安心しろ、私はあなたの味方だ

焼魚圭

第1話 転生

 瞳を閉じて想いを巡らせる。ここに、今の日本という時代や場所に生まれる前にいつの日かの何処かで何かをしていたような。心は既に形を持たない記憶の存在を訴えていた。シスは手のひらを見つめ、大切な何かを握りしめて部屋を出る。

 シスの直感はしっかりと訴えていた。彼女は転生者。記憶の持ち込みすら許されずに姿だけがそのままでここに生まれ落ちたのだということ。ある趣味が語っていた。かつてのシスもまた、それをすることが好きだったのだと。

 他の人物よりも少しだけ多くのものをつめこんだ鞄を床に置いてパンを貪る。

「パン、あの日はそれすら買えなかったな」

 シスはハッとした。果たしてそれはどのような記憶だったのだろうか。脳裏に浮かんで来ることも夢に現れることも出来ずにどこかに籠り切りの記憶の断片が時折シスの口から零れて来ることがあった。人知れず口ずさむ過去のこと。何を言ってしまったのか全て記憶に書き込み繋いでみたとしても未だ穴だらけのパズルのように空白だらけではめ込み方が、パーツの結び方が正しいのか、それすら分からなかった。

――まあいいか、今を生きるなら、不要だ

 シスは制服越しに自身の胸を見て満足の笑みを浮かべた。さらしを巻いて押し付けてすっきりとした見映えに見せたそれ。

 それはある行動の為に必要なものだった。

 コッペパンに対してどこか愛しく思えるその気持ちを仕舞い込んで口の中へと放り込む。

「歩き方よし、喉の調子よし……確認面倒」

 家を出て高校へと向けて足を進める。住宅並ぶ街並みの中、男も女も関係なく入り乱れて歩く様の中に男たちの抱く異物を感じていた。通る女という女に向けて性的な視線をコソリと浴びせて隣にいる同級生に語りかけるのだ。

「なあ今の見たか」

「ああ、すっげー脚綺麗だったよな」

 シスには分からなかった、これが思春期の男が女に対して抱く感情なのだろうか。だとすれば己の抱く感情は趣向はいったい何だというのだろう。

 つかめない、分からない。抱えながら歩き続ける。

 途端に胸に刺さるモノを感じて思わず押さえてしまった。

「あそこの外人か、胸ない事気にしてんだ」

「外人って巨乳のイメージあるのにな」

 今ここでさらしをほどけばこの男たちの印象を壊さぬままに念願を叶えて差し上げることは出来るだろう。

――でもやだ、私には大事な人がいる

 遠い昔、はるか向こうの世界線の彼方でも同じことを想った。ふと過ぎった心の言葉を仕舞って学校へと足を踏み入れた。

 やがて見えて来る木目の床はいつ見ても年季を感じさせた。己の魂が実はそれ以上の年季があるのだと暴露してみたらきっとみんな鼻で笑うだろう。ひとりを除いては。

 シスは隣に現れた気配に視線を合わせた。

「よっ、シス。今日も不機嫌そうだな」

 シスと親しく話す男の名は黒崎 渡利。その男は鋭い瞳からは想像も付かない優しい目を向けていた。

「シスの名前を呼ぶ度にどこか懐かしい気分になれるんだよな、いつ会ったんだろうな」

 いつでも優しい顔を作って見せる。過去に何かシスの気分を害する事でもしてしまったのか償いなのか。彼はシスが表情を歪めることを、気分に雨雲がかかる事を許さなかった。

 シスもまた、その顔に似合わない笑顔を貼り付けて言ってみた。

「この街にずっといたなら一回くらいあってもおかしくないんじゃないか」

 返された言葉に渡利は浮かない顔を浮かべ、会話を繋ぐべく言葉を投げ返す。

「そうじゃないんだよな、もっと遠いどこかでシスと仲良かった気が」

「私もある。渡利はきっと私と同じ」

 それは思春期の気の迷いだろうか。そう言った謎の心の動きなのだろうか。在りもしないはずのものを信じて進む姿がこの上なく正しい気がしていた。

「まあいいや、俺は今から朝ごはんだ」

 渡利のポケットから取り出されたものはガムだった。

「それごはんじゃないんじゃない」

「飲み込めば胃に入るぜ」

 シスは訂正した。やはり思春期の気の迷いは正しいものなどではなかったのだと。


 教室の中では様々なことが行なわれていて異様な色の坩堝と化していた。

 女の子の姿をしたフィギュアを見つめながらうっとりする男が座っている席。机に立ってみそ汁を含んで上を向いて噴き出してはマーライオンかよとツッコミを入れられる男、目の前にいる男たちになど目もやらぬままに雑誌の中に閉じ込められた、ではなく映された顔の綺麗な男たちにうっとりしながらこの前発売したばかりの映像で裸寸前まで脱いでいただとか語って鼻息を荒くする女子たち。

