子の手元にある』


『本物は?』


『あぁ、レプリカは私が持っている。私の脳に埋め込んであるマイクロチップの中にデータとして保存した』


『あなたは自らの決断で脳にマイクロチップを移植したのですか?』


『自らの意思ではない。私が痛みを感じない理由を教えよう。ある国が極秘裏に行っていた研究を模倣し、最強の兵士を誕生させるために金をかけた』


『祖国に何をされたのですか?』


『大量に薬を飲まされながら、脳をいじられたよ。痛みを感じないようにね。しかし、感情は残るように調整された。たぶん私と獅子は唯一の成功例だろうな』


『ひ、酷すぎる』


『まぁ、時代だね』


『もう、争う理由はない。なのに、なぜあなたたちは戦争を生み出そうとしたのですか』


『私たちは黒書の内容に絶望したが、人類を救済する方法を探した。退役後に好きな人生を歩むことを許された私たちは自分の信念を貫くために生きる道を選択した。私は学問から人類を救済する方法を探求すると誓った。あいつは世界を放浪し、救済する方法を探求すると誓った。これが人類救済計画の始まりだ』


『人類救済なんてできるわけないでしょ!』


『あいつの人類救済は破壊であったということだ。まるで子供のような夢。人類が今まで到達することができなかった極地。しかし、あいつは黒書を否定するために旅に出たはずが、黒書が正しいという決定的な証拠を見つけてしまった』


『どうやって証拠を見つけたのですか?』


『過去を閲覧することができるクロノバイザーというデバイスがあることを掴んだ。そして、奴はある国から盗み出した。クロノバイザーを使い黒書の内容を全て調べた結果、あれが正しいと証明してしまった』


『過去を閲覧できるデバイス。。。』


『馬鹿げていると思うが、これは事実だ』


『あなたたちは何故そこまで』


『あいつが大量虐殺を企てなかったとしても、戦争と、大量虐殺は約束されていたことだ』


『酷い。何故、何故なんですか』


『全てが管理されていると言っただろう。今までも、これからのことも全て仕組まれているのだ。私たちはその運命を変えたかった。ただそれだけのはずがあいつは全てに絶望し、破滅を選んだ』


『どうすれば破滅からみんなを救えますか?』


『私の脳に埋め込んだマイクロチップには黒書のデータのほかに今までの研究データの全てが入っている。それを君に託したい。崩壊した世界で新たな秩序と均衡が機能し、世界が急速に再生されるための手段を構築した。脳を横から撃ち抜いて取り出してくれ。私の死によってデータのパスワードが解除されるように仕組んである』


『あなたは最初から俺に捕まるように仕向けていたとでもいうのですか?あなたを殺すなんて俺にはできません』


『やるんだ。頼む。やらなければ、全てが無駄な努力になってしまう。それは絶対に嫌だ。私の最後の望みだ。頼む』


『地獄に共に堕ちろというのですか?たかが一冊の本から始まった物語のために人生をかけろというのですか?』


『あぁ、私たちと共に地獄の淵まで一緒に堕ちてくれ』


『決心がつくまで、一緒にタバコを吸ってくれませんか?俺、英雄と一緒にタバコを吸うのが夢だったんですよ』


『あぁ、いいとも。タバコは何を吸ってるのだね?』


『ピースです』


『いいタバコだ。あいつも好きなタバコだよ』


ボッ


『夢が一つ叶いました。ありがとうございます』


『君は私の孫のような存在だからね。一緒にタバコを吸えて、私も嬉しいよ』


『よくタバコを吸ってたのですか?』


『いや、信頼できる人とじゃないとタバコは吸わなかったよ』


『光栄です』


『最後に一つ聞きたいことがある。私の息子と妻はまだ生きてるのか?』


『えぇ、祖国の諜報員が追っていますが、全員殺されているとのことです。まだ生きていると思いますよ。あなたは息子を殺戮マシーンか何かに作り変えたのですか?』


『こんな世界に巻き込みたくはなかったが、自己防衛のために色々と教えた。我が息子にしてはやるじゃないか。私は望まないが軍人になっていたら、私よりも偉業を成し遂げることができそうな勢いだね』


『遺伝ってやつですかね。英雄の血はすごいや』


『私はあの子に生きろではなく、妻に近寄る奴らを全員殺せと言い残した。酷い父親だよ』


『それほど妻を愛していたのですね』


『あぁ、愛しているさ。最後まで生きていてくれるなら、私は安心して逝けるよ。息子には殺せと言い残し、君に言い残す言葉は託すときた。本当に他人だよりの老いぼれで申し訳ない』


カチッ


『いえいえ、あなたの希望託されました』


『ありがとう。本当にありがとう。いい人生だった』


バンッ


※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※


この記録が全てが祖国に開示された頃には、俺はもうこの世にいないと思う。


俺は彼の脳に埋め込まれていたマイクロチップの中に保存されていた黒書に関するデータからレプリカを複製し、彼の研究データを元に世界が急速に再生されていくように手引きした。


黒書のレプリカを、この秘密を、この世界の真実を、この遺書を読んだあなたに託したい。


世界の真実は単純な話であり、空論の産物だ。しかし、本気で求めれば、誰でも気づける頭の中にある奇跡にすぎない。


世界が変わるか、世界が破滅するか、それはあなたたちの善の意思によって紡がれると願う。


  英雄になることを拒絶した祖国の犬より。

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