金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷

河野美姫

プロローグ

雨は嫌いじゃない。

大好きなおばあちゃんとの大切な思い出が、私にはあるから。

だけど、それを思い出すことすらつらい今は、雨が降るたびに心に悲しみが募っていく。



視界に入る景色は小雨に濡れているだけで、別に傘なんて差さなくても大丈夫なくらいすぐにやみそうだ。

それでも、私はお気に入りの傘を差していなければ、まるで土砂降りの雨に見舞われている時のような気持ちになってしまいそうだった。



オフホワイトの生地にピンクや淡いイエローのスイートピーが描かれている、ポーチ付きの折り畳み傘。

一年ほど前におばあちゃんと買い物に行った時に、ふたりで仲良く選んだものだ。



『あら、ひかりちゃん。これなんかいいじゃない。白くて明るいし、スイートピーが可愛くて、雨の日も楽しくなるんじゃないかしら?』



皺が刻まれた目元を柔らかく細め、ニコニコと笑う。

【晴雨兼用】と書かれているのを見て、黒やネイビーの方が便利そうだなと思っていたけれど……。

おばあちゃんがあまりにも楽しそうな笑顔で言うものだから、私はそれをレジに持って行った。



『使うのが楽しみね。早く雨が降るといいわね。きっと、空からスイートピーが降ってくるみたいで、ワクワクしちゃうと思うわ』



雨の日は憂鬱。

大抵の人がそう言うのを、何度も聞いたことがある。



だけど、おばあちゃんは雨の日でも、まるで春の陽だまりの中にいる時のように、優しい顔でどこか幸せそうに笑っていた――。

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