第73話:禁断症状

 ソラナの魔法の力が駆け出しの冒険者くらいにはあるということが判明した。

 これまで戦闘経験が全くなくてこれなのだから、しっかり訓練したら自衛手段としてかなり効果的だろうとシュッケさんは言った。


 カルディアさんもシュッケさんもソラナのことを可愛がっていて、魔法の訓練とかも軽く見てくれるようだったからソラナの魔法の力は少しずつ向上していくことだろう。




 それから僕らはあまり魔物にも会わず、山道を進み続けた。

 出てきた魔物もこちらに敵意がないようだったので結局戦闘は一度も行わなかった。

 猪の肉を手に入れたのもあって、食料確保の必要がなかったのも戦わなかった理由の一つだ。


 僕らは早めに今日の野営ポイントを決定し、風通しの良い場所で夕食を作った後で、順番に見張りをすることになった。


 ちなみにシュッケさんが作ってくれた猪肉の焼肉はスパイスが効いていて美味しかった。

 血抜きまでにちょっと時間があったから多少は匂いが残るみたいなんだけれど、特製のスパイスのおかげで匂い消しになっているみたいだ。

 明日以降は味が肉の方にもっと入っていくからより肉の臭みはなくなっていくらしい。




 そんな風にして僕らは順調にウルト山地を進んで行ったんだけれど、僕は大きな問題を抱えていた。

 それは樹液が吸いたくてたまらないという問題だった。


 乗合馬車にいる時は他の乗客もいたから、「ちょっと周囲の脅威を警戒しに」とか言って誤魔化して樹液を吸っていたんだけれど、国境近くの街についてからここまではそんな隙がなかったのだ。

 何日になるのかは分からないけれど、セミの姿にもなっていない。

 さっき猪を狩る時に一瞬弾丸として飛ばされたくらいだろうか。


 僕はタバコもお酒もやったことがないんだけれど、始めるとこういう気分になるんだろうか。

 樹液を舐めたくてたまらない。

 表に出さないように気をつけているけれど、自分がソワソワしているのが分かる。


 しかもここは山だ。

 温かめの温帯という地域だろうから探せば美味しい樹液を出す木もあるだろうし、思いもよらぬ発見があるかも知れない。

 そう考えると僕は居ても立っても居られなくなり、出かけてしまうことに決めた。


「すいません。寝る前に周囲を見回ってきて良いでしょうか。僕は夜でも目が効きますし」


「おう、真面目だな。近くに大物がいたら対処を考えなきゃいけないし、お願いして良いか? あんまり遠くには行くなよ」


 するとカルディアさんは即許可をくれた。

 シュッケさんとソラナも「ぜひ」という様子で僕を送り出してくれる。


 実際に見回りはしようと思っているから良いんだけれど、動機が不純なのでちょっと申し訳ない。

 だけど、僕はやっと樹液が吸えると思って頭の中で小躍りしていた。


「それじゃあ、早速行ってきますね。こちらで何かあった時は合図をください」


 そう言って僕はすぐさま大きな木がありそうな方向に向かって、走り出した。

 スキップしたい気分だったけれど、それだけは鉄の自制心で我慢した。





 さっきも言ったけれど、この辺りの地域は温暖みたいだ。

 植生的にも熱帯と言うよりは温帯に近いんじゃないかと思う。


 というのも、僕自身も温度を感じるんだけれど、暑いとか寒いとかちょっと鈍感になっているようなのだ。

 多分ヒトとしての体が魔力で出来ているからそのあたりに耐性があるんだと思う。

 便利だけど、何か大切なものが足りない気がするので注意しようと思っている。


 僕にはもう一つ、気にしなければいけないことがある。

 それは格好や装備のことだ。

 周りの目や実用性を気にして僕はショートソードや胸当てをつけているし、服も街で買ったものを着ている。

 それ自体は良いんだけれど、人化を解除してもこれらのものは当然消えないから地面に置いておくしかなくなるのだ。


 前は自分の魔力で作ったものしか身につけてなかったから何にも気にする必要なかったのに、今ではセミになるときは着ている服や道具の心配をしなければならない。


 そんな訳で僕はいま木の根本に洋服を置いてセミとなり、樹皮から流れた樹液を堪能している。

 この樹液は甘味とコクが強めだ。

 相変わらず木の名前は分からないんだけれど、樹表の感じと樹液の味で覚えていくしかないんだと思う。


「うわぁ、生き返る……」


 久方ぶりの樹液の味に心の中で安堵の声を上げる。

 何かしらの脳内麻薬が出ているんじゃないかってくらいに思考がクリアになっていく。

 別に頭が重かったとかそう言う訳じゃないんだけど知らず知らずのうちにパフォーマンスが落ちていたようだ。


 人間的な部分の感覚では全然美味しい訳じゃないんだけれど、セミの部分は歓喜に湧いている。

 どれだけ心待ちにしてたんだよってくらいにハイな感じだ。


 視点を変えれば、いくらソラナの美味しいご飯を食べてもセミの部分ではなんとも思っていなかった訳だからこれは当然なのかもしれない。

 これからはセミの部分が満足するように調整していく必要もありそうだ。



 

 存分に味を堪能した後で、僕は樹脂みたいに固まった樹液をいくつか採取した。

 そして木に登って周囲に敵がいないことを確認してから、ソラナたちが待つ野営地に帰った。

 こういう固形物でも満足できるなら対処はしやすくなるだろう。

  

 野営地に戻った後、人に戻った僕は好奇心に負けて固形樹脂を口に入れた。

 何気なくちゅぱちゅぱしていたら案の定ソラナに見つかったけれど、「またセミの真似?」とにこやかに言われたので、頷いておいた。


 そのあと、なぜかソラナはいつも以上にご機嫌だった。

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