 空気が濃厚過ぎてついて行ける気がしなかった。

 そんな空気を一気に吸い込んでいつも通りに立ち尽くすシスの肩に手を置いて渡利は笑顔を浮かべた。

「そんな顔しても仕方ないんだぜ、青春は一回しか来ないんだ。俺たちの時代だって勢いで飛び込んでこうぜ」

 シスにとっては理解できる存在だと思っていたはずの渡利でさえ今やこの有り様。最早成長の流れというものは止めることも叶わなかった。

 そんな中、シスは澱んだ陰が床を伝って蔓延っていると悟って目を細めていた。

「どうしたんだ、何か落としたのか」

「いや、何でもない」

 床に目を向ける変な女、床を無為に睨むおかしな人物、そう思われてしまったかもしれない。それでもシスとしてはあの穢れた気配と丸一日過ごすという事実を汲み取っては更に表情を歪めるばかりだった。

 やがて教室に空気を閉じ込めていたドアは開かれて教師が身をのめり込ませる。続けてドアを閉めては澱みをこの場所に残して歩き出す。その歩き方の癖の強さは男子たちの間で強くて明るみに充ちていてしかしながら下品な雰囲気全開の笑い声を響かせる。それに呼応するかのように澱み続ける穢れは震えて膨らみ始める。

 このまま放っておくことは良くないだろう。

 心配しているシスとは異なり人々は何処かに本音を隠しているようにも見える顔、生ける肉塊の仮面を貼り付けながらも教師が周囲の女を見つめながら股を隠すように常に右足を前に出して歩く滑稽な姿を見て笑い声を上げずにはいられなかった。一方で女子たちは引き攣った顔を覗かせながらも出来る限り無表情を装って座り続けていた。

「おいおいあの教師」

 そんな雰囲気に包まれている中で渡利は違った反応を見せていた。男子連中の間では異端、女子とも異なる表情、困惑を滲ませて隣の席のシスを見つめてはひそひそと会話を行なうことを試みていた。

 シスもまた困惑を見せて頷いて、渡利の言葉の続きを代わりに声にした。

「そうね、変態ね」

「言うなよ笑わせるな」

 この会話、周囲の浮かべるそれぞれの反応、見るからに明らかだった。この教師のことを尊敬する人物など誰ひとりとしていなかった。

 人々がそれぞれ異なる感情で教師を見下す中で澱んだ穢れは更に膨れ上がり、遂には獣のカタチを取っていた。

 その獣の表情が瞳越しに伝わると共にシスの背筋に寒気が走る。

 獣の顔から読み取ることの出来る表情など数少なかったものの、はっきりと見えない種族間の特徴の壁が立ちはだかってはいたものの、少なくとも笑っていることだけは伝わっていた。愉快色の穢れとはこれまた如何に、心に問いを仕舞いながらこの獣の動きを見つめ続ける。きっとシスにしか見えない何者かなのだろう。

