手記3.実験体の運命(さだめ)
それはユキが16歳の時であった。
ごくごく普通の夕食のひと時、ユキは突然、発狂し、暴れ出したのだ。
戸惑い、身動きすらとれない妻を背中に庇い、私はユキを抑えつけた。
凄まじい力であった。
大人であり、格闘技の訓練をしていた私であっても、なんとか動きを止めるのだけで精いっぱいであった。
骨折はさせずすんだものの、ユキの体は痣や傷だらけになっていた。
私は呆然とする妻に、組織に連絡するよう伝え、しばらくすると組織のものがユキを拘束し、医療チームがユキの肉体や精神を診察する事になった。
結果は最悪であった。
彼の因子が強すぎ、ユキの肉体と精神を蝕んでいたのだ。
このままでは明日にでも死んでしまう状態だった。
しかし、わずかであるが希望もあった。
彼と組織が邂逅して何十年、その間に彼に対抗するために作られたものがいくつかあるが、そのうちの一つが、魂喰らいの本能である人を食べたくなる衝動を抑止する香水だった。
この香水を嗅ぐと、彼は人に対する食欲が減退するようであり、私も彼と会う時には香水をかけていたのだが、この香水の成分を利用し、彼の因子を一時的に弱める錠剤を創り出したのだ。
だが、それは延命措置でしかない。
ユキの余命はもって2年だと医師は私に宣告した。
一緒に聞いていた妻の顔は蒼白であった。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。こうなるかもしれないのは覚悟していたから。カゲオさんこそ大丈夫」
「ああ」
妻から見て、私はどんな顔をしていたのだろう?
錠剤の効果をしばらく確認したあと、ユキは退院した。
錠剤がユキの肉体の崩壊を遅らせている間に特効薬ができればいいが、組織が特効薬を作るか私は疑問視していた。
おそらく、組織は崩壊していくユキの経過観察をして、データー収集に励むであろう。
死んでもなお、その体は刻まれることになる。
「異変があったら細かく報告するように。わかったな」
「はい」
「まさか情が沸いていないだろうな」
「さあ、どうでしょう」
「……」
「冗談です。ふざけた口をきいてすみません」
「構わないよ」
上司と会話した結果、私の推測はあたっていたようだ。
それが実験体の宿命だ。
私はどうすることもできない。
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