踊って
小林 羅紗
単話①
「……そうなんだ。俺にも見せてよ。踊らなくてもいいから」
安藤は一瞬目を伏せ、「いいよ」とベッドを降りた。静かに靴下を脱ぎ、ゆっくり、アラベスクの姿勢をとる。腰も足も大きく反り、橘は目を張った。彼女の細い手足がしなやかに動かされ、フレアスカートがゆらめき、手先は、脆そうにも見える柔らかさをもって、指の先までたっぷり満たされたように静止した。真ッ直ぐに伸ばされた左足の緩やかな凹凸には、橙の灯がほのかに照っている。橘は思わず立ち上がる。触れずにはいられなかった。ざらざらした手に吸い付く質量感に、その瑞々しさ。きめ細やかな繊細さは絹そのものだった。……辛うじて留まっていたであろうスカートの裾はとろりと滑り落ち、先程よりまた高く上げられた足が、艶々と顕になる。落ちる影ひとつひとつが彼女の肉体を顕現させていて、肉体のその曲線を粛々と写しているのだ。
……まつ毛から漏れるちいさい光や、染み入るように照らされた足や、満たされた指先や、それらの脆さと強かさの無言。彼女は決して語らない。
一方的なわたしの罪悪感が、こちらの機微を何倍にも膨らませてしまう。それは賎さが感動を装って、純情の皮を被ってやってくるのだ。
安藤は手を払った。
流れるように、くるくると回りながら、橘を離れた。
また、スカートがつま先を覗かせながら逆さの百合のように膨らみ、ふんわりと、腕と手と指とが舞っている。
「踊ったの久しぶり。きれい?」
「そりゃもう」
……この、分かっているような分かっていないような顔をする少女を前に、わたしは戦慄する。わたしは安藤の精神性を殺しているのか、身体、少女性を消費しているに過ぎないのか……。いずれにせよ盲目なのだ。決めがたく認めがたいことに眼をつぶり、見ないふりをしている。それでもわたしは安藤を求めてしまうし、また安藤もわたしに応える(安藤はわたしをどう捉えているのか、何を求めているのか、推測こそするがさっぱり分からない。所詮カラッポなのかも知れない)。しかし絶対的な現実として、この少女は変わらず無言の似合うつんけんな唇を持っていて、わたしはそれから離れることができずにいる。稚拙な話だ。
安藤はまた踊りだす……。
視線は指先とともに、ひらり、ひらりと舞っている。
一歩……、一歩……、そして、交差した腕を腰まで下げた時、安藤の俯いた顔をあげた際に見えた、あのガラスのような目!
ああ、やはり、わたしは彼女の手のひらの上なんだろう。
踊って 小林 羅紗 @mhrjthy
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