 顔を上げて獣を見つめるシスが何もない所を見ているようにでも見えたのだろうか、渡利は一瞬だけシスの様子を窺いすぐさま手を挙げて教師に訊ねた。

「すみません、シスの気分が悪そうなので保健室に連れて行ってよろしいでしょうか」

 教師はシスの顔を見つめて一瞬だけ小馬鹿にしたような笑みを露わにしては表情を笑顔に戻して言ってのけた。

「勝手にしろ。そいつは別に俺の城に要る奴じゃない。居るも居ないも変わりなく俺には白なんだ、好きにしろ」

 シスは鞄を手にして渡利の手を取って進み始める。教室を出て数歩進んで、渡利は振り返りシスを柔らかな言葉で包んでいく。

「あんまり無理するなよ、アイツどう見ても女子に発情してたし気分悪くなるかもな」

 いったいどのような勘違いなのだろう。シスの表情の陰りの原因は別のもの。きっと渡利には見えていないあの穢れのせいだった。

「シスってさ、結構繊細なんだな」

「いいえ」

「否定!? めっちゃ繊細ってか」

 勘違いは更に深まり続け、きっと見えているモノを合わせなければ理解できない。諦めの気持ちをため息に変えて世に投じる。

「あんまり無理するなよ、シスが元気じゃなきゃ俺がツラいから」

 日頃から元気ではないだろう。この男にはほんの少しの違いでさえ見えてしまうとでも言うのだろうか。

 保健室のドアを開いてシスの手を引いて入り込む、ただ待っていた先生にシスの状態を伝えてシスをベッドにまで案内した。

「今日はゆっくりお休み」

「ありがとう」

 シスは遠い教室に張り付く穢れの流れを感じ取りつつ礼を言ってブレザーをハンガーに掛けてベッドに入り込む。見渡しても既に渡利の姿が無い辺り、きっとそこに淡くて甘い感情などないのだろう。

 それからしばらくの間、時の流れ運命の波に身を言任せて寝転がっていたもののあの禍々しき穢れの気配が弾けて踊る様を感じ取ると共にシスは立ち上がり、鞄を開いた。

 凛々しい顔に堂々とした気配を宿し、その目には荒ぶる炎を灯す。

 まさにこれから戦いが始まりを告げることを、すぐ近くの未来を形あるものとして見つめていた。


 それは教室でのこと。ふたりいない、渡利がまだ帰って来ていない。シスはきっと保健室で寝ていることだろう。そんな何ひとつ事が動かない静寂空間の中、氷の如く張り付いていた静寂は音を立てて割れた。

 静寂の裏側で派手に駆け回る獣、人々に姿を見せようとしてもその姿は見られない、そんな環境の中で獣は誰にも聞こえない雄叫びを上げた。静寂がうるさい、静かなる騒動。この場にいる誰にも決して伝わることのないそれは存在の証明にはあまりにも心許なかった。

 獣は駆け回り続け、教師の眠たくなるようなゆったりとした話し声を掻き消そうと声を上げるものの、人々の耳には緩い雑音のひとつにもならない。

 獣は駆け回り、辺りに黒い靄をまき散らし、澱んだ気配を教室中に蔓延させながらやがては教師の足元へと寄っては口を開く。

 人々は何も感じないのだろうか。分からずにして見ない聞かない知らない、そんな対応の中に忍び寄る陰、それをどのように感じ取っているのだろう。誰もが獣の方へと目を向けていた。

 教師はその視線の真意にも気づかぬまま集中して授業を受けてくれているのだと思い込みながらいつも以上の熱意を言葉に乗せて辺りに撒くように投げる。

「ええ、これから聖徳太子は」

 聖徳太子の話など誰も聞いてはいなかった。それどころか教師の言葉に耳を傾けない。それでもしっかりとペンを持ち、ノートに授業の内容を書き留めて行く。獣が吼えると共に人々は教師を睨み付けて、恨みを込める。急に色を変えた生徒の目に気圧されて教師は眼の色を白黒させて焦りを覚えてガタイに対して小さな態度を取ってしまい滑稽な構図が出来上がっていた。

 根源すら分からない恨み、形も色も分からないにもかかわらず視線から伝わって来る。覚えのない感情を知った教師は恐怖に踏み潰されて授業の内容を語る口すら開けない。きっと今見えている情、目から伝わる圧は生まれて初めて向けられるもので、男にとってこの上なく恐ろしいカタチを持った何かとしか呼ぶことの出来ないものだった。この圧はこの男が教師として動く時にいつも放っているものだということ、それを返すように浴びせられているということ、大きな仕返しでどれだけ受けたところで積年の分までは返しきれない程に大きなものだということに彼は気が付いていなかった。

