遼響のルナティック
塚紗りむ
第1話 笑顔の彼方に①
砂の匂い。空気が擦れる音。地脈がズキズキと震えている。
地面を軽く蹴り、半回転する。標的は、何処へ行った。
「ハル! そっち、行ったわよ!」
リティが七時の方向から叫ぶ。俺は上半身を無理やりねじって向きを変え、銃口を標的に向ける。
「よし、これでっ……って、あっ!」
くそっ、逃げやがった。どこ行った?
俺の視野には居ないが、気配は感じる。
どっちだ……?
頬に触れる空気の揺れと、足元を流れる地脈の鼓動、肌を気味悪く撫ぜるような気配は、
「
カズサの声は聞こえたが、とっさに反応できなかった。
「あ、」
次の瞬間にはもう、俺の右脚からは、血が吹き出していた。ドクドクと、全身が心臓になったように脈打っている。
やばい、痛い。痛いけど、死にはしないだろうな、なんて能天気なことを考える。
遠距離からだが、カズサが治療してくれてるみたいだ。じわじわと痛みがひいていく。
「はぁぁああっ!」
「これでも……喰らいなさいっ!」
ロロとリティの声。
大きく竜巻が起こり、その中を赤い花弁が踊り、標的……「アニムス」を刻んでゆく。
空に消える竜巻が、刻んだアニムスの残した光子を空に運び、赤い花弁と共にキラキラと消えていった。
どうやら終わったらしい。達成感が何とも微妙で、思わず小さく溜息をついた。
「はぁ……。ハルは相変わらず鈍いのね」
リティが武器をしまいながら、呆れたような言葉を投げてくる。俺と同い年の女子、リティ……リリティア・フィオーレは、そういう奴だ。
「ちょっとぐらい心配してあげたって良いと思いますよ、リティ」
俺の脚の治療を負え、苦笑するのは、カズサもとい
「心配? どうして。こいつが鈍いから悪いんでしょ。ロロより反応悪いとか、どうかしてるんじゃないの」
ひどい言い様だ。確かに今日は調子悪かったが、どうかしてる、とまで言われる筋合いは無いはずだ。
「そんな日もあるって。
リティの弟であるロロ……ロロティオ・フィオーレは困ったように笑う。リティに罵られ慣れてんだろうな、ロロは。まあ俺も割と慣れたがな。慣れって恐いものだ。
「時間の無駄だわ。さっさと帰りましょう」リティは俺たちを一瞥して、変身を解き、帰る為の「穴」を開いた。
俺、ロロ、カズサも変身を解き、後に続く。
「穴」を通ると、俺たちの拠点である建物に戻ってきた。
いつもと変わらない、無機質な空気が流れている。比較的、人の気配は多い日のようだけれど。
帰還エリアから、フロアの中心に位置する受付へと向かう。
「『ルナティック』リリティア以下四名、帰還しました」
そこに座る女性に、面倒くさそうにリティが言った。
「お疲れ様。ふぅん……まあまあね。貴方たちにしては、苦戦したかしら」
その女性……受付担当の
「ハルが鈍い所為よ」
むっとしたリティが、アメジストみたいな瞳でしつこく俺を睨んだ。
「なんだよ。昨日はリティがヘマしてたクセに」
いい加減しつこいから、言い返してみる。さぁ、どう出る……?
「はぁ? 昨日のは、陽芽が集中狙いされてたから、助けに入っただけじゃないの」
名前を出されて言い訳にされ、カズサは微笑んで口をひらく。
「あのくらい、リティが援護してくれなくても余裕でした。昨日のリティの怪我は、明らかにリティ自身のミスです」
「何よ陽芽! あんた一昨日は、術はずしてあたしに当てかけたでしょ」
「今は昨日の話でしょう? それに一昨日のあれは、時遼君が弾道に入ったから急遽変更しただけです。リティに当たっては無いですし、はずしたわけでもありません」
「カズサ? さらっと俺の所為にしてないか」
「時遼君の所為と明言はしていません。まあ事実そうですが」
「やっぱりことごとく悪いのはハルなんじゃない」
こいつら……!
まったく。どいつもこいつも、負けず嫌いな奴ばっかりだ。悪い奴らでは無いんだがな。
「茶番はもう良いわ。とりあえず部屋に戻りなさい。あとの五人がお待ちかねよ」
やれやれと笑う沙友さんにそう促され、俺たち四人は、俺たちのチームの部屋へ戻ることにした。
「遅かったねー」
カップケーキを頬張りながら楽しそうに出迎えたのは、俺の妹、
「待ちくたびれたよ。四人で三十分もかかるなんて、鈍くさいにも程があるんじゃないの?」
あくびをしながら毒づくのは、
「なんだ? またロロかハルがヘマしたのか?」
なんとも豪快に鷲掴みでクッキーを食べながら嫌な笑みを浮かべて、俺とロロを交互に見るのは、ひとつ年上の、ミワにぃもといミワネス・フェンリルス。
「ミワ君、ロロ君かハル君しか失敗しない、みたいな言い方は良くないと思うな……」
自身の長い金髪に埋もれながら、小動物みたいにクッキーをむぐむぐ食べてるのは、チーム内最年少、アリスもといアリエラス・キャンベル。
「アリエラス。半ば事実なんだから仕方ないだろう」
そして、眼鏡を押し上げながら冷徹に言い放つのが、チーム内最年長、我らがリーダー…別名インテリ眼鏡の、セナ・アヤビシさん。
「ええ、その通りよ。今日はハルがやらかしてくれたわ」
色素の薄い栗色の長髪をかきあげ、リティは俺を恨めしそうに見た。しつこい。
「あのなぁ……。ミワにぃもセナさんもリティも、さすがに酷くないか? 失敗の数は全員同じぐらいのはずだ」
今日という今日は、ガツンと言ってやる。俺とロロの名誉に関わるからな。
「確かにミスの数自体は同じようなものだが、ひとつひとつの質を考えたら、おまえとロロティオが明らかに多いぞ、
眼鏡をおさえながら、あからさまに呆れた顔をしてセナさんは笑う。こいつは他人を馬鹿にする時は決まってフルネームで呼ぶんだ。
どう言い返したものかと考えていると、はぁ、と大きく溜め息をついて、桃月が椅子から降りた。
「今更な事実を確認してどーすんの。時間の無駄じゃん。で、カズサ。わざわざ『三時ぐらいに全員集合してください』なんて、何なのさ」
気怠げな桃月の声を聞き、あっ、とカズサが声をあげた。チャリっと鍵型のペンダントが音をたてる。
「兄さんが、近いうちに九人揃ってメディカルチェックに来いって言ってたんです」
えー、と不服そうに頬を膨らますのは音乃。
「また? めんどくさいよお。そんなにたくさん検査しなきゃいけないの?」
カズサの兄……アサさんもとい
俺たち九人は、他の連中とは魔力のパターンが「違う」らしい。だから他の連中とは検査の内容とかがかなり違うそうだ。それが原因で、俺たち九人は「チーム」だという。
違うって、一体何が違うというのか。
事実としては知っているし、何度も説明された。だけど、いつまでも納得が出来なかった。
「まあそう言うなよ音乃。アサさんだって、俺らを気遣ってくれてるんだ。とりあえず行こう」
消えない不満に蓋をして、俺がなだめると、音乃は仕方ないなぁ、と笑い、いかにも甘そうなミルクティーを飲み干した。
腕時計の針は、三時ちょうどをさしていた。
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