秘密のおまじない、三つのおまじない

けーくら

秘密のおまじない、三つのおまじない

 秘密のおまじない。


 一つ目は『何を願うか』

 二つ目は『何処に書いてあるか』

 三つ目は『秘密の言葉』


 秘密にできれば願いは叶うかも。

 バレたら願いは絶対叶わない。

 そんな良くあるおまじない。

 そんな秘密のおまじない。

 それは危険なおまじない。



◇◇◇ 教室には小学四年生


 私は御簾みす市という街の小学校に通っている。名前は飯富鯖おぶさば美瑠みる


 そしてこれが私のおまじない。

 そう、美瑠のおまじない。


・スマホとケースの間に挟まれた秘密の願い

・愛用のメモ帳の最後のページに書かれた秘密の場所

・消しゴムの蓋の中に秘密の言葉


 三つに分けた秘密の願い。

 隠し通す。絶対に隠し通すんだから!


 その時、クラスのイジワル三人組が机に座る私を囲んできた。リーダーの松田まつだ、子分の疋田ひきた夢島ゆめしまだ。

 この三人組はおまじないがクラスに流行り始めた頃から『おまじない狩り』というくだらない遊びをしている。


「スマホとメモ帳と消しゴムだろ? どうせ、好きな人が書いてあるんだろー」


 リーダーの松田のムカつく声。図星されたので思わずその三つを手と体で隠す。


「な、何でっ……」

「やっぱり、当たり! 当たりだ、それ、奪えー!」


 しまった、バレた!

 既にクラスでは犠牲者も出ている。田中さんは『将来の夢』が、山田さんは『好きな人の名前』が白日の元に晒された。

 山田さんはよっぽど恥ずかしかったのかバレてから自宅に引き篭もりよ!


「ほれほれ、囲んで奪え! チューしたい奴でもいるのかー」

「わー、エロイなー!」

「や、やめて! やめてよー!」


 涙が出てくる。三人で取り囲んで取っていこうとする。ダメ、こんなの、無理よ!

 松田は消しゴム、疋田はスマホ、夢島はメモ帳を奪おうとする。


「ほら、消しゴムをゲットだぜ」

「よし! こっちはスマホだ!」

「ダメよ。見ないでよ! こ、この秘密の呪文は本当に秘密なの!」


 やだ、バレちゃう!

 私も引き篭もりになっちゃう!

