秘密にした理由

人間 越

秘密にした理由

 平野祐樹ひらのゆうき

 どこにでもいる会社員だ。と言っても、今は内定貰った会社の配属を三日後に控えた状況だから会社員とは言えないかも知れない。それに、社会人四年目にして六度目の転職を果たしたところだ、とも言えばどこにでもいるとは言えないのかもしれない。転職は理由はいろいろあるから割愛。人間関係だったり、向き不向きだったり、よくあることだ。


『お前、こんなことで辞めていたらどこに行っても続かないぞ』


 とは、一個前の会社の上司に言われたこと。陳腐なパワハラだと聞く人が聞けば思うところだろうが、俺としては全くその通りだと的を射てきた上司の言葉を受け取った。何かあるたびに転職してきたからすっかり逃げ癖がついてしまった。サラリーマンとして長続きできる会社はきっとないだろう。

 けれども、別にいいのだ。

 所詮、今の職場なんて言うのは一時の生活のため。

 俺には夢がある。それは、高校からの友人である田中幸徳たなかゆきのりと組んでいるお笑いコンビ、ガンガンジーでお笑いの天下を取ること。

 休みの日にはネタ作りとネタ合わせをして、仕事終わりにはアマチュアの出れるお笑いライブに出ている。

 お笑い芸人になりたい。

 それが子供のころからの俺の夢である。それさえ曲げなければ、他での言われようなんて些細なことである。

 

 ――些細なこと、なはずだ。


「なあ、ぶっちゃけ、どう思う?」


 三日前のネタ作りの場で。田中がそう問いかけてきた。


「どうって?」


 仕事が変わる間の時期、少しばかり生活費が足りず田中からお金を借りていることだろうか。それならば給料が入ったらすぐ返すのに。配属は三日後からだから、給料だって来月末には貰えるはずだ。


「いや、俺たちこのままで大丈夫そう?」


 田中は時折、そういう風に不安になる。田中は就職はしないでフリーターで生活しているから余計不安になるのかもしれない。後は、実家暮らしなのも色々家族から言われるのかもしれない。


「……っ。まったく、誰かに何か言われたのか? 大丈夫だって。ほら、芸人たちも名前覚えてくれだしたしさ、お客さんにも笑って貰えるようになってきたじゃん。まだまだこれからだって。ほら、ネタ作ろうぜ。仕事が無かったから結構書けたんだよね~」


「けどもう二十七だぞ。大学出たのにさ。最初はさ、二十五までにとか言って始めただろ」


「けど現実そんな甘くないって分かったろ。時間をかければってわけじゃないけど、そんなすぐには実力だってつかねえよ。てか、辞めてないだけ俺たちはマシな方だよ」


「辞めてないだけって……辞め時を逃してるだけだろ」


 吐き捨てる様に尻すぼみなった田中の言葉。

 だが、きっとそれが田中の本音だった。

 それはまるで背中に氷を入れられたみたいだった。


「え、なに、辞めたいの?」


 できるだけマイルドに言おうとしたつもりだったが、言葉にトゲが出た。

 違う、駄目だ。こんな言い方で詰めたらきっと田中は辞めてしまう。

 田中は俺が引っ張ってお笑いをやっているのだ。


「…………別にそういうわけじゃないけど」


 歯切れの悪い言い方。卑怯な言い方にますますイラついた。

 田中はガンガンジーを解散させに来たのだ。そして、それを俺に言わせようとしている。


「そういうわけじゃないってなんだよ。辞め時ってなんだよ。そんなのねえよ。いつまでだって辞めねえよ」


「……いやでもさ、現実問題俺たちも好き勝手振舞える年ってわけでもさ」


「考えが古いって。何かを始めるのに遅いなんてスポーツ選手とかを目指すんじゃあるまいし」


「いや、それはねえ。……なりたいけどね」


 田中は腕を組んで大きく反った。守りに入ったな。田中は口論になりそうな時に、すぐにこうして降りるのだ。別にそれを咎めたりはしない。田中はこういう奴だ。


「あ?」


「いや、これからスポーツ選手。カーリング選手に……なんちゃって」


「なんちゃって、ってなんだよ。カーリング選手て、マイナースポーツならいけそうじゃねえよ、二十七のおっさんが」


「はは、そうだよな……」


「…………」


「…………」


 田中の笑いのような曖昧な相槌を境に沈黙が訪れる。


「え今、ボケたよな?」


「……うん、ボケた」


「……そうか」


 であるならば、この話はここでおしまい。

 でないと、いつまで続けると言い張れるか分からないから。


「じゃ、ネタ作るか」


 そして三日後、配属の日は訪れた。


「はじめまして、平野と言います。前職は、在庫管理やピッキングなど倉庫業をしてました。営業職の経験は一時期プロパンガスでやっていたことがあります。早く皆さんと馴染み、そして実績に貢献して行けるように頑張ります」


「はい、今日から配属された平野くんだ。にしても随分と真面目な自己紹介だな。休みの日にやってることとか、趣味とか何かないのか?」


「そうですね」


 言いながら俺は考える。

 今までの職場なら自己紹介で自分からお笑いやっていることは公言した。今回は、職場の雰囲気的にしなかったが、部長からのナイスパスだ。


「趣味は――映画鑑賞なので皆さんおススメあったら教えてください!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘密にした理由 人間 越 @endlessmonologue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