第3話 俺から見たらお前らなんかただのモブだ

「ねぇ! ねぇ! ねぇえええ! 二人もこのラノベ読んでよぉ! 絶対面白いからぁ~!」

「イヤだ!」

「絶対嫌よ!」

「なじぇ!? こんなに面白いのに! 読んだら絶対人生変わるから! 目から鱗がポロっと落ちるよ! こんなに面白いラノベ読まないなんてもったいないよぉ! あたしの布教用貸してあげるからぁ~!」

「余計に嫌だわ! オレはオタクになんかなりたくねぇ!」

「雛子こそそんな本読むのやめて! お願いだから正気に戻って!」

「あたしは正気だよ! むしろ今までの方がどうかしてたの! ねぇ? ちょっとだけ、一章だけでいいから! そしたら二人もあたしの言ってる事が理解出来るから!」

「勘弁してくれ……」

「なんでそんなに勧めたがるのよ!? 絶対変! やっぱりその本、読んだ人をオタクに変える呪いの本なんだわ!」

「違うよ! あたしはただこのラノベについて二人とお喋りしたいだけ! っていうか誰かと語りたくて仕方ないの! だから読んで! 今読んで! じゃないとあたし、胸のモヤモヤが爆発してどうにかなっちゃいそうだよぉおおおお!」


 頭を抱えて絶叫する雛子を見て二人は思った。


 駄目だこいつ……はやくなんとかしないと……。



 †



「……で、俺の所に来たと」


 読みかけの漫画をパタンと閉じ、鬱陶しそうに啓二が呟く。


「元はと言えば全部てめぇのせいだろ!?」

「あんたのせいで雛子がおかしくなっちゃったのよ! 責任取って元に戻しなさいよ!」

「間君からも二人に説明して! このラノベはおかしくないって! むしろ最高の一冊だって! あとオススメのラノベあったら教えてください!」

「後でラインで送ってやる。今漫画が良い所だしお前らの問題なんか知った事じゃない。内輪揉めなら他所でやってくれ」

「は?」

「なんであんたが雛子のライン知ってるのよ!?」


 ガタガタガタ!?


 クラスのモブ男子達も色めき立つ。


 S級美少女は高嶺の花だ。


 気軽に話しかけるなんてもっての他で、こちらから近づく事すら躊躇われる存在である。


 ラインを交換した事のある男子なんかいやしない。


 それなのに、こんなオタク風情がどうやって!?


「こいつがしつこく頼むから仕方なく教えてやったんだ」


 啓二だって別に雛子の連絡先なんか興味ない。


 が、ラノベについて教えて欲しいと言われたら無視できない。


 新規が増えれば業界が潤い、それだけ続編や新作が出る可能性が増すのである。


 聞いてもいない感想を送ってこられるのは鬱陶しいが。


「だってラノベって沢山あってどれ買ったらいいのか分からないんだもん……。っていうか間君既読スルーしすぎだよ! なんで返事してくれないの!?」

「面倒くさい」

「「「面倒くさい!?」」」


 三人が声を揃えて唖然とした。


 一応こちらはS級美少女なんて呼ばれる程度には人気者だ。


 男子相手にそんな事、一度だって言われた事がない。


「お前らと違って俺は忙しいんだ。ラノベに漫画、アニメにゲーム、Vチューバーの配信その他色々。オタクとして布教に繋がる事は最低限付き合ってやるが、それ以上相手をする義理はない」


 真顔で言い切る啓示を見て、三人の美少女がポカンと口を開ける。


「……えーと。一応あたし、学校ではS級美少女とか呼ばれてるんだけど……」

「お前、雛子を見てなんにも感じねぇのか?」

「あり得ない!? だってこんなに可愛いのよ!?胸だってこぉおおおんなに大きくて、男子なら誰もがお近づきになりたいと願う憧れの存在でしょうが!?」

「ふぎゃぁ!? 海璃ちゃん、掴まないで!?

「フッ」


 啓二の鼻が小馬鹿にするように笑った。


「笑われた……」

「て、てめぇ、なに笑ってんだよ!?」

「おかしいんじゃないの!?」

「あぁ悪い。お前らがあんまり滑稽なんでな。生憎、こっちの世界にはお前らより可愛いヒロインが山ほどいる。リアルではS級かもしれないが、俺から見たらお前らなんかただのモブだ」

