第8話 姫騎士色の波紋疾走
店の連中を大人しくさせると、啓二は仕事の説明に入った。
「基本は普通の飲食店と同じだ。客の注文を聞いて料理や飲み物を運ぶだけでいい。特別な点はイベントデーとキャストサービスがあるくらいだ。イベントデーは店全体でイベントをやる日だ。ライブとかゲーム大会、プラモ教室とかみんなで企画を出し合ってそん時のノリで決める。お前らもやりたい企画があれば店長に相談してみろ。好評だとボーナスが出るぞ」
「ボーナス!」
「へぇ。面白そうじゃん」
「キャストサービスっていうのはなによ。まさかとは思うけど、如何わしいサービスじゃないでしょうね!」
「それはお前ら次第だな。キャストサービスってのは俺達キャストが個人個人で決める特別メニューみたいなもんだ。隣に座って喋るとか、一緒にゲームするとか、内容はなんだっていいんだが、客がキャストを指名する形式になる。で、ここからが大事な話だが、キャストサービスの売り上げは時給とは別でそのキャストに加算される。料金設定なんかも自分で決めるから上手くやればかなり稼げるぞ。俺がここでバイトしてるのもそれが理由だ」
「お金、欲しいです!」
「ちなみにだけどよ、どれくらい稼げんだ?」
テトラがこっそり耳打ちする。
「日によってかなり違うが、放課後の数時間でも一万以上稼げるぞ」
「そんなにぃ!?」
「そりゃあんだけ漫画やらなんやら買えるわけだぜ……」
「ちょっと待ちなさいよ! お前ら次第って、如何わしいサービスなのは否定しないの!?」
「この手の商売自体如何わしいと言えば如何わしいからな。今日は来てないが、客とギャンブルして稼いでる奴もいるし。如何わしくないとは言えないだろ」
「あ、そういう如何わしさなんだ」
「おい待てよ。客とギャンブルって……普通に犯罪じゃね?」
「賭け事をやってるわけじゃない。そいつが売ってるのはギャンブル系ゲームの挑戦権だ。1ゲーム1000円で買ったらタダ。四人用のゲームならそれだけで三〇〇〇円になる。とんでもなく強いから客もムキになって連戦する。で、荒稼ぎってわけだ」
「頭い~!」
「そういう事かよ。驚かせやがって……」
「私が心配してるのはそういう如何わしさじゃないんだけど……」
もごもごと海璃が言う。
「エッチな奴だろ。全くないとは言わないが、露骨なのはNGだ。ここはそういう店じゃないから店長も目を光らせてる。バレたら一発でクビだし、そこまで酷くない行為でもセンシティブ判断されたらイエローカードで説教&ペナルティだ」
「ならいいんだけど……」
海璃はホッとしつつも半信半疑と言った様子である。
「ちなみにだけど、どれくらいならセーフなの?」
「ちょっとヒナ!?」
「エッチなサービスするつもりかよ!?」
「ち、違うよ! ただの好奇心! あと、ラインを知らないと気付かない内に違反しちゃうかもしれないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「ヒナって時々ぶっ飛んだことやらかすからな。正直不安だぜ……」
「えぇ~! そんな事ないよぉ!」
「こいつにちょっかい出してオタクになったのは誰だったかしら?」
海璃の発言にうんうんとテトラも頷く。
「ハッキリとしたルールがあるわけじゃないが、俺達の間では〇ーチューブに投稿して大丈夫な内容ならセーフとは言われてる」
「なんだよそりゃ」
「全然分かんない……」
「例を出しなさいよ例を!」
「身体を触らせるような行為は当然NGとして、エロ漫画ソムリエなんかはセーフだったな」
「エロ漫画……」
「ソムリエ!?」
「なによそれ! 完全に如何わしいじゃない! 全世界のソムリエに謝りなさいよ!」