 やがて、閉じていた口を無理やり開いては気の強さだけを脚色してみせた。

「なんだお前らその目は、この俺に逆らうな生意気なゴミ共、金だけ払って俺のありがたい話を聞いてろ、金づる」

 全てが偽り、そこまで大きなことを思えるほどに立派な心すら持っていない。歯はカチカチと絶え間なく当たって擦れて身はもはや堂々たる動きさえできなかった。

 縮こまり始めた男の心に生徒たちは語りかける。

「怯えたな、貴様の負けだ」

 獣は教師の口から入り込み、教師の恰幅のいい身体は更に膨れ上がる。動き始めたこの状況を、崩れる平和を止めることの出来る人物などここにはいなかった。

 突然ドアが開いた。

「お待たせしました先生」

 渡利の背筋は目にも止まらない速度で伸びて行った。

 自分の教室のはずなのに自身の居場所が無い、もうここに居場所などない、それを感じて、黒々とした威圧感に身を震わせていた。

「あれあれみんなどうしたんだ」

 下手な言葉は発することは出来ない、ここはひとまず周りの様子を窺う。反応次第では逃げ出す準備は四十秒と待たずにすぐさま出来ていた。

「こんな過激な宗教施設の信仰者みたいな目をして」

 下手な言葉を発していた。心に掲げていたはずの決まりはいつのまにやら破られ無に変えられていた。

「そんなことより今日も笑顔だ笑顔」

 今にも死んでしまいそう、渡利の中の何処かが感じ取っていた。焼き尽くされてしまいそうな程に頬は熱くなり、汗が止まらない。きっと恥だけのせいではないだろう。

「もしかして教室間違えたかな、はは」

――って、そんなわけあるか!

 愉快な言葉の裏側を、頭中を危機感が叩いて回ってうるさく響いていた。今見ているこの場所の異様な様は今や誰もが分かってしまう程のもの。それが爪を立てて渡利の心を無理やり開こうとしているのだ、開かれるはずがなかった。

 そんな中で教師がようやく人らしさを保った口を開いた。

「男には用はない、座っていろ」

 席に誘導されるものの、渡利は動くことが出来なかった。頭の中でこれ以上近付くなと警報が叫んでいる。頭が膨らみそうな感覚を覚えて大きく揺れる感覚を見てしまった。

――俺、何も出来ないな

 全てを諦めかけたその時のことである。

 渡利の肩は突然つかまれた。しっかりと力が込められた細い指、それは見覚えがあった。

「シス、寝てなきゃだめじゃな」

 振り返って渡利は目を見開いた。

 そこに立つ者はセーラー服を身に着けた灰色の髪をした人物。性別すら感じさせないそれは何処か男のような気配を漂わせていた。

 渡利は口を震わせながら目の前の人物に早口で訊ねる。

「誰?」

 目の前の人物は緩やかな微笑みを浮かべながら答えてみせる。

「安心しろ、私はあなたの味方だ」

 それだけ告げると教室へと滑り込む。

 性別を感じさせない声だった、その余韻、独特な感覚に身を浸しながら渡利は動き出したこの状況を目で追いかける。

 いつ動いたのだろう。先ほどまで座っていたはずの生徒たちはシスを追いかけ始めた。

「ストーキングは良くないな、私のサインが欲しくば握手券を持ってこい、手も握らせて差し上げよう」

「アイドルかよ」

 渡利のツッコミの速度をも追い越す勢いで黒板へと駆けて教師の背後へと回り、飛びかかる生徒たちの盾として活用する。

「これからだ」

 シスは教師の後ろからチョークを勢いよく放つ。青緑白赤黄、短いカラフルな棒たち、削れて不規則な長さに仕立て上げられたその棒たちは勢いよく宙を泳ぎ始める。直進することしか知らないものの、速度はとてつもないもので、まさに真っ直ぐな姿勢そのものと呼ぶに相応しい代物。

 そんなチョークたちが生徒の額や鼻を突いて更に進もうと肉の壁を勢いよく押していく。しかしながらそこまでの力は残されていなかったようで、シスの標的を打ち倒すと共に進む力を失ったチョークは木目の床に落ちて彩りと化す。

