第9話 株価のジェットコースター
翌朝。
「じゃじゃ~ん! 見て見て! お給料で気になってたラノベ買っちゃった!」
ウキウキの雛子が机の上にラノベを広げる。
「雛子もか? 実はオレもあの後本屋で漫画の続き買っちゃったんだよな」
自慢気に鞄から新品の漫画を取り出すテトラ。
「私もお家に帰ってから有料アニメに課金しちゃったわ。悔しいけど、やっぱりあいつのオススメにはハズレがないわね。お陰で今日も寝不足よ。ふぁぁ~」
口元を隠して大欠伸をする海璃に。
「あはは、あたしも!」
「それな!」
と、二人も釣られて欠伸をする。
「お店の人もお客さんも優しくて良い人ばっかりだったし。バイトの事間君に相談して正解だったね」
「仕事っつってもほとんどお客さんと話したり一緒にゲームするだけだったし。あんなんで金貰っちゃ悪いくらいだぜ」
「しかも日払い可! 数千円だったけど、今までお小遣いでやりくりしてた私達には大金よ! しかもこれから頑張ればもっと稼げるわけでしょう? 動画サービスは便利だけど、やっぱり気に入ったアニメは手元に欲しいし。あいつの事、ちょっとは見直してあげてもいいかもしれないわね!」
あれだけ啓二の事を見下していた海璃がこんな事を言いだすのだ。
昨日の一件で三人の中での啓二の株はかなり上がっていた。
素敵なバイトを紹介してくれた事もそうだが、バイト中の啓二の姿が素晴らしかった。
店の人間には信頼され、来る客みんなに愛されていた。
キャストサービスも客の望みを汲み取って見た目から中身まで完全に変身してみせる。
学校での冴えない姿はどこへやら。
いかにも女慣れしてそうなチャラ男からドS執事、爽やかイケメン騎士団長にお姉ちゃん大好き犬系弟と、まさに七変化と言った様子だ。
格好は勿論、表情から立ち振る舞い、性格や言動までマルッと変わる。
そのどれもが不思議と違和感なくハマっている。
元からそういう人間だったのかと錯覚しそうになる程だ。
迂闊にも、かっこいいなと思ってしまう場面さえあった。
あるいは可愛い。
または面白い。
なんにせよ、しっかり客を満足させていたのは事実である。
そんな姿を見せられたら、流石に三人も啓二に対する認識を改めざるを得ないと感じていた。
……もしかしてこいつ、凄い奴なのかも!? と。
「そうだ。まだ間君にちゃんとお礼言ってなかったし。みんなでお礼言いに行かない?」
「昨日は色々助けて貰っちまったしな。てかこれからもサポート役で世話になるし? 礼くらい言っといてもバチは当たんねぇか」
「そうね。あいつの事を認めたわけじゃないけれど、それはそれ。お世話になったらちゃんとお礼を言うのが筋ってものね」
というわけで、三人で啓二の元に向かう。
啓二は今日も平常運転で、人目も気にせず自分の席でムスッとラノベを読んでいる。
「間く~ん! おーはーよー!」
「おっす間ぁ!」
「えっと、その。は、はざ……。ぉ、おはようございます!?」
フレンドリーに挨拶する雛子とテトラ。
海璃も声をかけるのだが、今までまともに男子と向き合ってこなかった彼女である。
改めてちゃんと挨拶をしようと思ったらなんだか急に恥ずかしくなり、しどろもどろになってしまう。
その結果、焦った海璃の口からは怒ったような挨拶が暴発した。
啓二は顔をしかめると、面倒くさそうに本を閉じた。
「うるさいな。なんか用か」
「う、うるさいって何よ! 折角私がこっちから挨拶してあげたって言うのに!」
「実際うるさかっただろ。今もうるさいし。耳が遠いんじゃないのか? 一度医者に診て貰えよ」
「な、な、な、なにをぉおおお!?」
真っ赤になって興奮する海璃をテトラが宥める。
「どーどー。落ち着けって」
「ごめんね間君。海璃ちゃんってこう見えて恥ずかしがり屋さんだから。焦るとつい大きな声になっちゃうの」
「焦ってないわよ雛子!? 恥ずかしくもないし! 勘違いさせるような事言わないで!?」
「あと結構見栄っ張りな。根は良い奴だから勘弁してくれ」
「テトラまで!?」
「フォローしてんだろ」
「男の子が苦手なのは分かるけど。ちょっとは慣れていかないと。ね?」
「そうだけど……。うぅ……」
