第42話 和解

 目が覚めた。私は上体を起こし、右手を見てみる。震えはもう止まっている。心もだいぶ軽くなったかな?

 いや、そう思うと名も知らぬ盗賊の頭の死に顔が思いこされる。私はため息を吐く。やっぱり一晩寝たくらいじゃ忘れられないか。と、言うよりもこの記憶は私の記憶に残り続けるのだろう。


「おはようございますルナ」


 呼ばれて隣を見るとロレーヌが心配そうに私に朝の挨拶をする。


「昨夜はよく眠れましたか?」


 心配顔で私を見るロレーヌ。ここはロレーヌを安心させるためによく眠れたと嘘をつきたいところだが、それは何か違うような気がする。


「あんまり、眠れなかったかな」


 そう苦笑いをして返す。あれだけのことをしておいてよく眠れる人間のほうがおかしいだろうし、実際私は中々寝つけず、眠りにつけたのは真夜中であった。


「……そうですか」


 ロレーヌが目を伏せながら言う。


「その――ルナ、わたくしには貴女の気持ちを推し量ることしか出来ません。けれど、貴女の力にはなれるつもりです。だから、一人で抱え込まないで下さい」


 私はそう私に優しく語りかけるロレーヌの頭を優しくなでながら微笑む。


「ありがと、ロレーヌ」


 私にとってロレーヌは最早かけがいのない友人だ。ロレーヌの存在無くしては今の私はなかっただろうし、カズキの罪に向き合うことも出来なかっただろう。本当に感謝してもしきれない。


「それでルナ、体の調子は大丈夫なのですか?」


「大丈夫……とは言い難いけど、ロレーヌのおかげでだいぶ楽にはなったかな」


「そうですか――多少なりともルナの力になれてよかったです」


「それでロレーヌ、今日はこの村を発つんだよね」


「はい、盗賊たちによる被害も軽微なようでしたし、今日出発しても問題はありません。ただ……」


 ロレーヌが何やら言い難そうにしている。


「ただ?」


「後ほどガルシアからも説明があると思いますが、ベアハッグの街ではなるべく人目に付かないようにした方が良いかもしれません」


「それって、一姫がらみの理由だよね」


「はい、この村でカズキ・フタバは殺人という罪を犯しました。だからこの先にあるベアハッグの街ではそれ以上の罪を犯している可能性があります。故に今回のヴェン君のような事態を引き起こす恐れがあります。それはカズキの望むところではないでしょう?」


「そうだね、わかった。ベアハッグの街では大人しくしているよ」


「そうしていただけると助かります」


 というわけで私は次の街では大人しくしていることになったのだった。


「此度は誠にありがとうございました。村の者たちを代表してお礼申し上げます」


「いえ、これも私たちの勤めの内ですのでお気になさらないで下さい」


 私たちは村を出発するため村の自警団の詰め所の反対側にあるもう一つの出入り口まで来て、村長からの感謝の言葉を受けていた。


「それではわたくしたちは出発いたします。村長もお元気で」


「はい、儂も姫様の旅の安全を祈念いたします」


 ロレーヌが村長とのやり取りを終えるとガルシアさんのエスコートにより馬車の中に入る。この村からベアハッグの街までは約3日ほどかかるらしく、私はフード被りながらとはいえ街の近くまではいつものように歩いてよいとのことであった。


「それじゃあ出発するぞ」


 ガルシアさんがそう言ったその時であった。


「ちょっと待ってー!!」


 村の方から私たちを呼び止める声がする。呼び止める声の主はヴェン君であった。すると、ヴェン君の姿を確認したアレックスさんが私とヴェン君の間に入る。


「大丈夫ですよアレックスさん」


 私はそう言ってアレックスさんを制して、ヴェン君の前に出る。ヴェン君はここまで急いで走って来たのだろう、肩で息をしていた。


「ヴェン君どうしたの?」


「ど、どうしてももう一回言いたくて」


「何を?」


「その、ありがとうって」


「そんなことのためにここまで来たの!?」


「そんなことじゃないやい、大切なことだよ」


「そうなんだ」


「そうだよ」


 ヴェン君はそう言うと私に向かって深々と頭を下げる。


「俺の、俺たちの命を助けてくれてありがとうございました!!」


「うん、どういたしまして」


「それと、この先何があっても俺はあんたの味方だから、それは忘れないでくれ」


 その言い方だと私がこの先で何か起こすように聞こえるのだが、まあ言いたいことは伝わった。


「ありがとう、とっても嬉しい」


 私が笑って言うと、ヴェン君はなぜか頬を赤く染める。なんだ?照れてるのか?


「ヴェン君まさか照れてる?」


「うっさいなんでもないよ!!」


 私がそうやってヴェン君をいじっているとガルシアさんが私たちに近づいてきて言う。


「別れの挨拶中、すまないが、そろそろ出発したいのだがな」


「ああ!!すいません。それじゃあねヴェン君」


「うん!!」


 そう言って私たちはベアハッグの街まで出発した。ヴェン君はそんな私たちが見えなくなるまで手を振り続けていた。 

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