第41話 命を奪うということ

「ルナちゃん、大丈夫かい?」


「……アレックスさん、他の盗賊たちは?」


「僕もヴェン君を守りながら戦って何人かはたおしただけれどね、君が頭を倒した途端に残りの奴らは逃げて行ったよ」


「そうですか……」


 仕方が無いこととはいえ、手の震えが止まらない。私は人を殺してしまった。今はその事実に、その罪の重さに心が潰されそうだ。

 そんな私の様子を見てアレックスさんは言う。


「初めて人を殺したんだね」


「……はい」


「気休めにしかならないけど、まずは武器を納めて、それから深呼吸をしよう」


「……わかりました。納食ノウショック


 私はイーターを納めて、深呼吸をしようとする。しかし、盗賊の頭の死に際の顔が頭をよぎり上手く深呼吸ができない。


「僕は隊長たちに報告に行ってくるから、ルナちゃんはここで休んでて良いよ」


「すみません。お願いします」


 私がそう言うとアレックスさんは村の中に走って行く。それを確認すると私はその場にへたり込む。人を殺したという事実の重みがそうさせたのだろうか、とてもじゃないがしばらくは立ち上がることもできなさそうだ。

 私はイーターを握っていた右手を見る、はは、まだ震えてる。全然笑えないけど。人殺し私の元居た世界では重罪の代表格ともいえるほどの罪だ。しかしここは異世界、しかも盗賊相手だ。罪に問われることはない。だが、

 私は息絶えた盗賊の頭の亡骸を見る。当たり前だがもう動くことはないのだろう。


「そういや、この人の名前訊いてなかったな」


 何という名前だったのだろうか?どういう人生を送ってきたのだろうか?今となってなってはどうでも良いことだが、そんな思いが私の頭の中を駆け巡っていた。


「大丈夫か?」


 私は顔をあげる。そこにはヴェン君がいた。


「……うん、ヴェン君は大丈夫?怪我とかしてない?」


「うん、あの騎士様が助けてくれたから」


「それは良かった」


 私がそう言うとヴェン君は盗賊の頭の亡骸を一瞥いちべつして言う


「お前が倒したんだよな」


「……うん、そうだよ」


「お前すごいな、盗賊の頭を倒すなんて」


「全然すごくないよ、だってほらまだ手が震えてるもん」


 そう言って私は無理に笑顔を作り、ヴェン君に未だに震え続ける右手を見せる。するとヴェン君は、


「――ごめん、お前を殺そうとして」


「どうしたの急に?」


「自警団の人たちに言われたんだ。お前のしようとしたことはとても悪いことなんだって、それじゃあカズキ・フタバと同じだって、それに……」


「それに?」


「お前は俺を、俺たちの村を助けてくれた。だから――ごめん」


「ヴェン君そういう時はありがとうって言ってくれた方が嬉しいんだよ」


「じゃあ、ありがとう」


「うん、どういたしまして」


「それじゃあ俺、自警団の人たちの所に行ってくる」


「うん」


 私がそう言うとヴェン君は自警団の詰め所まで駆けて行く。ヴェン君と話せたおかげだろうか、心の重さが少し軽くなった気がする。これなら立ち上がれそうだ。そう思い私が立ち上がろうとしたその時であった。


「ルナ!!」


 ロレーヌの声が聞こえた。声のする方を見ると、そこにはサジさんを連れたロレーヌがいた。

 ロレーヌの姿を見た瞬間、私は殆ど反射的にロレーヌのもとへ駆け寄り、ロレーヌに抱き着いていた。


「ルナ!?」


 ロレーヌが戸惑いの声をあげる。


「ロレーヌ、私、人を殺しちゃったよ~。殺したくなんかなかったのに、でも相手も殺さないと止まらなくって、私どうしたらいいのかわからなくなって――」


 気付けば私は涙を流しロレーヌに抱き着きながらワンワンと泣いていた。そんな私をロレーヌは私の頭を撫で何も言わず慰めてくれた。

 

 しばらくして泣き止み目を腫らした私にロレーヌが言う


「落ち着きましたか?」


「うん」


「大丈夫ですか?」


「だいじょうばない」


「そうですか――でもルナ、貴女は決して悪いことをしたわけではありません」


「でも私人殺しになっちゃったんだよ?」


「確かに人を殺めることは良いこととは言えないのかもしれません。けれど貴女のおかげでこの村の多くの人たちの命が守られたのです。それはまごうことなき真実なのです。誇るべきことなのです」


「うん」


「だから、貴女は罪の意識を感じる必要はありません」


「うん」


「それでは村長のご自宅まで戻りましょう」


「わかった」


 言われて私はロレーヌとサジさんと共に村長の家に戻って行き、私はその夜ロレーヌと同じベッドで眠った。一人で眠るのが怖かったから、一人でいることが怖かったから、そんな私をロレーヌは快く迎え入れてくれた。人を殺めた私を拒絶しないでくれて安心した。ありがたかった……

 こうして私が初めて人を殺めた日の夜が終わりを迎えたのであった。





 

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