 ギュッとメモ帳を持った夢島の腕を力任せに引っ張ると、逆に苛立ち紛れに強く腕を振り払われた。


「うるせー!」

「きゃー! 痛い!」

「あっ!」


 床に尻餅をついてしまう。少しビックリする夢島だったが、仲間に見つめられて引くに引けなくなったようだ。


「……引っ張るお前が悪いんだ! それっ、みんなに発表だー!」


 メモ帳をパッと開く瞬間、いつも隣でボーッとしてる暇田ひまた眠音ねむおくんがサッとメモ帳を奪ってくれた。


「いじめるのは良くない」

「い、いつも地味なくせに! しゃしゃり出るなよ!」


 少し眠そうに、また呟いた。


「女の子を突き飛ばしたのはダメ。先生に言うよ」

「うっ……」

「そっちも返して。そしたら黙っといてあげる」


 残りの二人にも手を伸ばしてボソリと言った。


「……クソ!」


 二人ともポイっと眠音くんに返してくれた。そしたら三つを机でトントンとやって重ねてからそっと渡してくれた。

 あっ、お礼言わなきゃ。


「ありがとう。大事なおまじないなの」

「へー……」


 少しの沈黙。


「眠音くん、何で守ってくれたの?」

「な、何となく……」

「ふーん」


 また沈黙。


「い、いや、席隣だし!」

「ふーーん」


 とびきりの小声。


「……名前書いてあったら恥ずかしいし……」

「えっ?」

「何でもない! そ、そうだよ! な、な何のおまじないなの? す、す、す好きな人の名前なの?」

「んー……好きな人と一緒にいる為に必要なおまじない。だから守らなきゃいけないの」

「?……ちょっと難しいね」

「でもね、守らないとダメなの」


 そう。私はこのおまじないの秘密を守らなきゃいけないの。

 グッと両手を握り締め、力を込めて自分に誓う。その姿を見られていることに気付いて少し恥ずかしくなる。


「そうなんだ……じゃあ手伝ってあげる。」

「えっ?」


 優しい声。初めて眠音くんが笑ったところを見た。


「一緒に秘密を守ってあげる。楽しそう」


 何故か私の顔が赤くなっていくのが分かる。焦って答える。


「ひ、秘密は教えないよ!」

「良いよ」


 わー、即答だ。


「変なの……」

「そっちもね……」


 そして二人で笑い合った後に、指切りして約束しあった。



【フェーズ1】


◇◇◇ 教室には小学五年生


 眠音くんがトイレに行っている間に、遂に秘密の一つが奪われてしまった。スマホケースに挟まれた秘密の手紙。皆の前で疋田が見せびらかす。

 松田と夢島が私の体を後ろから羽交締めにしてるから取り返せない!


「ダメ! 読まないで! 離してよ、このスケベ!」

「うるせー、疋田、早く!」


 疋田がスマホから手紙を取り出して卒業証書のように仰々しく両手に持って読み始めた。


「えーっと、あっ、やっぱり! 秘密の願いは『好きな人』だって!」

「わー、エローい!」

「ほら、次の読めよ」


 すると、メモ帳や消しゴムではなく、スマホの手紙をじっと見たまま怪訝そうな顔をした。


「何だこりゃ?」

「あっ! やめなさい、ホントにやめて!」


 しまった!

 扉が開いちゃう!


「んー、なんだ? えーっと、『ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅるふ……』」


 ずどん。

 その瞬間、空気が凍り付いた。一瞬で窓の外が暗闇に変わる。クラスの皆の目が見開かれる。座り込んだり頭を抱えている。

 そう、まず最初はまるで現実のような濃密な悪夢が現れる。

 泣き出すことすらできない。

 目を見開き耐えるだけ。


「だからダメっていったのに……」


 ダメだ。もうダメよ。また繰り返しだわ。


「な、なんだ、なんなんだよ!」

「隣町の学校の噂聞いたことない? あるクラスで一人を残して殺人鬼が殺しちゃったって」

「えっ、テレビのニュースじゃ嘘だったって……」

「いえ。私はあの時の生き残りなの。頑張ってね」

「な、なにを?」


 ほら、悪臭が漂い始めた。


「これから殺戮が始まるの。私は見ているだけ。だからあなた達ががんばるしかないの」

「……何だよ……なんだよ、それは、何なんだよー!」


 感情が戻ってきたのか、やっと泣き出したり、怒り出したりしている。扉から逃げ出そうとする生徒もいた。しかし少しも動かない。まるで壁の絵のように動かない。


「いやー! 何なの、何なの!」

「ヤダヤダヤダ、怖い怖い!」


 でも、もう遅いの……もう……。


「もう、どうせあなた達死んじゃうのよ。ダメだった。またダメだった!」


 涙しか出ない。私は見ていることしかできない!


「ぎゃーーーー!」


 その時、人じゃない悲鳴が響き渡る。

 ふと消臭剤を片手に眠音くんが現れた。


「クトゥルフは悪臭とともに現れる。だから、悪臭を吸い取ってしまえばいい」


 突如として鏡が割れるように窓から見える暗闇が割れた。結界が壊れていく。


「えーーっ?」

「守ったよ」

「なぜ?」

「守るって約束したじゃん」

「えーーーっ!」


 そして日常の風景に突然戻された。

 突如として再開される日常。


 私は唯、呆然と隣の男の子を見つめるしか出来なかった。



【フェーズ2】


◇◇◇ 教室には中学二年生


 いつも同じクラスの男の子、暇田眠音くん。

 三年間、いつも隣の席だった。


「ねえ、今日のお弁当、自慢の唐揚げなんだ。一緒に食べる?」

「食べるよ。美瑠さんの家の唐揚げ美味しいから。だし巻き卵と交換でいいですか?」

「……言わせないで。ダイエット中なの。カロリーを返さないでよ」

「ははは。では、謹んでお受け取りしますね」


 といった感じで楽しく学校生活をエンジョイしてました。


『ピンポンパンポーン。二のAの暇田くん、職員室まで来てください』

「あっ、呼ばれてるから、ちょっと行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 手をフリフリお見送り。

 ドアを開けて出ていく様を見つめる。

 すると、例の三人組の松田、疋田、夢島が久々にちょっかいを出してきた。


「よーよー、いつも隣の眠音は居ねーぜ」

「うっさい、三人組、来んなよ」


 カチンとしたのかムキになる夢島。


「生意気なんだよ、お前!」


 その時、パッとメモ帳を机の上から奪い取られた。

 またっ!