「まぁそうなんだが、エロ漫画自体を違反とするのは店長の主義に反するらしい。あれだって漫画の仲間だし、必要だから存在してる。そいつを店の中で読むのはアウトだが、それについて同好の志と語り合うのは健全なオタク活動の範疇に入ると。そういう事らしい。まぁ、その辺の線引きは結構適当だ。不安なら店長に確認してくれ」
「分かったような分からないような……」
「いや全然わっかんねぇよ!」
「っていうかこの店にはエッチな漫画のソムリエがいるんでしょう? その方が怖いわよ!」
「そう言うな。本人は頭の中がR指定な事を除けばこの店でも数少ない善良な常識人だ。ちなみに女だぞ」
「……って事は、女の人向けのエロ漫画があるって事!?」
「食いつくなよ!? てかヒナの口からエロ漫画って単語を聞きたくねぇ!」
「男向けのエロ漫画があるんだ。女向けのエロ漫画があったっておかしくはないだろ。ちなみにその人はどっちもイケるが、メインは男性向けらしいな」
「聞きたくないし余計に怖くなったわよ!?」
オタクとエロは切っても切れない関係なのだが、最近オタクに染まったばかりの三人に説明しても理解を得るのは難しいだろう。
啓二もそれは割り切って。
「ともかく、そんな感じでここの連中は自分の強みを生かして稼いでるわけだ。お前らも金が欲しかったら人気の出そうなキャストサービスを考える事だな」
「う~ん。そう言われても……」
「得意な事がないってわけじゃねぇけどよ……」
「キャストサービスに出来そうな事となると難しいわね……」
頭を抱えて悩む三人に。
「そう難しく考えるな。とりあえず色々やってみて、好評だったのを残せばいい。他の連中のを参考にするって手もあるぞ」
「なるほど!」
「その手があったか!」
「ふん! たまには良い事言うじゃない!」
というわけで、早速三人は他のキャストを観察しだした。
「ニャー子ちゃんは……。女のお客さんの膝の上で寝てるみたいだけど……」
「あれもキャストサービスなのか?」
「あぁ。ニャー子は猫又設定だからな。猫っぽいサービスを取り入れてる。ちなみにあれは『膝枕コース』だ。ナデナデも可。他にも『猫じゃらしコース』なんかがある」
「膝枕って……。女のお客さんだからセーフだけど、男のお客さんだったらエッチじゃない?」
如何わしい目で海璃は言うが。
「だから女性専用だ。男は『お喋りコース』とか『肩揉み&肩たたきコース』を選ぶ奴が多いな」
「なるほど!」
「そういうのもアリなのか」
「それなら私達でも出来そうね」
次に三人はユリアナに視線を向ける。
「うぉおおお! 震えるぞハート、燃え尽きる程ヒート! 滅びよ悪党! 今必殺の
「………………なんかお客さんと一緒にテレビに向かって暴れてるね」
「よくわかんねーけど。あれってゲームしてんのか?」
「ユリ子は身体を動かすのが好きだからな。体感系とかフィットネス系のゲームをキャストメニューに取り入れてる。一緒にやってもいいし、やってるユリ子を眺めてるだけでもいい。あとは『勇者ユリアナの熱血アニメ同時視聴』とか。ちなみに熱血なのはユリ子であってアニメじゃない。あいつと一緒に叫ぶとストレス発散になると評判だ」
「アニメ同時視聴……。そういうのもあるのね」
すかさず海璃がメモを取る。
最後はシスタードグマだ。
「悩める子羊よ。迷う事はありません。本能の赴くまま、内なる欲望を解放するのです」
「でもドグマさん……。これは夏の水着イベントの為に貯めた大事な石で……」
「だからどうしたというのです? 人生は儚く、明日の事など悪魔にだって分かりません。夏の水着イベントの前に死んでしまう事だってなくはないのです。大事なのは明日ではなく今日、未来よりも今でしょう? あなたは今ガチャが引きたい。ならば引くべきです。その子だってきっとそれを望んでいる。あなたが迎えに来てくれる事を信じて待っているのです」
