第29話 エリザベート・ウラッド

 作戦が決まった翌日の夕方には私たちはウラッドの街を訪れることが出来ていた。今は街に入る手続きをおこなっているところだ。当然私は混乱を避けるために馬車の中に入っている。


「街に入る手続きが完了しました」


「結構長かったですね何か問題でもあったのですか?」


「いや、それがな――姫様、一度外に出て頂けますか?」


「はい、わかりました」


 不思議そうな顔をしてロレーヌが了承する。


「私は外に出ても良いんですか?」


「フードを被ってもらえれば問題ない」


「わかりました。」


 ロレーヌがガルシアさんのエスコートで馬車の外に出る。私もそれに続いて馬車の外に出ると、金髪をショートカットにし、整った顔立ちに赤い瞳を持つ男装の麗人がロレーヌに恭しくお辞儀をしているところであった。


「姫様、ご機嫌麗しゅうございます。私がウラッド領の現領主エリザベート・ウラッドであります」


 そう言ってウラッド卿はロレーヌの右手にキスをする。その所作は流麗思わず見とれてしまうほどだ。


「貴女がウラッド卿なのですね。お出迎えありがとうございます」


「はい、ここからは私が姫の宿泊場所までご案内いたします」


「ありがとうございます。でも、わたくしは被害報告を受けたいのですが」


「姫様も旅の疲れが溜まっていることでしょうし、まずは旅の疲れを癒して頂き、被害報告は明日に致しましょう」


「ウラッド卿がそう言われるのであればそう致しましょう。ガルシア殿、私も姫の馬車でご一緒しても?」


「身辺警護の者が着きますがよろしいですか?」


「それはもちろん――そしてそちらの方が噂の?」


「そうです。大罪人カズキ・フタバの双子の妹ルナ・フタバになります」


 私は貴族のお行儀なんてわからないため、軽くウラッドさんに会釈をする。ウラッドさんは私の顔が気になるのか、私の方をじっと見つめる。


「私の顔が気になるのであればフードを脱ぎましょうか?」


「いえ、まだ領民に貴女のことは周知されておりません。無用な混乱を避けるためフードを脱ぐのは馬車の中でお願いできますか?」


「わかりました。それでは馬車の中に入りましょう」


 言って私達は馬車の中に入る。馬車の中では私とロレーヌが並んで座り、対面にウラッドさんが座る形となった。


「では、フードを脱ぎますね」


 言って私はマントのフードを脱ぐ、するとウラッドさんは目を丸くしながら言う。


「驚いた。本当にあなたはカズキ・フタバではないのですか?」


「神明に誓って違うと言います。私の名前はルナ・フタバ、カズキ・フタバの双子の妹になります」


「ルナは決してカズキ・フタバではありません。それは私が保証いたします」


 私はウラッドさんの目を真っ直ぐ見て言い、ロレーヌが私の身の保証をするとウラッドさんは、


「いや、失礼をいたしました。あまりにもそのお顔がカズキ・フタバと似ているものですからつい、疑いの目を向けてしまいました」


と素直に謝ってくれた。


「別に良いですよ。もう疑われることには慣れましたしね」


 それに疑いの目を向けているのはこちらも同じこと、それは口に出さないけどね。


「身内に大罪人がいると気苦労も多いでしょう。今日は宿の方でごゆるりと過ごされて下さい」


「ありがとうございます」


 そう言って微笑む姿には華があるし、人あたりも良さそうだ。本当にこの人が大量殺人を犯した人物なのだろうか?そんな疑問をついつい浮かべてしまう。いかん、しっかりせねば。


「ウラッド卿、一つお伺いしたいことがあるのですが」


「何でしょう」


「前に逗留していた村で耳にした噂なのですが、どうやらこの街で吸血鬼騒ぎが起こっているとか……」


 ロレーヌがいきなり切り込んでいった。するとウラッド卿は目を伏せ悲しそうな表情をする。


「ええ、犯人は目下捜索中なのですが、中々犯人は見つからず、領民にも不安を与えてしまっている状況です」


「犯人に心当たりはないのですか?」


「恐らく流れの転生者か転移者であると思われるのですが、中々尻尾を掴ませてはくれません。そのため、夜間の警戒の強化をしているのですが」


「被害者は増えるばかりであると」


「情けのない話です……」


 そう言って項垂うなだれる姿はとても演技をしているようには見えない。まさか本当に犯人は別にいるのではないか?


「そうですか……」


 馬車の中が暗い雰囲気に包まれ、やがて沈黙が馬車の中を完全に支配した。私たちがそうしていると馬車が停車する。どうやら今日の宿についたようだ。


「どうやら宿に着いたようですね。それでは姫様、良きひと時をお過ごしください」


「はい、明日から公務もよろしくお願いします」


 ウラッドさんはそう言うと馬車から出ていく私はその様子を目で追っていると、ウラッドさんが馬車から出るその瞬間、わずかに口の端を歪めたような気がした。その歪みはとても邪悪な何かを孕んでいるように私は感じた……

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