海璃は恥ずかしそうに啓二を睨んだ。
「なんでもいいが。結局何の用なんだ? この通り、俺は忙しいんだ。話なら手短にしてくれ。それかラインに要点をまとめて送れ。気が向いたら読んでやる」
「なんなのよその態度は!? 昨日の事でちょっとは見直してやろうと思ったけど、大間違いだわ! やっぱりあんたはオタクの変人よ! べぇ~!」
「だな……。流石にこれはオレもフォローしきれねぇ。てかこいつ、マジで昨日のアレと同じ人間かよ」
「あははは……」
鬱陶しそうな啓二の態度に、折角上がった彼の株が急落する。
なんだか夢でも見ていた気分だ。
「えっとね。良いおバイト紹介してくれたから、ちゃんとお礼を言っておこうと思って。間君、ありがとね」
苦笑いで雛子が言う。
テトラも気を取り直し。
「そういうこと。なんつーか色々世話になっちまったし。お陰で欲しかった漫画も買えたし。一応サンキュー、みたいな?」
「あんたの事はやっぱり好きになれないけど! それはそれ、これはこれよ! 礼儀として、形だけでもお礼を言っておくわ! ありがとうございました!」
破れかぶれの喧嘩腰で海璃も叫ぶ。
啓二はニコリともせず。
「礼なんか必要ない。俺にも得のある話だったから紹介しただけだ」
「そうなの?」
「あぁ。店に新人を紹介すると紹介料を貰える」
「なんだよそりゃ!?」
「ほら見なさい! どうせそんな事だろうと思ったわ! ちょっとでもイイ奴かもとか思っちゃった私が間違ってたのよ!」
テトラと海璃は呆れるが。
「でも、間君のお陰で良いおバイトが見つかったのは事実でしょ? そこはやっぱり感謝しなくっちゃ! それで二人とも欲しい漫画や見たいにアニメに課金出来たんだし! あたしだって気になってたラノベ買えたんだもん!」
「それはそうだけどよぉ……」
「まぁ、そうね……」
そこは二人も納得した。
これまで少ないお小遣いでやくりくしていた三人にとっては、漫画やラノベの一冊、アニメ一本に課金するのも勇気のいる事だった。
あれを買ったらこれが買えない。
これを買ったらあれを諦めないと。
三人も年頃の女の子だから、オタクアイテム以外にも欲しい物は幾らでもある。
これからはお金を気にせず欲しい物を幾らでも……とはいかないが、これまでとは段違いに沢山買える。
こんなに嬉しい事はない。
人生が激変したと言っても大袈裟ではない。
そんな三人を嘲笑う様にして啓二の口元がニヤリと笑った。
「なんだお前ら。日払いまでしてオタクアイテムを買ったのか」
「そうだけど……」
「なんだよ! 文句あんのかよ!」
「元はと言えばあんたが悪いんでしょ! アニメがあんなに面白い物だって知らなかったら私だってこんな思いはしなかったのに! お陰でお金はかかるし毎日寝不足よ!」
「はは! そりゃあいい! それなら俺も自分のバイト先を紹介してやった甲斐があったな」
拗ねたような仏頂面は何処へやら、突然啓二は愉快そうに笑いだした。
ポカンとする三人を置き去りにし、上機嫌で語り出す。
「どうせお前らの事だ。口ではあんな事を言っていても、いざ金が入ったらしょうもない事に使うんだろうと思っていたが。そうかそうか。オタ活に使ったのか。やっぱりお前ら、見込みアリだな」
「なんの見込みだよ……」
「オタクの見込みだろ。お前らがオタク沼にハマってくれればそれだけ業界が潤って続編や新作が出る可能性が増える。ご新規様様だ」
「それって間君が喜ぶ事?」
「全オタクが喜ぶ事だ。どんなに素晴らしい作品でも数が売れなくちゃ続きは出ない。どんなに素晴らしい企画だって、買い手の見込みがつかなくちゃ世には出ないんだ。オタクの数が増えればそれだけ名作に巡り合える可能性も増える。オタクと言っても俺が買い支えられる作品の数には限度があるしな。お前らがどっぷりオタクになってくれれば三人分だ。いや、女は男よりも作品に落す額がデカいという説もあるからそれ以上かもな」
「そういえば前もそんな事言ってたね」
なんとなく雛子も納得するが。
「冗談じゃないわよ! 私はただのアニメ好きで、オタクになったわけじゃないんだから!」
「そういうのをオタクの世界ではアニオタと言うんだ」
