第5話 魔将軍ゾルト

 荒れ狂う砂塵を巻き上げながら、颯爽とした足どりで進む2組の人馬。

 その中には魔王の王女グロリアと、彼女の側近であるスカーレットがいた。


「殿下、今後の話ですが、まずは城塞都市マジェスティアに向かいましょう」


「マジェスティアへ向かうのか……それは最短ルートではないと思うけど、何か理由でもあるの?」


 ルナティカから王都エルシリウムに向かうルートは複数あるが、城塞都市マジェスティアを経由する場合は少々遠回りとなる。

 だが、マジェスティアの兵は無傷だし、物資の蓄えも期待できる。

 勇者一行は他の都市には目もくれず、王都だけを襲撃したためだ。


「はい。一刻も早く王都に帰還すべきと言いましたが、マジェスティアには豪傑として知られている魔将軍ゾルト殿がおられます。可能であれば協力を仰ぎたいと考えております」


「えっ!ゾルトは存命なの?あれ程の武人が王都救援に行かなかったなんて……何故……」


 魔将軍ゾルトは父上が任命した四天王の一人でオーガ族の豪傑だ。

 片手で大剣を扱うほどの剛力と臨機応変に動ける判断力を兼ね備えた武人だ。

 そんな男がなぜ王都救援に動かなかったのか……私には理解できなかった。


「ゾルト殿は陛下の命令に従い、マジェスティアを動かなかったようです。三殿下とは異なる行動ですが、結果から見ればマジェスティアを守り通したとも言えます。気になるようでしたらご自身で確認してみてはいかがでしょうか」


「そうね。ゾルトが良からぬことを企んでいなければよいのだけど……」


「万が一の場合は、私が命に変えても殿下を逃しますのでご安心ください」


「そのようなことを言わないで。今はお前が頼りなの……一人だけ死ぬことは許さないわよ」


 そんな事を言いながらも、心の奥底ではやはりゾルトの行動が気になっていた。

 その一方で、マジェスティア経由のルートは危険なのではと思いつつも、豪傑のゾルトを配下に加えることが必須のようにも感じるのだ。


「スカーレット、今度は別の話になるんだけど……。即位後、どのような方針を取るべきだと思う?やはり勇者討伐に取り組むべきかしら……」


「人間界とは和睦をすべきでしょう。状況的に降伏に近い形となってしまいますが、これ以上戦争を続ける余力はありませんのでやむを得ないかと」


「そうか、まずは民を守ることを最優先すべきなのね。しかし……従わぬ者も出てくるでしょうね」


 敗戦の事実を受け入れることができない者は多いだろう。

 私だって……父上の仇を討ちたいと思っているのだ。

 弱腰の王についていけないと考える者がいたとしても不思議ではない。


「そうですね、現時点の殿下は弱小勢力ですから謀反を起こす者は出てくるでしょう。ですから早めに体制を固める必要があるのです」


「ゾルトを配下に加えるのはそのような理由なのね」


「はい。確かにゾルト殿の動きには気になる点も多いのですが、ここは何としても配下に加えていただきます。殿下のカリスマ性が試されますね」


 カリスマ……私にそれがあるのかしら?



 期待と不安を抱えたまま、私達は城塞都市マジェスティアに到着した。

 守備兵にグロリアの名を告げると、すぐにゾルトが出迎えに現れた。


「グロリア殿下……お待ちしておりました。ご無事であること、ゾルトは嬉しく思います」


 恭しくひざまづき、臣下の礼をとるゾルト。


「ゾルトもマジェスティアをよく守ってくれた。父に代わって礼を言う」


「……もったいないお言葉にございます。部屋を用意させましたので、少し休まれてはいかがでしょうか」


 何かを言いたそうな表情でゾルトは答えた。


「そうさせていただこう。今後の話をしたいので、少し休憩したら作戦会議室に案内してくれるか」


「承知いたしました。拙者も殿下との会談を待っておりました」


 ゾルトのここまでの様子に不審な点は無い。

 やはり、考え過ぎだったのだろうか。


 部屋の一角には大きな風呂があり、その中からは湯気が立ち上っていた。

 長旅の疲れを癒やすには、やはりこれが一番だ。


 汚れた服の代わりに黒く美しい着物が用意されていたので、それに着替える。

 はて……この着物、どこかで見たような気がするのだが。


 ベッドに横たわり、少しだけ仮眠をとる。

 思えば満足な休憩はとれていなかったのだろう、あっという間に深い眠りについていたようだ。


「殿下、会議のお時間です」


 スカーレットに起こされて、目が覚めた。

 私は頬をパンパンと叩き、深呼吸をしてから立ち上がった。そして、決意を新たに作戦会議室へと向かった。



(注)魔界の一般的な服装は和装をイメージしてください。食事は洋風です。

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