第17節 世界を変えるカワイイの力

 駆け寄り、真っ直ぐ突っ込んで。



「チェェェェストォォォォ!」



 右ストレートで、クマに殴り掛かった。


 振り向きかかった奴の脇腹に、ボクの右拳が深々と刺さる。


 指輪越しに膨大な力が流れ込み、クマの体を弾き飛ばした。



 左の壁に一度、跳ね返って天井に一度、右の壁にも一度衝突し。


 巨体がぐったりと倒れ伏す。



 しかし奴はすぐに……ふわりと浮き上がって。



YE罪ありGUILTY



 宙に浮かんだ体が、ごきりごきりと音を立て、何かに変わっていく。


 毛と、四つの首が引っ込んで。


 水晶のような、鋼鉄のような質感の……人型のメカになった。



 膝から下と、肘から下が非常に大きい。


 逆に二の腕や太もも、腰あたりは細くてアンバランスだ。


 胸元にはクマ顔が四つ、オブジェのように張り付いている。不気味だ。



罰を与える者パニッシャーズフォー処 刑 執 行エクゼキューション



 どこから流れているかわからない音声と共に、奴は僕の方へ両手を向ける。



<ゆみか!>



 上腕部、下脚部の側面が開き、中から――――多量の小型ミサイルが放たれた。


 後ろには、亜紀とダンセクの人たちがいる。


 避けられない。



「いくよ、クラウド!」


<ええ!>



 ボクはかかとを踏み鳴らした。



<――――【可憐のプリティ・キング鐘の音撃ベル・サウンド】、承認ゴー!>




「淑女心得、ひとぉぉぉつ!」



 加速。音と光を置き去りにする。


 時間を超えるように、空間を渡り、宙を舞い、斬るようにガラスの靴でミサイルを撫でる。


 そのまま、奴の懐に飛び込んだ。



「スカートの内側は! 見せてはならない!」



 そして右脚を回し、蹴り込んだ。



 着地。



 時が動き出し、ただのガラクタになったミサイル全部が地面に落ちて。


 メカの巨体が派手に飛んで、壁に三度跳ね返った。



「蹴るときは――――光よりも、速く!」



 もうもうと、土埃が立ち込める。



「すごい! これが伝説の、魔法少女……」



 後方から声がした。救命道具を準備してた、比較的若い方の声だ。


 ボクは振り返って、胸を張った。



「残念だが、ボクは魔法少女では! ない!」


「え?」


「ボクの名は! 可愛王かわいいおう!」


「「…………」」



 …………なんだ。反応悪いな?



「カワイイオー……?」



 首を傾げられた。しかもイントネーションが違う。



「ちがう、!!」


「おい嬢ちゃん後ろ!」



 中年男性の警告を受け、ボクは振り返る。


 土埃の向こうに、赤い光が見えた。



「小野さんも、あれにっ! 逃げてください!」



 ……亜紀の命を奪ったのは、あれか。


 噂の即死攻撃か?


 ボクは堂々と歩み、近づく。



傲慢よライフ・去れスティール



 無音で何かが放たれ――――ボクに当たった。


 意外に威力があり、体が吹っ飛ばされて壁に激突する。



「カワイイオー!?」



 悲痛な叫びが聞こえた。



「イントネーションがちっがう!」



 ボクはがばっと起き上がり、思わず突っ込んだ。



「「へ?」」



 全身見直し、体の状態を確認する。


 当たったところは、何かあるわけでもなさそうだ。


 服も汚れてないし、よかったよかった。



 驚いて口があんぐり開いているお二人に向かって、告げる。



「カワイイは死なない! 当然の摂理だ」


「「はぁ?」」



 先の土埃が晴れ、奴の姿が見えてきた。


 …………なんでしょうあの砲台のようなお姿は。


 ……………………明らかに充填完了したような砲塔がこっち向いてるんですが。



ただ罪をソウル・償うべしスティール



 図太い光線が、ボクに命中する。


 圧が強く、後方に押し下げられていく。


 ばかりか。



<きゃ!?>



 クラウドが、分離された。


 彼女は光に弾かれ、壁に叩きつけられる。


 ボクはスカートとマントが短くなり、おへそ部分も丸出しに。ミニドレスってやつ?



 そして徐々に。



「ぐ、これは……」



 魂が揺さぶられるような、力の浸食が始まった。


 これもある種の、即死攻撃、か。


 命を直接、抜き取る気だな?



 ――――ボクは。



(亜紀)



 心の中で、静かに彼女に呼びかけて。



(ゆみか)



 応える彼女の、手をとった。


 想いが、伝わる。


 力が、溢れ出す。



(素敵よ、ゆみか)



 カワイイが、高まる。


 歩み、前に出る。


 光を、押し戻す!



<罪、を>


「そうだ!」



 ボクは砲台に辿り着き、その光の出口に手を突っ込んだ。



「カワイイは!! 罪深い!!!!」


<が、ガ、が>



 奥の何かを握り込み、引きちぎる。


 砲身の各所が内側から弾け、爆発した。



「さぁ! このボクを! 罰してみせるがいい!!」



 引き抜いた右手と、左手を、天に掲げ。


 頭上で、拳と拳を合わせた。


 10の指輪の大きな石が、かち合う。



<――――【可憐のプリティ・ハンマー】、承認ゴー!>



 世界の後押しを受け。



<ゆみか!>



 仲間の声援を背に。



(ゆみか)



 大事な人の、想いを乗せて!



「プリティィィィィィィ! ハンマァァァァァァァァ!!!!」



 ボクの両の拳が、白銀に輝く!



 まずはその外装をすべて、引き剝がしてやろう!


 構えをとり、素早くステップを踏む。


 カカカッと靴の鳴る音を背に、距離と位置を調整した。



「ハァァァァァトフルレフト!」



 左拳を軽く握り、最高速で真っ直ぐに打つ。


 メカの砲塔が歪み、砕け、さらに爆発する。



「チャァァァァミングライト!」



 踏み込んで、握り締めた右拳を打ち込む。



<ガが……っ、み、を>



 水晶が砕け、奥の巨大な丸い球体が露わになった。


 ――――コアだ。



 姿勢を正し、両の手を頭上で組む。


 祈るように。


 願うように。





「お・ま・え・も!!!!」





 世界に、振り下ろした。







「カワイイに、なれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」







 踏み込んで振るわれた両拳が、球体に打ち込まれる。


 白銀の世界が収束し、玉の中に入り込んだ。




 静かに。



 穏やかに。


 

 雪が舞い散り、溶けるように。




<――――YE罪 な し NOT GUILTY……>




 パニッシャーズは、白銀の粒子となって、消えた。



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