Connect to Cubics.

Dark Charries.

Second of Diamonds in Connect to Cubes : Ash like snow ver.

"Company in Sanctuary" for Over works –side-

Episode.1...白い吐息を生やす狂った雪月花.

 蒸気から生まれる雫も塊になる、午後六時―――。

 あたしは、待ちぼうけを食っている。

 人を食べるように殺し、あたしは生きているけれど、時はやがて人を悪魔にさせてしまうの―――?

 あたしは、頭を振る。銀幕の舞台と化した雪原が、細かな降り積もるAshのような雪の降る中、あたしは、また思考を巡らす。真剣に、塵芥のごみのような情報が頭に渦巻く。それがAshのように積み重なってあたしはあたしを見失うのだった。

 あたしは、空を見上げた。灰色の空。

 残月慚愧。

 示現常夜。

 詠月夢想。

 褐色の肌に、自身をまかせ、星の命令に従って生きてきた天使のような静寂さを持つわけではなく、ただの一介の少女に戻る瞬間だ。

 それが、生と死の無常。

 ゆえに、万世の理。

 あたしの頭の渦は、まるで草臥れたメリーゴーラウンドのように古びた頭はいつまでもうまく回ってくれないのだった。

 煌びやかな冬のちらついて瞬きのように景色が点滅する微かな蛍光灯の灯りの下、あたしはそっと手に暖かな息を吹きかける。寒気が廃屋を覆いつくす。透明な乳白色の息に生命を感じてしまう。あたし達の暗い未来を暗示するかのごとく、霧と共に包まれた。肌に雪が降り積もる夜にあたしは暗がりから抜け出してきた。この街にいると、見覚えのある廃材や、くたくたになってしまった銅線をゆっくりと踏みつける。雪をそっと拾い上げると、タバコの灰の香りがする。

 漆黒の夜。何かがあたしの心臓をなぞるように光った。命の鼓動であれば振り子のように止まない、だったら、違うのか―――拳銃だろうか。影に沈む弾丸が頭の中で鳴ったからだ。違う、タバコの灰だ。Ash―――like snow.銀雪はゆっくりと灰のように積もる。

 突然そこに、頼りない翅が瞬くように降る、銀色の雪に触れた一瞬、彼女は思考する。



 また、人を殺すのか―――?



 そんな塵芥にも似た残酷な自問自答に答えぬまま、あたしはタバコを吸わないことを思い出す。翼をはためかせる小悪魔にはまだ早すぎる。

 年の問題というか、生きる速度の問題。光のような早さを追えば、力を得るだろう。コウモリダカのような漆黒の翼を得ると、代わりに失うのは今の時間ではなく、今を生きるだけに必要なパワーが足りなくなってしまう。あたしはまだ、仕事を行えるだけの余力、すなわち、健康で生きているだけのささやかな時間が、欲しい。

 あたしは寿命で死ぬまで生きている。

 そのチャンスに賭けた―――。代金はあたしの心臓の揺らめく炎で、あたしの特殊能力によるスケッチで描いたコインは、永遠にも似た長い道の続く空間へと消えていった。裏か表か宣言こそはしなかったけれど賭けた目を心の中で命じる、その行為を待っている。人生の底に居る瞬間が雪の降る夜の凍える寒さに似ていると感じて思わず身震いがする。

 タバコを吸わないのは、まだ中学生だったし、なじみがないというのもある。近くにいた子猫に向かって、鳴き声を真似すると、白い子猫はジャンプしてどこかへ去っていった。

 あたしは子猫を描かないことにした。きっと子猫は驚いて去ってしまうだろうと思ったからに過ぎない。たった鳴き真似くらいで驚かれるだなんて、思っても見なかった。きっと、子猫にはあたしが病的に痩せている姿を見て、ひどく弱っているように映っただろう。

 そんな風に映っていることを知るとハーフコートを着て、ジャンプしたくなる。元気な少女をアピールするように、踊る、一介の銀幕の女優ことあたしは、影の向こう側から戻ってこない猫達にウインクした。安物のハーフコートだったが、一応ブランドのタグが光っているのが印象的だった。

 子猫には、あたしが未だ少女のような、くすぐる可憐さを抱いている姿を見せておきたかった。




 ―――元気な少女って、いつでも笑顔でいるでしょう?