「……ッ! 確かにそうだ! ありがとうドグマさん! おかげで迷いが消えました! 待ってろサオリ! 先生が今迎えに行くからな! ――ウバァアアアア!?」
「……えーと。あれって人生相談なのかなぁ?」
「その割にはなんかお客さん絶望してるっぽくね?」
「っていうか茫然自失って感じね」
「まぁ、人生相談である事には間違いないんだろうが。ドグマの場合は必ず頭に悪魔のがつく。なにがどう悪魔なのかと聞かれると説明は難しいが、とにかく悪魔的だ」
「不幸になっちゃうって事?」
「それってサービスとしてどうなんだよ」
「……そういうの、私はあまり好きじゃないわね」
というかハッキリと嫌いなのだろう。
ドグマを見つめる海璃の目に軽蔑の色が宿る。
「そういうわけでもない。当たり前の話だが、悪魔教のシスターだとか言った所でドグマは普通の人間だ。必ず人を不幸にする人生相談なんて出来るわけない。悪い結果が出る事もあれば良い結果が出る事もある。俺は彼女に相談しようとは思わないが、彼女に救われたと言う熱狂的な客がいる事も事実だ」
「あぁ、悩める子羊よ。落ち込む事はありません。あなたは自分の欲望に従い、行動に移した。夏の水着イベという堅実な未来よりも、今目の前にいる推しのガチャを選んだのです。それを愚かだと笑う人もいるでしょうが、私はそうは思いません。その愚かさこそが悪魔も魅せられた人間の美徳。真の愛というものでしょう。ガチャの結果は大爆死でしたが、あなたは推しへの愛を貫き通した。素晴らしい事です。その想いは、きっと彼女にも伝わったでしょう。なによりも、あなた自身の誇りになった。違いますか?」
「……その通りです。ありがとうドグマさん。サオリをお迎えする事は出来なかったけど、サオリの先生でいる事は出来ました。石なんかまた貯めればいい! むしろ仕事を頑張って、今度は金の力でお迎えしてやる! 待ってろサオリ! 先生頑張るからな!」
「あの通り、結果の良し悪しに関わらずなんだかんだ客を満足させてるしな。まぁ、詐欺師の手口と言ってしまえばそれまでだが。その辺も含めて悪魔みたいな奴だ」
「はぇ~……」
「よく分かんねぇけど、ヤベェ人なんだって事はなんとなくわかったぜ……」
ちょっと引いてる二人に対して。
「……感動したわ! 確かにその通りよ! ガチャって言うのはよくわからないけど、あのお客さんはドグマ様の言葉で自分を貫くことが出来たのよ! 失敗したのにそれを希望に変えるなんて凄い事だわ! あぁ、私もあんな風になりたい!」
海璃は目をキラキラさせて感動している。
まるで救世主でも見るような目だ。
「悪い事は言わないからそれだけはやめとけ」
「あたしもやめといた方がいいと思うんだけど……」
「海璃って昔から騙されやすいよな……」
「なんでよ!? かっこいいでしょドグマ様!? 悪魔教っていうのもなんか良い感じだし!」
「あぁ、ただの廚二病か」
今までオタクカルチャーに免疫がなかった分刺さってしまったのだろう。
まぁ、三人もいれば一人くらいはその内発症すると思っていたが。
「そういえばK君はどんなサービスやってるの?」
「そうだよ! お前のも教えろよ!」
「どうせろくでもないサービスでしょうけど。折角だから聞いてあげるわ!」
「俺のは普通だぞ。一緒にゲームしたり喋ったり客の要望に応じて着替えるだけだ」
「それだけ?」
「マジで普通だな」
「それでナンバーワンって。やっぱりアレは内輪ネタのおふざけだったって事ね」
「だから最初からそう言ってるだろうが」
と、そこにお一人様の女性客が来店した。
「あ! K君いるじゃん! しかもまだ制服だし! ラッキー! なりきりコースチャラ男で、口調もセットでお願いしま~す!」
「うぃ~っす! なりきりコース入りまぁ~っす! てか咲ちゃん久々じゃん? 元気してた? 最近顔見ないからちょ~寂しかったんだけど!」