「ただの……」

「モブ!?」

「私達がモブ!?」


 三人どころか、教室にいる全員が唖然とした。


 だって三人は誰もが認めるS級美少女だ。


 男子だけでなく、女子にだって憧れられている。


 廊下を歩けばすれ違う者皆振り向かせ、「可愛い」「綺麗」「かっこいい」とうっとりさせずにはいられない。


 どう考えても主人公格。


 モブだなんてあり得ない。


「何度も言わせるな。それに俺には嫁がいる。はなからお前らなんか眼中にない」

「嫁って……あの嫁!?」

「……って事はお前、結婚してんのか!?」

「あり得ないわよ! どれだけ早くても男子は18歳まで結婚出来ない決まりでしょ!?」

「現実ではな。けど、こっちの世界じゃ違う。誰もがいつでも好きな相手を嫁に出来る」

「……えっと」

「……それってもしかして」

「……漫画のキャラの話?」

「漫画じゃない。小説だ。ラノベ史に燦然と輝く超傑作、∞の使い魔インフィニットファミリアのメインヒロイン、レイス・フランベルジュ・ルパート・ドラコーン・インフィニット。この世で最も美しく可憐で高貴な女の名だ」

「「「………………」」」


 三人は言葉を失い、「ちょっとタイム」と手をTの字にして背を向けた。


「ど、どうしよう……。間君、思ってたよりアレな人かも……」

「完全にアレだろ! ぶっちぎりでアレだって!」

「いくら何でもアレ過ぎるでしょ!? 怖すぎて鳥肌立っちゃったわよ!?」


 ガタガタと震えなら海璃が言う。


 元からヤバい奴だと思っていたが、これ程までとは知らなかった。


 だってラノベのキャラをマジで嫁とか言っているのだ。


 完全に頭がどうかしている。


 こちらがS級美少女なら向こうはS級キモオタである。


 そりゃ三人の魅力が通じないのも納得だ。


「……どうする? オレ、正直もうあいつと関わりたくないんだけど……」

「ダメよテトラ! 向こうはS級キモオタなのよ!? このまま放っておいたら雛子までああなっちゃうじゃない!?」

「流石にああはならないよ!?」

「そんなの誰が保証できるの!? 今だって十分過ぎるくらいおかしいじゃない!?」

「あたしはただ二人と一緒にこの感動を共有したいだけ! それってそんなにおかしい事!?」

「あんなオタク本で感動してる事自体異常だって言ってるのよ!? それに気づいてない雛子も異常よ!? 本当にあなたどうしちゃったの!?」

「だーかーらぁ! あたしは正気だってば! ラノベだってただの本だよ! すっごく面白いだけの普通の本! どうして分かってくれないの!?」

「ダメだこいつ……。完全に洗脳されてるぜ」

「……こうなったら、無理やりにでもオタク本を取り上げるしかなさそうね……」

「え? う、嘘だよね? そんな酷い事……」

「悪いな雛子……」

「これもあなたの為なのよ……」

「いやああああああ!」


 折角出会ったラノベだ。


 まだまだ読みたい本が山ほどある。


 今読んでる本だってめちゃくちゃ面白くてすごくいい所なのだ。


 取り上げられるわけにはいかない。


「た、助けて間君!?」


 ちょっと目を離した隙に、啓二は漫画を読むのを再開していた。


 その身体を盾にするように向こう側に逃げ込む。


「喧嘩なら他所でやれって」

「そんな事言わないでよぉ!? あの二人、あたしからラノベを取り上げようとするんだよ!?」


 涙目で訴えられ、啓二はうんざりと溜息を吐いた。


「……それは流石に見逃せないか」


 読みかけの漫画を閉じて二人を睨む。


「なんだよ! てめぇには関係ねぇだろ!」

「そうよ! 引っ込んでなさい!」

「そうしたいのは山々だがな。少子化のせいで出版業界も厳しいんだ。物凄く面白いのに売れずに消えるラノベの多い事……」

「はぁ? てめぇ、なに言ってんだ?」

「意味不明な事言ってないでそこをどきなさい!」

「断る。ここは俺の席だし、こいつは貴重なご新規様だ。お前らの下らない友達ごっこで潰させるわけにはいかないぜ」


 啓二の言葉にテトラがギリっと奥歯を噛む。


「言ってくれるじゃねぇかキモオタ野郎……。ごっこじゃねぇ! 雛子はオレ等の親友だ!」

「そうよ! 私達、小学校の頃からずっと一緒だったんだから!」

「だったら好きにさせてやれよ。知りもしないでこいつが好きだって言ってる物を貶して、挙句の果てに力づくで没収だ? そんなのただの毒親だろ。親友のやる事じゃないぜ」

「そ、それは……」

「テトラ! 耳を貸しちゃダメ! これがこいつの能力なのよ! それっぽい事言って周りを洗脳してるんだわ!」

「なにが能力だアホらしい。お前こそラノベの読みすぎだ」

「なっ!? そんな汚らわしい本読んだ事ないわよ!」

「だとしたらもっとひどいぜ。現実と妄想の区別がついてねぇ。お前みたいな奴が魔女狩りをやるんだ。自分は正しいで~すって顔してな」

「そんな事……」

「ないなら引っ込んでろ。現実の世界には便利な魔法も都合の良い催眠アプリも存在しねぇ。こいつはただお前らと感動を共有したいだけだ。それを嫌がるのはお前らの自由だが、だからって取り上げるのは違うだろ」


 海璃は黙った。


(……催眠アプリってなに?)