 天使のような真似ごとを行うことであたしは、一応この世で存在として居られる程度には生きていられるらしい。天使といっても、翼を人力飛行機のように人間の手で作られただけの、いわばかりそめの古い翼。あたしみたいな堕天使の真似ごとを行うような者を統合した崇高な神は人殺しという名の小悪魔をのさばらせる程度に下らないのかもしれない。あたしという名の悪魔は、他者を殺した人外の悪魔を断罪している。たったそれだけの事実を神は、断罪しない代わりに、聖なる子猫を逃げ惑わせる程度に臆病なのだろう。神ですら、臆病にさせる人間も居たのだな、だなんて一人で微笑して、自動販売機でカフェオレを買う。雪よりも早くカフェオレのベージュの缶は落ちる。それを拾い上げて、あたしはプルタブを開けて飲んだ。甘さは人を狂わせる。揚羽蝶のように。

 しんと音がするくらいぽつぽつと降り積もっていく真っ白な粒の塊とともに、携帯のバイブレータが振動した。あたしは缶に口を付けながら、携帯を手にとった。

 また、仕事の依頼だった。そこで溜息をついて、振り返ると、黒いコートを着たやせぎすの探偵が手を振っていた。あたしと同じ儚さと憂いを身にまとうその姿に愛着と少しばかりの微熱を抱く。




 探偵さん、今度はどこまでも、あたしを彩ってくれ。




 パレットに描けるイラストであれば、あたしは自由に輝けるのだから。夢幻の宇宙ですら、あたしの虜。断罪の罰に服した悪魔ですら、鏡のように正しい神ですら、私の虜になる。あたしは罪な女だと思ったことはない。

 探偵さんは、そういう異能力者の家系にいたわけではない、とは言っていたが、あたしに生まれた異能は罪をキャンバスに描くための聖なるものなのかもしれない。

 あたしの存在は、一言だけでいえば、朧月夜を連想した。儚げな存在、この世を明るく照らす訳でもなく、ただそこにあり、見守っているだけの存在。観測者、とはちょっと違う。存在していることをアピールしているのだから。

 爪で手を引っ掻く。この血が、あたしを惑わせる。人を殺すのか、生かすのか。




 そういえば、あたしは、孔雀の七色の翅のような鮮やかな絵を過去の男に描いてあげたことがある。しかし、その瞬間、その男は培養された夢のような純粋さで、包まれていってしまった。

 突然、あの時の身震いがした。武者震いだろうか。死と生に直面したあたしには、何もかもが大事な瞬間のように思えてくるのだ。愛した男を殺してしまった瞬間だって、やはり、その行為を後で洗い流すようにその日の夜シャワーで何度も体を洗ったのをまだ覚えている。それはAshのように消えてはくれないのだろう、泡と共に命を消したという記憶を洗い流せるほどあたしの体はヤワではなかったことを知ったのがこの時だった。





 あたしは彼が好きだった。数学の先生だった。数学自体はどうでもいい。でもそれを語る姿をスケッチしてあげた。文字通り無料で。しかし、この世とアンリアルシークレットが繋がってしまい。存在の消滅が起きた。ぱっくりと開いた死界の口が彼を埋め尽くすのをただ黙ってみているほかなかった。その瞬間は、哀しい、と思ったが、やがて笑った。ヘラヘラと。可笑しかった。ケタケタ笑った。口を大きく開けて嘲笑うように笑った。ハハハ。そうして、保健室から出ていった。

 それが最初で最後の恋愛だったのに。あたしって、何をやっているんだろう。ミスミス幻惑されていれば純愛を貫けたかも知れないのに。こんな単純な事すら、本人の一言の意志を尊重したのだ。

 全く、聖なる小悪魔って存在をイレイスしてしまう能力は持っていないのでは。どこの旧約聖書に書いていたんだ、そんな真実は!と自分で自分を詰る。意味不明な思考にあたしは、扉をキツく締めた。ドアは大きな音を立てて、狂い始めたばかりの現実に心を閉ざす。