「あたしも寂しかった~! もうお仕事ちょ~忙しくて! やっと落ち着いたから久々に来たんだけど、K君目当てだったから居てよかった~!」
「俺も咲ちゃんに逢いたいと思ってたんだよね~! じゃ、サクッと着替えて来るから! ちょっと待ってて~」
別人みたいに軟派な笑顔でピッと額の横で二本指を振る。
その様子に、三人のS級美少女はあんぐり大口を開いて愕然とした。
「……え? なに、今の」
「てか誰だよお前」
「な、なに? 二重人格!? 普通に怖いんだけど!?」
「いやだから、これが俺のキャストサービスなんだが。客の要望に応じた服装とキャラで接客する『なりきりコース』だ。着替えとキャラはそれぞれ別料金。内容に応じて値段設定も変えてる」
「そ、そうなんだ……」
「いやだからって、あんまりにもあんまりだろ……」
「恥ずかしくないわけ?」
「恥ずかしくないと言えば嘘になるが、ある程度は慣れた。仕事だしな。キツイ服装とキャラはその分高く設定してある」
続けていかにもオタクっぽい見た目をした中年男性が入店する。
「おぉ! K殿! 今日は出勤日でござるか! これは運がいい! 後で小生と一緒にレトロゲームで協力プレイなど如何か!」
「佐藤さん。いらっしゃい。こちらこそ喜んで。今接客中なんで、空いたら声かけますね」
「ぬふふ。首を長くして待ってますぞ! まぁ、小生太りすぎて首なんかないんですが!」
「はははは」
微妙なギャグにも完璧な愛想笑いで対応する。
その後啓二は注文通り着替えてくるのだが。
「……えぇ」
「いや、マジで誰だよ」
「完全に別人じゃないの!?」
いかにも陰キャオタクなボサボサヘアは何処へやら、整髪料で整えられたデコ出しのゆるふわチャラ男ヘアに変わっている。
格好だってガイアにもっと輝けと囁かれていそうなアメカジである。
「金取ってるからな。これくらいやらないと失礼だろ」
「だからって変わりすぎでしょ!」
「え~! 全然オタクっぽくない! 普通にかっこいい! 見る目変わっちゃうかも!」
「マジですげぇな。その頭自分でやってんのか?」
「今はな。最初の頃は店長が服選びとかヘアセットをやってくれてたんだが、毎回頼むのもあれなんでやり方を教えてもらった。イメージを伝えれば女の髪もいい感じにセットしてくれるぞ。じゃあ、俺は呼ばれてるから、お前らは適当に給仕でもしてろ。なんかあったら俺を呼ぶか周りを頼れ。今日の客層なら問題はないだろうが――ウェ~イ! 咲ちゃんお待たせ~!」
シームレスにチャラ男化し、女性客の隣に座る。
三人は言われた通り給仕をするが、その後も多くの客が啓二に声をかけ、お着替えやお喋り、一緒にゲーム等の注文を行っている。
ある時は。
「すいません。さっき着替えたばっかりで。次のお着替えは〇時頃になります」
「……じゃあ次の回で。ど、ドS執事、口調付きで……」
またある時は。
「すいません〇〇さん。今日は予約がいっぱいで」
「いいのいいの。K君人気だし、またにするよ」
と、普段から贔屓にされてる様子である。。
「なによあれ……。普通にめちゃくちゃ人気じゃない!」
「誰だよ! ネタ枠だって言った奴!」
「絶対嘘だよね……。普通にお喋り面白いし、ゲームも上手だし、お客さんの名前もみんな覚えてるっぽいし……」
客によって対応を変えているようで、盛り上がり方はマチマチだが、全員が満足した顔で帰っていく。
「んにゃ? だから言ってるにゃ。K君はうちのナンバーワンだって」
「金の為なら自分を捨てて客に奉仕する恐ろしい男だぞKは」
「あれで出勤率が高かったら人気だけじゃなく売り上げもナンバーワンでしょうね」
尊敬と畏怖の籠った先輩の発言に、驚くしかない三人だった。
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