第4話 S級オタクの意外な事実
「今回のオススメも面白かったね! 『ダンジョンにグルメを求めるのは間違っているだろうか』! あたしも冒険者になってモンスター飯食べたくなっちゃった! 本当、間君のオススメにハズレなしだよ!」
「あの野郎はムカつくけど、漫画のセンスは悪くねぇ。流石はS級オタクだぜ」
「悔しいけど、そこだけは同意ね。お陰で毎日寝不足よ。ふぁ~……」
海璃が口元を押さえて上品に欠伸をする。
あれから暫く経ち、S級美少女の三人はすっかりオタクに染まっていた。
啓二が教えたオススメ作品を三人で楽しみ、学校で感想を言い合うのが日課になっている。
それ自体は悪い事ではない。
新規が増えれば業界が潤い、新作が出たり作品のクオリティーアップに繋がる。
不本意なのは三人が啓二をオタク相談窓口のように扱っている事だ。
面白い作品を教える場合でも、雛子は小説、テトラは漫画、海璃はアニメがお好みである。
それで三人で感想会をしたいと言うので、合致する作品を選んでやらなければいけない。
他にも海璃の為にオススメの動画配信サービスを入会まで含めて手配したり。
とにかく面倒くさい。
そんなもの自分でやれよと思うのだが、邪険に扱うと三人でピーチクパーチク騒ぎ出す。
無関係であるはずのクラスメイト達もアーダコーダと黙っていない。
結果余計に面倒な事になるので、仕方なく相談役に甘んじている。
(……まぁ、今回は長編を勧めたから暫くは大人しいだろう)
そう思って今日も今日とて買ったばかりのラノベを読んでいたのだが。
「ねぇ間君。ちょっと聞いていい?」
さっきまで感想会をしていたはずの三人が啓二の所にやってきた。
啓二はゲッソリと溜息を吐き。
「……今いい所なんだが」
面倒くさそうに三人を睨む。
「相変わらず不愛想な野郎だぜ」
「誰もが羨むS級美少女の私達があんたみたいな冴えないボッチの陰キャオタクを頼ってあげてるのよ。むしろ感謝して欲しいくらいだわ」
海璃はふわりと艶やかな黒髪をかき上げる。
偉そうな態度に啓二の目がジトっとした。
「礼儀を覚えて出直して来い。モブ女」
「きぃいいいいい!? 誰がモブ女よ!」
「気持ちは分かるが流石に今のは海璃が悪いって」
激昂する海璃をテトラが羽交い絞めにする。
「そうだよ海璃ちゃん。親しき中にも礼儀ありって言うでしょ?」
「こんな奴親しくなんかないわよ!」
「だったら猶更。間君だって忙しいのにあたし達の為に時間を割いてくれてるんだから。意地悪したらオススメの作品教えて貰えなくなっちゃうよ?」
「そうだけど! ……なんかこいつムカつくのよ!」
「安心しろ。こっちはもっとムカついてる」
「こういう所!」
テトラに羽交い絞めにされながら、ブンブンと海璃が腕を振る。
「だから落ち着けって。話が進まねぇから!」
「ごめんね間君。海璃ちゃんって人見知りでちょっと素直じゃない所があるの。でも本当は友達思いでとっても良い子なんだよ?」
(だからどうした)
そんなもの、なんのフォローにもなっていないと思うのだが。
言った所で始まらないのでスルーしておく。
「で。用件は何だ」
「ぶっちゃけ金の話だ。漫画ってラノベより進み遅いっぽいじゃん? 二人についていこうとすると金が足んなくてさ」
「間君ってラノベとか漫画沢山持ってるでしょ? 保存用と布教用まで買ってるし。お金とかどうしてるのかなぁって。あたしも色々オススメして貰ったラノベ読みたいんだけど、お小遣いが足りなくて……」
「私はあんたが教えてくれた定額サービス使ってるからそんなにかからないけど。どうせなら三人で感想言い合いたいし。なにか良い方法知ってるなら教えなさいよ」
知ってるがそんな態度の奴には教えたくない。
そんな目をして啓二が睨むと、海璃は「うぅ……」と悔しそうに。
「……教えてください! お願いします! これでいい!?」
キレ気味に言い直した。
啓二はやれやれと溜息を吐き。
「全くよくないがこれ以上長引くのも面倒くさい。今回はそれで妥協してやる」
「なによその態度!? この私が頭を下げてやってるのに――モガモガッ!?」
テトラはムギュッと海璃の口を塞ぎ。
「サンキュー! 間!」
「ありがとう間君! 助かります!」
「礼はいらない。面倒だから早く済ませたいだけだ」
つっけんどんに言うと、早速啓二は助言を始めた。
「方法は色々ある。個人的にはあまり勧めたくないが、安く済ませるなら古本が手っ取り早い。人気や新しさにもよるが、ラノベや漫画なら半額以下、安けりゃ百円くらいで手に入る」
「マジかよ!?」
「そんなに安いの!」
「似たような方法でフリマアプリやオークションサイトを使う手もある。探す手間を惜しまなければ古本屋より安く済む場合もあるが、品質は保証出来ないな」
「……ふん。言うだけあって詳しいじゃない」
バカにするように海璃が言う。
ジロッと啓二が睨むと。
「なによ! 褒めたんでしょ!?」
(……そんな風には聞こえなかったが)
一々つっかかっても仕方ないので。
「俺だって見てただけだ」
「ハイ先生! あんまりオススメしないのはなんでですか?」
割り込むように雛子が挙手する。
「……別に先生じゃないが」
「そんだけ詳しけりゃオタク先生だろ」
こちらも悪気なくテトラ。
啓二は溜息を吐き。
「簡単な話だ。古本やフリマだと作者に金が入らない。出版社的にも売れたとカウントしないから続きが出にくくなる」
「あ……そっか」