「やめなさい! いい加減にして。返してよ!」

「いえーい、秘密ゲット! 愛用メモ帳をゲットだぜ。さーて、何が書いてあるかな?」


 しまった!

 油断した!


「やめて!」

「えーっと、なになに、秘密の言葉の書いた場所は『消しゴムの蓋の裏』だってよ!」

「おぉっ! 好きな人の名前が消しゴムに書いてあるぞ!」

「や、やめて!」


 頬が火照るがしょうがない。

 消しゴムだけは死守しないと。バレちゃう!

 消しゴムを両手で抱えて机に突っ伏す。


「ん? 続きがある……えっと……」


 しまった、浮かれてた!

 ヤバい。『もう一つの秘密』がバレる!

 また扉が開いちゃう!


「何だ、『いえ、いえ、しゅぶ・にぐらす……』、なにそれ?」


 ずどん。

 次の瞬間、学校の壁と天井が全て爆発したかのように無くなった。辺りは不気味な赤黒く低い雲が立ち込め、重たく蒸し暑い空気が充満していた。

 クラスメイトや他の学年の生徒はおろか、近くの街の人も、ただ湿った黒い土の上に居た。


「ここは何処なの?」

「な、何が起きた!」


 また……また守れなかった。


「だから言った! 私は忠告した! もう終わりだ。南北アメリカとアイスランドが一夜で崩壊したのを知ってるか?」

「な、何を言ってんだよ? 核実験の失敗と火山の噴火だろ? それと何の関係があるってんだよ」

「そうよ。同じよ。もう終わりだわ」


 いつの間にか周りのビルが倒壊している。辺りは激しい爆撃でもあったかのような風景に変わっていた。すると、異形のモノが夢島の前の地面から浮き上がってきた。


「シュブニグラス、千匹の子を孕みし森の黒山羊。こいつは生きとし生ける者の体液を吸い尽くす。そして千匹の子を孕む。その千匹が千匹の子を産むの。この島は……この国はもう終わりよ」

「あああぁぁ……やめてくれー」


 山羊のような頭の異形の者が地面からゆっくりと現れる。そして、胴体から無数の針が突き出ていく。夢島は腰が抜けているのか身体が動かない。

 ダメだ。また秘密を守れなかった……私がこの国を滅ぼしてしまった……って。


「ぎゃーーーー!」

「えっ?」


 突然、人じゃない悲鳴が響き渡る。

 眠音くんがジョウロで山羊の頭に水をかけていた。


「山羊は雨が苦手。だから水をかけてやれば良い」

「えーーーっ!」


 森の黒山羊の体毛はずぶ濡れになり、ぺたりと頭にくっついていた。特徴的な横向きの瞳に幾許かの悲しみが浮かぶと、また地面に沈んでいった。その瞬間、赤黒い雲は晴れて全員学校の中に引き戻された。

 刹那に皆は先ほどの怪異など無かったかのように日常に戻っていた。夢島は何故か漏らしていたので、残りの二人が慌ててトイレに連れ込んでいく。


「……お漏らしした子を放って置かないなんて、思ったよりしっかり友達してるのね」


 呆然としていて、何から考えれば良いか分からない。

 ふと意識が戻ってきた。


「はっ! 眠音くん! あなたは――」

「――守ったよ」

「な、な、なな何故?」

「守るって約束したじゃん」

「えーーー! あ、あ、あなた、絶対私のこと好きでしょ!」


 思わず私の口から飛び出る謎の台詞。

 えっ?

 もうこうなったら、突き進むしかない!


「ななななな、なにを急に!」

「教えて! 誰が好きなの?」

「ひ、秘密!」


 よし、何とか優位に立ったわ!


「じゃあ、それがあなたの秘密ね。いつか、あなたの秘密を暴いてあげる」


 すくっと立ち上がり(個人的に)色気のあるポーズを決める。すると、しっかり照れてくれた眠音くん。隣の椅子に座って横を向いている。

 耳を真っ赤に珍しく焦っている。

 だから、約束を一つだけしよう。


「眠音くん、お願いがあります」

「な、な何でしょう」

「仲良くして下さい」

「……あぁ。そりゃ仲良くするよ」

「では、消しゴムを守って下さい。必ず守って」

「わかった。約束する」


 私達はもう一度、指切りをして約束した。



【フェーズ3】


◇◇◇ 講堂には大学二年生


 中学も高校も隣の席。だから大学も隣の席に座れるように勉強を頑張ったの。

 死ぬほど頑張ったわ。引くほど頑張ったのよ。

 ふふふ、おまじないを叶えるには努力も気合も必要なのよ!