 彼の存在を夢だと例えるならば、あたしは、存在しないに等しいくらいの空虚でしかなかった。




 ―――時計の秒針が触れる音に合わせて振動する。

 しんと雪の落ちる音が、一回。

 ドアをノックする音が、二回。

 思い出の海に沈むのが、三回。

 あたしの思考のチャンネルはすぐに切り替わる。眼の前の仕事だ。

 今度の依頼で、あたしはこれからも生きている方に賭けた。賭け金としてカフェオレの缶を差し出す。




 さあ、賭けをしよう―――天に向かって―――それが戦の前の願掛けだった。




 一層瞬く、辺りが明滅する携帯のLED。スマホとともに夜の歓楽街に彩られるネオンサインに一瞬気を取られる。直線的な色彩が目眩を起こしそうなくらい眩しかったりするのももう慣れた。陸橋が通っており、そこから電車が通り過ぎた。音が高架線では響いているが、高架線下の迷い犬がクーンと鳴くのをあたしはよく挨拶している。しかし、飼うことはしない。あたしは他者以外の生命は苦手だった。愛着のあるのはぬいぐるみだったりする。




 クマさんだってあたしのペットでしょ?




 しばらく、鳴り響く轟音が、通り過ぎると、いつの間にか探偵の姿は見えない。車に乗って行ってしまった。

 あたしは、ブランコに乗っている。

 人を殺す気分はどうだい?

 あたしはなんとなくその言葉を思い出すと、寒気がする。肌寒いざらざらした空気はどことなく人工的に作られた街なのではないか、と思えてくる。ギラギラした視線をどこかで感じている自分には殺気は不思議と感じなかった。

 ゆっくりと時が降り積もる、午後七時。

 闇、振動するバイブレータ、揺れるイヤリング、時折哀しそうに悶えるように咲いている冬の花々、震える小さなあたしの体に迸る熱が愛おしい。

 そんな下らない質問に、あたしは首をふったのを覚えている。正面には、オーバーワークスと書かれた探偵事務所が建っていた。いつ出来たのだろうか、そこまで日付は建っていないはずだが、外部を見渡す限り、老朽化が見えない間に進んでいるようだ。伸び放題の雑草を踏みつけ玄関に上がっていく。

 そこには少年が住んでいる。取り外されたタイトルのない、何らかの事実を描くはずだった空白の看板。幾重にも曲り、時には真っ直ぐな線を形作る鉄パイプの山。錆びた銅線が辺りに散らばる。そこに見る者を安心させるガス灯。

 そっと咲くように点ったwhite light―――。

 廃墟には野鳥が数羽、儚げな鳴き声とともに闇と雪のコントラストに交じって息を顰めるように辺りに立ち尽くした。ハクセキレイの天使のような純白と悪魔のような漆黒の文様が美しく際立っている。鳴き声は随分と上品で、あたしの存在とは一言でいえば、対比に近い関係だろうか。そんな、これから巻き起こる邪悪な戦いを前に、少女は意を決してそこに入る。

「ただいま」

「何だ、彰子か」

「何だってことはないでしょう、お兄ちゃん。あのね、この近くで真気を感じたの」

「何、真気……だと」

 どうやら真気を感じることでこの街に異変を感じたのだろう。ブルゾンとハーフコートを着て、それぞれ外へ出てみる。

 ヒドく寒い夜だった。

 ゴミで湿気った街も慣れてみるとジャンク品の塊で出来たスクラップ街。そんな鬱蒼と茂る森の中のような陰気な街にそっと降り立つハクセキレイ。文鳥もいた。飼っている人間も居ると聞いた覚えがある。そんなオシャレな人間もいて、良かった。スプレーアートがグラデーションの色彩を陰影をつけて描いたばかりのこの街で、詩井萌絵という女性がいた。花を売っている花売りなんだけど、愛らしい女性だった。ドジっ子で時々怠けて寝ている。そんなスクラップ街で唯一教会があったのだが、その教会でよくお祈りしている。何をお祈りしているの?とあたしは聞いたことがある。




 詩が上手く書けますように、って。




 ああ、私は私のままでどこまで生きていけるだろうか?

 生命の脈動がヒドくあたしを熱くさせる冬の街

 キスと共にバックファイアの轟音が数回

 純粋培養で育った私にジャンクなディープキスは要らない

 欲しいのは、貴方の詩と言葉

 愛してる、のサインはウインクで終わらせよう

 じゃあね、愛した貴方よ

 Goodbye myself.

 Goodbye Janne.



