サラサレ 鳥刻峠バラバラ怪死事件

ささがせ

 秋も深まり、冬の訪れを感じさせる季節。誰もが上着の襟を立て、寒さに背中を丸めて歩く頃のこと。

 その死体が見つかったのは、兎我野とがの市北部、鳥刻峠ちょうこくとうげキャンプ場だった。

 入り口の管理棟、そして広がるオートキャンプエリアから、さらに奥へ進んだところに一本の大きなイチョウの木がある。

 大きな案内板のついた巨木だ。

 樹齢500年を越えると言われる大銀杏おおいちょうの頂に、散り始めた紅葉に混じってその死体はあった。

 ぽたり、と赤黒い液体が思い出したように滴る。

 目を見開いたまま永遠に動きを止めた被害者は、虚ろに地面を見ていた。

 一番上の枝にその頭。

 次に胴。

 次に腕。

 次に脚。

 最後に内臓の類。

 そう、その身体はバラバラに切り刻まれ、少し気の早いクリスマスツリーのように、大きなイチョウの木に飾り付けられていた。 

 その死を世間に晒すかのように。



 血の匂いだけが、風に乗って微かに香った。

 警察が慌ただしく現場の保存を行っている様子を遠巻きに見ていたが、ここからでは木の上にいるという被害者の姿は見えなかった。

 代わりに、張り巡らされたテープの前に、野次馬や報道関係者が詰めかけている様はよく見える。

 情報というものは、どこからともなく漏れ出して、人伝に広がっていくものであるが、野次馬達はいったいどこから事件のことを嗅ぎつけたのか。

 昨日まで閑散としていたキャンプ場に人が詰めかける様は、まさに然りといった具合で、どこかお祭りめいた雰囲気すらあった。

 いや、それはキャンプ場の敷地の外に屋台が並び始めたせいもある。

 零細自治体の予算を注ぎ込んで作ったご当地キャラに加え、道の駅から出張してきたお土産売りの移動販売車まで現れて、いよいよこれが何の騒ぎか分からなくなってくる。

 商魂逞しいと言えばいいやら、不謹慎だと怒ればいいやら。

 人知れぬ山奥で起きた事件だというのに、これほどまでにセンセーショナルに取り上げられれば、好機と捉える者も現れるか。


八頭沼やずぬまさん」


 突如、僕の名前が呼ばれる。

 振り返ると、スーツ姿の綺麗な女の人がいる。


たちばなと申します。昨夜の事を伺っても?」


 警察手帳をチラつかせながら、橘さんはにっこりと微笑んだ。

 麗しい笑顔が咲いたけど、風が吹いてまた血の匂いが香った。


「その前に、場所を移していいですか?」



 三連休を利用してキャンプツーリングに出けた僕、こと、八頭沼やずぬま琴悠ことひさは、初日に泊まった鳥刻峠キャンプ場で、不幸にもこの怪死事件に巻き込まれて足止めを食らっていた。

 明け方には出発しなくてはならなかったのだけれど、駆けつけた警察官に重要参考人として事情聴取させて欲しいと言われ、立ち往生していたのである。

 橘さんと共に僕はキャンプ場の管理棟にある会議室に入った。

 椅子を促され腰を下ろすと、会議机の向かい側に橘さんが座った。


「ではまず、どうしてこのキャンプ場に?」

「バイクの免許を取ったものですから、休みを利用してキャンプツーリングに。今日は鳥刻峠を抜けて、浅稲田の方へ抜けていく予定でした」

「キャンプツーリングですかぁ、いいですねぇ」

「ええ、まぁ」

「ご提示いただいた学生証によりますと、大藪大学の人類構造学部にご在籍の21歳と。いやぁ、青春を謳歌されていますね」

「それほどでも…」

「あなたは他県からの旅行者で被害者側の方と面識は無い、ということでよろしいでしょうか?」

「え…あ、はい」

「念の為にお聞きするんですが、昨夜は何時頃にご就寝を?」

「たしか21時頃だったと思います」

「ふむふむ、夜間に不審な人物を見かけたり、大きな物音を聞いたりとかは?」

「いえ、ありません」

「そうだよね、君しかこのキャンプ場に宿泊していないもんね」


 そう、キャンプシーズンが終わった直後の閑散期を狙った僕しか、このキャンプ場を利用していなかったのである。

 もちろん管理人さんはいるのだけれど、労働意識の高い管理人さんは17時になると残業無しで帰宅してしまうため、事件が起きたと推定される20時から24時までの時間、現場となるこのキャンプ場には僕しかいなかった。

 故に、こうして参考人となっている。

 なお死体の第一発見者は、朝8時にデイキャンプの為にキャンプ場を訪れた若いカップルだった。

 そういえば待機時間に見かけなかったけれど、彼らも事情聴取を受けたんだろうか?


「君は遺体を確認したんだっけ?」

「いえ、見てないです」


 カップルが青い顔で戻ってきて、管理人さんの元へ行ってしまったのを見たが、それだけだ。死体は見ていない。

 

「気分を害しちゃうかもしれないけど、こちらが被害者の方」


 そういって橘さんは捜査活動用のタブレットに映った画像を見せてくれる。

 茶髪の若い女性だった。木に引っかかった頭だけの画像だが。


「はぁ」

「動揺しないね」

「何といいますか、現実味がなくって」

「ま、そうだよね」

「全体の写真はありますか?」


 橘さんは一瞬だけ怪訝な表情を見せたが、別の画像を見せてくれた。

 大きな銀杏の木に、バラバラにされた死体が引っかかっている。

 紐や何かで固定しているわけではない。人体のパーツが、無造作に枝に引っ掛けられているだけだ

 そして当然といえば当然だけど、枝が揺れたことで地面に落ちてしまったパーツもあった。

 それもあってか、大銀杏の木は血で赤黒く濡れ、その根本も汚れていた。

 その様は、一見して大木を穢す邪悪な儀式の様相だ。

 僕はそれを見た瞬間に、なるほど、と思った。


「映えますね」

「え? 映え…?」

「インパクトがある構造になってると思って。頭を一番上に、雑多な物を下に。絵的に奥行きの感じる構成になってます。インパクトのある造形です」

「………」


 橘さんが凄まじい表情をしていた。

 僕は構わず続ける。


「実は、SNSや動画投稿サイトで、この怪死事件の情報が既に出回っている事が気になっていたんです」


 僕は先程まで見ていたスマホのSNSページを見せる。

 トレンドのワードに、鳥刻峠の文字が載っていた。


「ああ、それね。第一発見者のカップルが遺体を投稿したんだよ。おかげでこっちはテレビ局やら新聞社やらにせっつかれて大変なの」

「はい。だから、この”映える絵”は、そうしてもらいたいが為のものなんじゃないかと思ったんです」


 わざと派手にしてみせたのではないか?

 わざと映えるように配置したのではないか?

 証拠代わりではないけれど、僕は橘さんに、お祭り騒ぎになってるキャンプ場前を指差す。


「うわ!? 何あれ!? キッチンカー!? こちら橘! 入り口が凄いことになってるよ! すぐに対処して!」


 無線で部下に指示を飛ばす橘さん。

 橘さんが落ち着くまで、僕は画像を吟味する。


「ったく、死人を何だと思ってんのよ…」

「こんな田舎ですから、ちょっとした騒ぎになってるみたいですね」

「君の考えだと、犯人はこれを狙ったってことかしら?」

「そう思います」

「事件を広く知らしめて、地域振興に寄与しようって考えたってことかしら?」

「いえ」


 僕は思うことを、思うがままに応えた。


「これは見せしめ―――被害者の死を晒しているんだと思います」

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