「良く、この『加藤第二工科大学』に入れたなぁ。感心しちゃうわ、自分自身にね」

「美瑠さん、僕が家庭教師として努力したからだよ。君の学力じゃ、この御簾みす市の加藤第二工、略して大は厳しかった。感謝してくれ給え」

「ふふふ、眠音くん、ありがとね」


 というわけで、同じ大学、同じ講義、いつも隣の席の男の子は継続中。

 でも、入学早々風邪を引いたらしく、今日は風邪でお休みと連絡があった。


「心配ね。暇だしお見舞いでも行こうかな……」


 何度か眠音くんの実家には行ったことがある。

 あのベッドで寝てるのかな。アイスでも買ってやるか。

 ちなみにお付き合いはしていない。仲の良い友達関係は続いている。


「まさか私の約束を守り続けているのかな……」


 独り言もアンニュイよ。

 少しだけ頬が火照るのが分かる。

 すると、銃を持った三人組が入ってきた。悲鳴が響き渡る。


「全員消しゴムを出せ!」

「消しゴムの蓋を取れ!」


 何これ? 何の夢? 悪夢なの?

 私はリア充なのよ。テロリストの襲撃なんて厨二な妄想はもうしてないわ!

 その時、近づいてきた男が目出し帽を取った。何故か松田だった。

 えっ、妄想? 夢? えーーっ、現実なの!

 銃を突きつけて消しゴムを奪っていく。


「貴様が持っている秘匿情報をやっと入手できた! 遂に『消しゴムの蓋』を入手したぞ!」


 どれだけ暇なのよ!

 どれだけ根に持ってるのよ!

 違う、何かに気付いている!


「だめよ、好きな人の名前しか書いてないわ!」


 ニヤリとする松田。


「なになに、秘密の言葉は『いあ、いあ、んぐああ、んんがい……』、ははは、これが世界の秘密だーー!」

「流れ読めよ! 三回目だろ! このバカーーー!」


 ずどん。

 その瞬間、世界の半分が消滅した。


「終わりよ。ヨグソトースが顕現するわ。第十四次元のパラレルワールド七六〇二の消滅は知らないの?」

「なんだと、我々は十二次元までしか観測できていない……貴様、何者だ」

「私は全てを観測するだけ。でも、この世界はもう終わる。もう会えない。もう行かなきゃ……って、もしやこの流れは…………あっ」

「ぎゃーーーー」


 またも人じゃない悲鳴が響き渡る。

 うそーん、ヨグソトースの気配が消える。世界の破滅が止まる。


「誰も何者なのか、物質なのか精神なのか、有るのか無いのか、分からないもの。だから無いと決めつけた。ヨグソトースなど存在しないと決めつけた」


 マスクをしてドテラを着た眠音くんがそこに立っていた。既に気絶した松田から消しゴムの蓋を取り返してくれている。


「えーーーっ!」

「守ったよ」


 眠音くんが笑っている。


「それだけ?」

「そう。概念だから消えるよ」

「また……守ってくれたの」

「守ったよ」

「なぜ?」

「ま、守るっていったから」

「ねぇ、それだけ?」


 私が問い詰めるとあからさまに挙動不審になった。顔も更に赤くなる。

 世界の半分が壊れ、その残った半分ももうメチャクチャだ。そんな世界の終わりの中、二人で見つめ合って会話を続ける。

 大事な話。それは秘密の話。


「そ、そ、そそれだ……」

「あなたも秘密にしてることあるでしょ?」

「えええええ」

「多分、分かった。私が秘密を守るからダメなの。あなたも秘密を守ってるからダメなの」

「えええええええ」

「ほら、あなたの持っている消しゴムの蓋の裏を見て」


 ボロボロの消しゴムの蓋の裏には「足利あしかが逸人はやと」と足の速そうな名前が書かれていた。


「あっ……僕の名前……じゃない!」


 ぱりん。

 何かにヒビが入る音がした。

 でも、そんな音を気にせずに、びっくり顔でこちらを見つめてる。

 うぅ、その件は申し訳なく思うわ。だってクラスで流行ってるからやっただけ。叶おうが叶わなかろうが、本当にどっちでも良い願い……じゃない!

