第12話
目が覚めた時、ベットにひとりで寝ていることに気がついた。
慌てて起き上がれば壁にかけられた外套が目に入って再び身体をベットに戻す。
隣にいたはずの人物がいた場所へ手を伸ばしてみれば冷たくなっていてそこに寝ていたのはだいぶ前のことなのだとわかった。
時計を見ると起きるにはまだはやい時間帯だった。
二度寝、というわけにはいかず身体を起こし身なりを整えてから下に降りていく。
「よく寝れたかい?」
「はい、ありがとうございました」
「朝食食べるだろう。座んな」
促される形でカウンター席に座る。
「そういえば名前を訊いていなかったね。あたしはガルシア」
「私はベラです」
「ベラかい。可愛い名前だね。どこの国から来たんだい」
「クイーンズです」
「そんな遠くからふたりで」
「はい。あの、私と一緒にいた人は」
「ああ、あの子だったらさっき出て行ったよ」
「出て行った!?」
「ああ」
「ちょっと私周辺見てきます!」
言い置いて店を出ると何かにぶつかって身体が弾かれたところで腕を引っ張られて再び何かに突っ伏した。
「ベラ、君はもっと周りを見ろ」
呆れた声が降ってきてムッとしたのを堪えて顔を上げれば黒い双眸が見下ろしていた。
「どこか行くのか」
「それはこっちのセリフで、」と言葉を切って「どちらに出かけていたんですか」と続ける。
「ああ、ちょっと散歩に」
「散歩?」
「ああ」
「そう、ですか」
置いていかれたわけではないとわかってほっとした。
「⋯⋯⋯⋯まさか、君が焦っていたのは私がいなくなったと思ったからか?」
「いえ、ちがいます」
きっぱりと否定をする。
「いや、今のは明らかだっただろう」
「いえ、明らかにちがいました」
「君もなかなか強情だな」
公爵様の言葉を無視して席に戻るとちょうど朝食ができあがっていた。公爵様が隣に腰掛けた。
「なにか?」
カウンターに頬杖をつきこちらに身体を向けている。
「いや、君は公爵という立場をあまり気にしないなと思って」
「それはあなたの国にいたらこそ効力を発揮するのであって国を出た今はただのエドワードでしかありません」
「⋯⋯⋯⋯君の場合昔からそうだっただろう」
「さあ。生憎公爵様とお会いしたことはありませんのでわかりかねます。公爵様こそその性格の悪さにさぞかし困ったのではありませんか?」
「それは残念だ。さぞかし君はじゃじゃ馬だっただろうに。まあ君とちがって私は昔から女性には好かれていたが」
「私にだって好きになってくれる人くらいいましたし好きな人くらいいました」
「⋯⋯誰だそれは」
「公爵様には教えません」
「私はエドワードだ。いい加減慣れろ」
「嫌です。それより食事の邪魔なので離れてください」
「嫌だ」
膝に置かれた手が背もたれに置かれ先程と変わらないはずなのに距離感がぐっと近づいた感覚に陥る。居心地の悪さを感じつつも完食するとガルシアがカウンターの向こうから皿を片付けていく。
「あんたたち今日は出かけるんだろ」
「はい」
「今日は最終日だからね、夜になったら良いものが見れるよ」
「良いもの?」
「夜には部屋にいるといい」とウインクをするだけでそれ以上話してはくれなかった。
街は昨晩の賑わいとは打って変わり道路脇に寄せられたテントが並ぶだけで人通りはない。
中腹あたりで曲がりさらに角を曲がっていく。
「すまない、こちらに考古学者の方が滞在しているはずなんだが」
公爵様に案内された先には求めていた人物はいなく路上ではアイスクリーム売りが子供にアイスを配っていた。
「考古学者?⋯⋯ああ、ハリーのことかい」
「ああ」
「裏にいるよ」
よかった、まだいたんだ。
アイスクリーム売りの言葉に胸が弾んで指示された路地を進んでいく。
裏と言っても建物が入り組んで乱立しており建物同士が壁一枚でくっついていたので路地を抜けるのに少し歩かなければならなかった。
建物を数軒分超えた先の階段を登ればようやく建物の終わりが見えた。
いくつかの通路が出会した路地になっていてその傍にはバイクに荷物を乗せている人物がいた。
それがバイクだとわかったのは、本を読み進める中の映像で見たからだった。
バイクに跨った考古学者が旅をする。
確か物語の前日譚で読んだ覚えがある。
「ハリー?」
公爵様が名前を呼べば柔らかそうな赤褐色に虹彩色の瞳がなんともミステリアスな雰囲気を醸し出す瞳と視線が合った。僅かに刻まれはじめた目尻の皺。考古学者は思っていたよりもずっと若く、公爵様と歳の変わらない青年だった。
「ああ、先日の。本日はどういった?」
「私の妻が君に会いたいと」
「君は結婚していたのか」
「それが問題でも?」
「いや、君にできるなら僕も大丈夫そうだと思ってね」
軽快に笑った様子に公爵様が顔を歪めたところで考古学者のハリーが咳払いをして場を整える姿はまさにあの考古学者そのものだった。
「はじめまして、僕はハリー。君は?」
『はじめまして、私はベラです』
挨拶を促されて口を開くと彼の動きがぴたりと止まった。
『私の話している言葉がわかりますか?』
構わず続ければ考古学者は絶句してからはっとしたようにぎこちなく頷いていく。
『あなたは日本人ですか?』
『いいえ。でもまさかこうして会話ができる日が来るとは思わなかった』と表情を崩して今にも泣きそうに声を震わせていた。
『あの、私は』
『僕の知っていることをあなたにすべてお教えしましょう。ですがそれはあまりにも膨大ですし、あまり話すと君の連れに疑われる』
視線はそのままで公爵様を指していることがわかった。
『僕は明日には街を離れます。なにかわかれば手紙にしたためましょう。この場は適当に笑って相槌を打ってください』
彼も、元の世界の住人だった。
訊きたいことはたくさんあった。
でも彼は公爵様と向き合って言葉を交わし始めたのでそれ以上話すことはできなかった。
胸に湧き上がる高揚感で彼を見つめる。
私にも、私の知っている世界を知っている人がいた。僅かに感じていた心細さを拭ってくれたことに泣きそうになった。
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