 それが彼女の書いた詩だった。あたしは途中で読むのを辞めた。あたしには何にも能力の無い人間が真剣に日常を全うして生きている姿が痛々しくて仕方なかったからだった。彼女とは縁を切った。そこまで思い出すと、爆発音が近くで鳴った。深くしけった時節遅れの花火のような音が遠くで鳴った。

 祭りだろうか。いや、単なる銃声だろう。

 探偵が、真実を明かした者にだけ授ける天使の福音―――。

 血塗られた弾丸に込められた一つの真実。それは死だ。

 また、今日もどこかで死を祀っている。そんな囲われた世界で、あたしは願う―――。

 どこまでも、彩ってくれ。あたしを、煌びやかな灯りと共に、映し出すスクリーンは可憐に、色濃く。

 闇を層によって重ねていく。スライドを一枚づつ示したときを思い出してほしい。そんな、素敵な暗黒のスライドが重なってできている。

 夜中の奥底の知れぬ、スラムの末路。死狂世界。世界が奮ったダイスは、どこへ転がっていくだろう?どんな目を出すだろう。その真相はきっと闇の淵に抱かれて消える。

 極彩色の服で彩る美しいモデルのように。銀幕の下、静かなブラックライトの向こう側にきっとあたしがいる。

 あたしはぶるぶると震えるその寒さに、息をそっと吹き掛ける。今度は息は透明に薄れすぐに消えていった。どうして、今時、仕事があるんだろう?

 信号機に取り付けられたLEDが直交し、明滅する歓楽街の夜。

 月は出ない代わりに、星が方角を示す夜。

 星が落ちてきそうな夜だから、あたしには純粋に全ての瞬間が眩しかった。

 愛しい彼、純愛に染まる昼、そして明日が平等にやってくる事実に。運命によって左右されるルーレットを振ることの出来る権利を持つ事ができるということが。

 夜というものは闇に潜んだレールから外された者にとっては猫が微笑むように優しい雪解けのような甘さを持っている。

 だから―――血塗られた演劇に魅せられる人間が彩るのだ。

 ―――あたしはそう思っていたのだった。

 しかし、運命のルーレットは無情に時を刻み続け回る……

 回れ、時よ―――

 あたしに味方をしてくれるのであるならば―――

 もしかしたら時はあたしを裏切るかもしれない。

 神よ―――

 真実はあたしが裁くから、貴方はゆっくりと味方をして下さい―――

 あたしは神に裁きを求めた。あたしに、何者にも左右されない純白な意志を持つことを許してもらうことを。

 それだけは、絶対に行わないといけない。

 神は、微笑まないだろう。

 しかし、やらなくちゃならない。

 躰を曲げて、ヒドく咳をした。風邪だろうか。躰は徐々に蝕んでいくだろうか。あたしの寿命が近づくことが神の意志であれば、仰せのままに。

 だって、あたしは、この世の人間に何ら未練は無かったからだ。

 意志の無い人形のようなあたしに待っているのは空虚。

 残されたのはコピーした相手の能力を使う事ができるというだけの話。

 たったそれだけの形骸化された事実であたしは萌絵に誇っていたのだ。

 あたしの無個性を彼女はきっと称えるだろう。

 それだけの、美しい木琴の奏でる音色のような、甘美な女性だった事実を今知って、カフェオレの缶を思い切り踏み潰す。

 人間がもがいているような缶の形にあたしは目を背ける。

 「あたしはどうしたら良いの……」

 無情にも時は回る……

 折り重なった雪の粒と共に。

 彼女は、時が経つと共に美しくなるだろうか。

 小悪魔と天使の組み合わせは、一体何を産むだろうか。

 どこかで賛美歌が聞こえたような気がした。

 彼女はどうしているだろうか、と思うのがあたしの思考。

 自分が自分でいられますように、と願うのが彼女の思考。

 悪魔は、きっと優しいのかもしれない。この雪のように冷たく面妖であるのはもしかしたら、彼女の方かも。

 天使は自分にも他人にも厳しくなれる人にしかなれない。

 代償として、失った未来を夢見るあたしには成れないのだろう。

 彼女は生きている。この街の傍らで、亡骸になっても、その姿を保っていられるくらいの、面影を景色と共に残していく―――。その存在感に、あたしは嫉妬した。








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