「安いのは魅力的だけど、それはちょっと嫌ね。素晴らしい作品を生み出した作者様にはしっかり相応の報酬を払いたいわ」
海璃の発言に啓二の目がキョトンとする。
「な、なによその顔。文句あるの!?」
「……いや。まったくもってその通りだ。モブのくせになかなか分かってるじゃないか」
褒められて、海璃の頬が赤みを帯びた。
「と、当然でしょ! オタクの世界はよく知らないけど、好きなドラマとかはお小遣い貯めてブルーレイとか買ってるんだから! ……っていうかモブって言わないで! 私には辰巳海璃っていう素敵な名前があるの!」
「そう言われてもな。俺は別にお前に名前で呼ばれるような関係にはなりたくないんだが」
「……なによそれ。そこまで嫌う事ないでしょ……」
悲しそうな顔で海璃は言う。
「勘違いするな。お前に限らず俺にとってリアルの人間はみんなモブで興味がない」
海璃は呆れ果て。
「……つくづくろくでもない男ねあんたって」
「今更だろ」
「ねぇ?」
「あぁ。言われるまでもなく自覚している」
「それでいいわけ!?」
「ほっといてくれ」
「てか、どうせ買うなら新品がよくね?」
「だよね。あとあたし、他の人の使用済みはちょっと抵抗あるかも……」
「なら電子書籍って手もある。古本やフリマには流石に負けるが、紙の本で買うより安い事の方が多い。割引やポイント還元のキャンペーンをやってる事も多いしな」
「あ。だから間君電子書籍オススメしてくれたんだ?」
「あぁ。それに電子書籍は紙の本と違ってかさばらないし周りの人間になにを読んでいるか分かりにくい」
「確かに……。人前でラノベ読むのはちょっと恥ずかしいかも……。って、勘違いしないでね! ラノベが恥ずかしいって言ってるわけじゃないから! 慣れたら女の子の表紙も可愛いって思ったし! 目覚めてない人はそうじゃないって言うか……」
「言い訳する必要はないだろ。ラノベに限らず表で読むには恥ずかしい表紙の作品があるのは事実だ」
「だよねぇ……」
雛子はホッとしたように胸を撫でる。
「でも、それじゃあなんで間君は紙の本で漫画とかラノベ読んでるの?」
「特定の書店で紙の本を買うと特典が付く事があるし、微力だが宣伝効果を狙える」
「特典!? そんなのあるの!?」
「ある。書き下ろしSSやイラストカード、掛け替えカバーとか色々あるぞ」
「はぁ!? そんなの集めたくなっちまうだろうが!?」
「あぁ。だから悩みどころだな」
「ていうか、私達みたいな美少女ならともかく、あんたみたいな冴えないオタクが読んでたって宣伝効果なんか狙えないと思うけど」
「もう! 海璃ちゃん!」
「一々絡むなよ……」
「だ、だってぇ!」
呆れる二人に海璃は「つい口から出ちゃうのよ!?」と言いたげな顔をする。
事実なので啓二も気にしない。
「その通りだが、全くのゼロではないだろ。実際、そこの女は食いついてきたわけだし」
「……確かに?」
雛子は曖昧に同意する。
ラノベに興味があったと言うよりは啓二に近づく為の出まかせと言った方が正しい。
だが、啓二がラノベを読んでいなければあんな風に声をかける事もなかったのかもしれない。
「かぁ~! 悩ましいぜ! 金がねぇから安く抑えたいけど特典は欲しい! てか、オレ的にはやっぱ電子なんたらより実物を集めてぇんだよな! 空っぽだった本棚に漫画が増えてくのを見るとなんか嬉しいし!」
「わかるわかる! よくわかんないけど嬉しいよね!」
「その気持ち、私も分かるわ。棚に並んだドラマのブルーレイボックス見てると宝物って感じがするもの」
三人のやり取りに啓二の鼻がバカにするように笑う。
「なんだよ! 笑う事ねぇだろ!」
「そういう所がムカつくの! オタクだからって私達の事見下してるでしょ!」
「ん~。違うじゃないかな。海璃ちゃんと同じで、そんなつもりじゃないと思うけど……」
「あぁ。そういう系?」
「ちょっと!? 納得しないでよ!? 私は全然違うでしょ!?」
「それはこっちの台詞だが、別にバカにしたわけでも見下したわけでもない。むしろ感心したんだ。オタクってのはなにかとコレクションしたくなる種族だからな。そういう気持ちが分かるなら、案外お前らは素質がありそうだ」
「わぁ~い! 間君に褒められたぁ~!」
「褒められたのか?」
「冗談でしょ! 私達は別にオタクじゃないわよ! たまたまあんたのオススメが面白かっただけ! 良い物は良いって認めるのは当然でしょ!」
「なんでもいいが。古本やフリマはダメ、電子書籍より現物が欲しいとなると、これはもう一つしか方法はないぞ」
「むしろ一つでも方法がある事驚きだぜ」
「教えて! 間君!」
「きっとろくでもない方法に決まってるわよ」
三者三様の反応を見せる美少女達に啓二は言った。
「簡単な話だ。金がないなら稼げばいい。バイトだな」
ズコっと三人が肩でコケる。
「それはそうだろうけど……」
「それが出来れば苦労してねぇよ!」
「期待して損したわ! そんなの無理に決まってるじゃない!」
「何故だ? 俺はバイトでオタ活にかかる費用を稼いでいるぞ」
真顔で言う啓二に三人がピシリと固まる。
そして時は動き出し。
「「「「「うえぇぇぇぇええええええ!?」」」」」
三人だけでなく、教室中の生徒が驚き叫んだ。
こんなS級の変人オタクを雇うバイト先があるなんて!
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