「だから違うってば! 私に言わせればアニメなんてドラマと一緒よ! 実写か絵かの違いでしかないわ! つまり私はアニオタじゃなくてアニメも見るドラマ好きなの! あんたなんかと一緒にしないで!」
「オレだって漫画好きってだけだし! 雛子も読書の延長でラノベ読んでるだけだよな?」
「う~ん。そうなのかなぁ?」
確かに雛子は前から読書を嗜んでいるが、こんなに沢山読むようになったのはラノベの面白さを知ってからだ。
ラノベだって小説の仲間だから全くの別物とは言わないが、ラノベでしか味わえないワクワクやドキドキだってあるような気もする。
「みんな最初はそう言うんだ。自分はオタクじゃない。たまたまハマったのがオタクの作品だっただけだってな。けど、その内イヤでも他のジャンルが気になるようになる。売る側も必死だからな。ラノベの漫画化、漫画のアニメ化、アニメのノベライズ、ゲーム化にソシャゲのコラボ、声優ラジオにリアイベ、色んな媒体に跨ってメディアミックスしてる。しかもお前らはオタクの巣窟カオスゲートでバイトするんだ。その強がりがいつまで持つか見ものだな」
「またわけのわかんねぇオタク用語並べやがって! オレらはぜってぇオタクになんかならねぇからな!」
「あたしは別に、楽しかったらオタクがどうとかどうでもいいけど……」
「ダメよ雛子! そんな事言ってるとこいつみたいになっちゃうわよ!」
「そうだぜ! やっぱりこいつには必要以上に関わらねぇ方がいい! こいつだってそれを望んでるみたいだしな!」
ギロリとテトラが啓示を睨む。
啓二は少しも怯まずに。
「その通りだ。俺は慣れ合うタイプのオタクじゃないんでな。相談くらいは乗ってやるが、あとは勝手にやってくれ」
「言われなくても勝手にするわよ! べぇ~! っだ! 行きましょう、雛子!」
海璃は雛子の手を引いて退散しようとするのだが。
「ちょっと待って! これ、昨日のお礼! あたしのオススメのケーキ屋さんのマカロン!」
その手をするりと躱し、啓二の机に鞄から取り出した小袋を置く。
「礼は要らないと言ってるだろ。お前が稼いだ金だ。お前の為に使えよ」
「あたしがお礼をしたいから買ったの。つまり自分の為でしょ?」
してやったりと言った顔で雛子は言うが。
「……マカロンなんか食べた事ないし興味もないんだが……」
「だったら猶更食べて見てよ! 絶対美味しいから! 私ばっかりオススメして貰ったらなんか悪いし!」
「……まぁ。そこまで言うなら貰っておくか」
渋々と言う様子で啓二も受け取る。
それを見て、テトラはうんざりと溜息を吐き。
「……じゃあオレも。近所の和菓子屋のミニ羊羹な」
むくれ顔で四角い包みを机に置く。
「そんなに甘い物ばかり食えないぞ」
「日持ちするから好きな時に食えばいいだろ!」
「そうなのか……。知らなかった……」
「そうなんだよ! ったく! お前が嫌味な事言わなかったらこっちも気持ちよく渡せてたんだからな! とにかく、これでバイトの件はチャラだ! ……とは流石にならねぇけど、ちょっとは借り返したからな!」
「いやだから、借りとかそういうのは別にないんだが……」
「お前がなくてもこっちはあんの! 世話になってばかりじゃいらねぇだろ!」
イーっと犬歯をむき出しにして威嚇すると、プイっと席に戻っていく。
そんな二人を困ったように海璃は見つめ。
「テレビで話題になってたデパ地下スイーツよ! 私は二人に合わせただけなんだから! 勘違いしないでよね! あと、これは日持ちしないから早めに食べて! 一応保冷剤は入れておいたから!」
なんだか高そうな包装の小箱を置いていく。
「えー? そんな話してなかったよ?」
「いつもの照れ隠しだろ」
「言わないでよ!?」
騒ぎながら席に戻っていく。
「……そんなに気を使われると逆に申し訳ないんだが」
ぼそりと呟き啓二は三人のお礼を鞄にしまった。
†
その日の夜。
『ありがとう。美味しかった。何処で買ったか教えてくれ』
三人の携帯にそんなラインが届いたとか。
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