「石の剣を使えば殺すは容易いが今回は命を絶ちたいわけではないからな」

 この世界では出番が来ないだろう。そう考えながらシスは男としての名を声高らかに告げた。

「私の名はランス・フレムストン、焔の石の名を持ちし者。握手はチケット手に入れてからよろしくな」

「いや、アイドルかよ」

 渡利の声がランスの耳へと響いて行く。反射のように即座に顔を向けて、不敵な笑みを浮かべながらもその笑顔を優しいものへと変えて軽く手を振る。

「ファンの者一名発見、私は元気だぞ」

「ファンサービスのつもりかよ」

 ランスはその手に持っていた教師を押し倒して距離を取る。男が立ち上がる様を見つめながら語って見せた。

「小道具としては力不足のようだな、私を際立たせるモノは棒状のもの、出来れば長くて固くてご立派なモノがいいかなと思うものだ」

――言い方ひっでえ

 ランスの考えなど何ひとつ分からない。本音もこの状況を打開するための策も、発言によって覆い隠されてしまっているようだった。

「ところでアイドルとやらは便を出さないらしいな、もしや、腸がパンパンになってお亡くなりオチか。卒業ってそういう」

「イケた顔から出てきていい言葉じゃねえよ」

 もはやランスの引き立て役と成ってしまっていた。そう、あくまでも主役を務めることはランスの役目。彼が敵を倒さなければこの教室という小さなセカイに平和が戻ることなど決してないのだから。

 無事に立ち上がった教師と対面してランスはその目に色のない感情を張って染み込ませていた。

「もしも私の口付けが欲しいのならば、カワイイお姫様か頼りない王子さまになっていただかなければな」

「あー、もうそろそろツッコミ入れるのやめてよろしいでしょうか」

 渡利ではランスの言葉のひとつひとつを拾い上げて反応を投げ返すことなど叶わなかった。

「では、そろそろ終わりにしようか。私の可愛いこねこちゃんがこの名曲について行くことを諦めかけていらっしゃるものでな」

 音楽だったのだろうか。確実に違う、心の中で反応を起こしながら見つめていることしか出来ない。無力な自分自身を変えることが出来ずにいた。

「棒状のもの、今回はコチラでよろしいか」

 教師が持っていたはずのもの、教師がよく使うはずの伸びる棒をその手で揺らしながら命令を放つ。

「固くなれ、我が意思のままに」

 棒状のものはランスの言葉を聞き届けてすぐさまその身を固めてランスの戦闘用具へと役目を変えた。

「教師、いや、その中に潜む獣よ、ここから出て来るがいい」

 言われるがままに出て来る程素直な存在なのだろうか。

「何か、言い残したことでもあるのなら、その口を借りて今すぐ吐き出せ」

 許可をいただいたが為だろうか、教師の身を借りた獣は勢いに任せて息を吸い、身体に力を込めて脚を広げてランスに狙いを定めて思い切り叫んだ。

「てめえが平和を乱したんだよこのクソが、俺は真実を知っている。てめえの魂の色で分かるんだこのクソア」

「ここまでだな」

 真実は語らせない、ランスの中身がシスであることなど吐き出すことは許せなかった。

 ランスは握りしめている棒を構え、荒々しい言葉を使う獣に教育の一撃を放った。それは教師の身体を叩いて当然の痛みをぶつけてみせた。

「てめえやりやがったなこのクソア」

「言わせないと言っているだろう」

 更なる一撃を脳天にぶつけて獣が大きく咳き込む様を目にしては更に言の葉を教室に吹かせたつむじ風に乗せて飛ばす。

「授業だ、内容は言葉遣いと禁止用語だな」

「おい、最後まで言わせろクソア」

「野郎なら言わせたかもな」

 更なる一撃を加えた後に獣が大きく咳き込む姿を目にした。

 獣、その外殻となっている教師はいかにもと言った息苦しさを態度で示しながら咳き込み続ける。やがて口から出て来た闇色の靄を、曖昧なカタチを持つに留まった獣に棒を向け、ランスはこの上なく冷たい目を向けた。

「落第点。小学校からやり直せ」

 異常が評価。そこからランスは棒を握る手に力を加え、軽い歪みをちょっとした変形を引き起こしながら大きく腕を振り上げた。

 それと共に獣は原型を崩し、辺りに散って凝り固まった邪気という姿を崩してこの世界から消え去った。

「これで御仕舞い」

 教室のドアをくぐり、渡利に目を向けて言葉を一枚貼りつけた。

「また会いそうだな。次までにツッコミの持久力を上げておいて欲しい」

 それ以外には特に残す物もなく、堂々とした後ろ姿を、セーラー服も上に纏った黒いマントを見つめ、ヒーローの存在から得た得も言われぬ感情を噛み締め続けていた。

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