 そんな疑問を抱きながら。


 啓二は雛子を振り返り。


「お前も。傑作を読んで感動するのは結構だが、嫌がる相手に無理やり勧めるのはご法度だ。普通に考えて迷惑だろ」

「うぅ……。でも、だったらこの気持ちはどうしたらいいの? あたし一人じゃ抱えきれないよ……。誰かと語りたくて爆発しそうなの!」

「知るかよ」

「そんなぁ!? そこは俺が相手をしてやるって場面じゃないのぉ!?」

「こいつがラブコメでお前がヒロインならそうだろうが。残念ここは現実で、俺にとってお前はただのモブAだ」

「またモブって言ったぁ!?」


 がび~んと雛子がショックを受ける。


「……まぁ、ラノベのキャラと比べられたら、あたしなんかモブみたいなものかもしれないけど……。クスン」

「お。ようやく理解したか」

「嬉しくないよ! もう、間君の意地悪! あたしの事オタクにしたくせに無責任だよ! もうちょっと助けてくれてもいいと思います!」

「俺としてはこれ以上ないくらい助けてやってると思うんだがな……」


 やれやれと肩をすくめる。


 面倒だが、啓二は助言してやることにした。


 とっととこいつらを追い払って漫画の続きを読みたいのだ。


「一応お前S級美少女様なんだろ? その辺の男子に頼めよ。喜んで相手してくれるだろうぜ」


 啓二の発言に、モブ男子達が一斉に「「「「「はい!」」」」」と手を上げる。


「それはちょっと……。でも……う~ん。この際仕方ないのかなぁ……」


 昔から可愛くて胸の発育が良かった雛子である。


 そのせいで色々嫌な目にもあってきた。


 だから正直男子は苦手なのだが。


 背に腹は代えられない……。


「冗談じゃねぇ!」

「男共を近づけるくらいなら私が読むわよ!?」


 血相を変えて二人が言う。


「え? いいの!?」

「よくはねぇけど……」

「他に手がないんだから仕方ないでしょ! 本当、雛子は一度言い出したら聞かないんだから!」


 心底渋々な態度の二人に、雛子はぱぁ~! っと大輪の笑顔を咲かせた。


「テトラちゃん! 海璃ちゃん! 大好きぃ!」


 バイン! っと二人の(片方はほとんどないが)胸に飛び込む。


 そして啓二を振り返り。


「ありがとう間君! お陰でなんとかなったみたい!」

「礼なら俺じゃなくてそっちの二人に言え。あと、めんどくせぇからそいつらを心配させるような事はするな。こっちが迷惑する羽目になる」

「うん! そうする! ありがとね! テトラちゃん! ありがとね! 海璃ちゃん!」


 二人の胸にぐりぐりと頭を擦りつける雛子を抱きしめると。


「……オレは礼なんか言わねぇからな」

「っていうか、こうなるって分かっててわざと雛子をけしかけたんでしょう! この卑怯者!」


 テトラと海璃は恨むような目で啓二を睨んだ。


 その頃には啓二は漫画に戻っていて、そちらを見もせずシッシと手を振る。


「がぁあああ! マジでムカつく!」

「あんたなんか賞味期限の切れた牛乳飲んでお腹壊しちゃえばいいのよ!」


 捨て台詞も無視して啓二は漫画を読み耽る。


 と、そこで昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。


「……いい所だってのに」 


 忌々しそうに呟くと、啓二はパタリと漫画を閉じた。



 †



 翌日。


「間くぅぅぅううん!?」

「今度はなんだよ……」

「それがね! 聞いてよ! 二人ってば酷いんだよ! 約束したのに小説読んでくれないんだよ!?」

「読まないんじゃねぇ! 読めねぇの!? 普段小説とか読まねぇし、長い文章見ると眠くなっちまうんだよ!」

「テトラ程酷くはないけど私も同じね。ドラマだったらよく見るのだけど」

「そんなぁ!? やっと三人であの感動を共有できると思ったのにぃいいい!? ねぇ間君! なんとかならない? 初心者でもラノベを読めるようになる裏技とか!」

「そんなもんあるかボケ」

「デスヨネー……」

「――と言いたい所だが。こいつらと感動を共有する方法ならなくはない」

「ほ、本当!? 教えてぷりぃ~ず!」

「漫画とアニメだ。明日持って来てやる」


 †


 翌々日。


「ぶぁははは! マジウケる! この漫画最高かよ!」


「……う、えぐえぐ、うぁああああん! なによこのアニメ! 最高じゃないのぉおおお!?」


『どう? みんな観終わった?』

『まだ途中。やべぇ。くっそ面白れぇ』

『今いい所だから後にして』

『ラジャッ!』


 携帯を胸に抱き、雛子はニコニコで呟いた。


「はぁ~。早く明日にならないかなぁ~!」

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