 そう。決して叶って欲しくなかった願い。


「しょうがないじゃない! 足が速い子は小学生にはカッコよく見えるものよ。だから適当に、書いたの」

「そ、そうなんだ……」


 怪訝そうな顔をした眠音くん。私は目を合わせたまま、そっと呟く。


「願いが叶えば私は次の世界に移る法則ルール。だから叶わない願いを……叶える必要のない願いをおまじないにした」

「そ、そうなんだ……」

「秘密がバレれば世界は壊れる。秘密が叶えばこの世界からサヨウナラ。だから……分かったの。秘密を守って自分の言葉でバラさなきゃダメ」

「じゃあ美瑠さんの秘密を教えてくれるの?」

「まずは眠音くん、あなたの秘密。あなたは私が好き。それがあなたの秘密、でしょ?」

「あっ……」


 ばりん。

 刹那に世界にヒビが入る。


「そして、私は観測者オブザーバー。この世界を観測する。この世界が壊れたら別の世界を観測する。それが私の役割。これが私の秘密」


 ばりん。

 ヒビが大きくなる。世界に見えていたものがひび割れていく。


「そして、最後の秘密。私もあなたが好き。これで私は観測者失格。もうこの世界の住人よ。だからこんなことは終わり」


 ぱりん!

 甲高いガラスが割れるような音と共に世界が壊れた。今まで世界そのものに見えたものは鏡に映るだけの世界だった。世界の全ては鏡が割れるように崩れ落ちていく。すぐに二人の立つ床にもヒビが入った。

 私は両手を広げて叫ぶ。


「守ってよ!」

「もちろん!」


 眠音くんが私に強く抱きついた。

 その瞬間、二人は何処かに落ちていった。そして私は安心しながら目を瞑る。

 もう、どうなっても良いわ。



【フェーズ外】


◇◇◇ 教室には小学四年生


 いつもの教室。

 二人の姿は小学四年生に戻っていた。


 消しゴムの蓋はバラバラ。スマホの中の手紙はビリビリ。メモ帳はズタズタになっていた。


 そして……隣町の小学校では殺人鬼は現れず、南北アメリカもアイスランドも平穏無事、世界の半分も壊れていなかった。


「あっ……戻った?」

「そうね。あのパラレルワールドから帰るためには、やっぱり二人が秘密をばらさなきゃいけなかった」

「そうなんだ……それにしてもビックリだ。十九才の記憶のまま小四なんて天才少年だよ」


 それぞれ細い手足を眺める。そして自分の服に描かれた謎な柄を眺めて顔を赤く染める。

 これは……私のセンスじゃないわ!

 でも、二人で微笑み合う。


「殺伐とした思春期だったわ。濁った水の中を泳いでいるようだった。どうしようもない青春を歩むとこだった。というより悲惨な最後を迎えるしかないと思っていた。だから、私は、眠音くん、あなたとやり直したい」

「そうなんだ。じゃあ、ただの小四から二人でやり直そうか」

「ふふふ、このことは二人だけの秘密ね。これが守られている間はこの世界は平和よ」

「また秘密……えっ? じゃあ別れたり、浮気したら――」

「――速攻で秘密を暴露して、この世界も壊すから!」


 食い気味に脅す。


「そんな力。まだあるの?」

「うぅっ……わ、分かんない。もう普通の女の子かもしれない」

「……」

「……」


 じっと上目遣いで眠音くんを、私の好きな人を見つめる。ここで例の三人組が見つめ合う二人を囲んでいることに気づいた。


「お前らエロい!」

「付き合ってるのか? じゃあチューしろ」

「チューしろー!」


 眠音くんはニコッと、いや意地悪そうに微笑むと、さっと私の腰に手をやり抱き寄せる。


「どちらでも良いや。僕の初恋は君だ。この気持ちは永遠に変わらないから」


 そのままキスされた。

 呆然とする三人組を放置して、私も満面の笑顔を恋人に向ける。そして最後のセリフを口に出す。


「観測終了を宣言します」


 何も起きなかった。


 こうして唯の小さなカップルが一組成立した。

 この世界の安定は確定した。

 どちらかが心変わりするまで。


◇◇◇


 ちなみに初恋が成就するのは1%だけ。

 だから、この世界の安定も1%の確率だけかもしれない、というのは、この世界だけの秘密だ。


Fin

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