超絶美少女が防犯ブザーを鳴らそうとしてたので全力で無罪を主張する
平乃ひら
超絶美少女が防犯ブザーを鳴らそうとしてたので全力で無罪を主張する
手を出さなければ小さな女の子を見守るのは合法だ。
しかし夜の公園、頼りない街灯の下、スーツ姿の女がしゃがみ込んで小学生ぐらいの子の両手を掴み、人を容赦なく変態不審者という名のお巡りさん案件に仕立て上げる防犯ブザーを鳴らそうとしているのを止めているこの図は、果たして合法と呼べるのだろうか。
夜の九時。私の常識ではあんまりランドセルを背負った小学生が歩き回る時間帯ではない。ちょっと残業して食材購入して帰り途中でベンチに座っている美少女がこっちを見つめていることに気付き、仕事で疲れ切った私の頭の中は『男が幼女に声をかけるのは事案、女がショタに声をかけるのは事案、ならば男の人は男の子と、女の人は女の子に声をかければいい』とフル回転から生み出された奇跡のような答えによって――心配だからベンチに座っている女の子の前にしゃがみ、声を掛けたのだ。そうしたら無言&無表情のまま防犯ブザーを鳴らそうとしたので、獣的直観と己が社会的生命を賭けた死の淵に見せるという驚異的な身体能力を発揮して今の状況に陥っている。
「あ。あの~、別にお姉さんは危ない人じゃないよー?」
「知らない大人が声をかけてきたら鳴らすのが常識です」
「うーん実に正しい反応なのでお姉さんとっても感心しちゃうけど、この場合こんな時間に一人でいる君のことが心配だからね、声をかけただけだからねー」
「言い訳無用、御用でござる」
「どこで覚えたのそれ? じゃなくて、お父さんとお母さんは?」
「……しらないです」
ぷい、と顔を背けてしまった。これは厄介な件に首を突っ込んでしまったのかもしれない、ぷいっとした顔は可愛いけど厄介なんだろうな、顔可愛いけど。あ、ほんと可愛いな。ほっぺたつんつんしたい。
「でも一人でいると今度は本当に危ない人が来るよ。ほら、家まで送ってあげるからね。帰ろう?」
「帰りません。お姉さんが一人で帰ってください」
「んー、どうしてもだめ? 私に帰って欲しい?」
「お姉さんが帰ったら私も帰ります」
「じゃあ君が帰るまでお姉さんもここにいよっかなー?」
「な!」
なんかよくある感じで良い具合に話を持っていこうとしているが、私の手は依然としてブザーを鳴らそうとしている少女の手を掴んでいる。これ第三者が見たら確実に通報案件だ。ブザー要らずの社会的抹殺が待ち受けている恐怖が私の背中にぶわっと汗を噴出させる。職を失って田舎に帰るのはいやだ、田舎に帰るのはいやだなー!
「お姉さんは関係ないです。早く帰って明日の仕事に備えてとっとと寝るべきです」
「そうしたいのは山々なんだけどね、今手を離したらブザーがね? じゃなくて、一人の大人として子供を放っておくことなどできません。せめて君の家まで送らせて」
「うー!」
「うなってもダメです」
「うー……わ、わかりました……じゃあお姉さんの家ならいいです!」
………………ん?
「お姉さんの家に帰ります。それならいいですよね」
よくはないが?
え、どういうこと? さすがの私も警戒心が上がるってもんよ? 逆だ、警戒心MAXの子が泊まりたいって言ってきたら混乱も混乱しまくりよ?
「いきましょう、お姉さんの家に!」
――いきましょう!
ああもう、可愛いなぁくそぉ!
どうしてこうなった?
穢れなき純白な幼女を家に連れて帰ってしまった。お金を使う暇があんまりないから割と貯まってしまい、おかげでアパートではなくマンション購入して暮らしていたりするけれど、完全に一人で暮らす気だったから誰かがいるという違和感もそうだがそんなことより、今、目の前に、お風呂上がりの! だぼだぼシャツ着た! 髪の長くて柔らかそうな幼女が! ほかほか幼女が!
もちろんご飯は食べさせたからね! さっきと違ってぽっこりおなかがそれを物語っている!
「お姉さん、お風呂ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げてくる。うん、素直でよろし可愛い。
おかしいなー、私そんなケがあったかなー、今私の頭の中では理性という名の英雄ヘラクレスばりな人間と「暑かったらちょっとぐらいシャツ脱いでも大丈夫だよゲヘヘ」と囁く下劣極まりない悪魔が猛烈な死闘を繰り広げている。がんばって私のヘラクレス。負けるな私のヘラクレス。私がロリな趣味かそうじゃないかは君の性癖にかかってるんだからね? あ、ギリシャ神話の性癖駄目そうな気がする。
「ぎ、牛乳飲む?」
「え、あ、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるたびに、濡れても柔らかそうな髪の毛が流れるのが可愛い。
冷えた牛乳をコップに入れて彼女に渡し、さっき彼女の学生証から自宅への電話番号を見つけて電話を掛けたことを思い出す。……結論からいうとそのまま家に泊めて欲しい、とのことだった。
電話先の相手、実は知り合いだった。というか私が学生時代の新任教師で、当時付き合っていた男性との間に子供ができてすぐに辞めちゃったんだけど、短い間にとても仲良くなった記憶がある。なので「あなたなら安心ね」の一言で決まってしまったのだ。いいのか、本当にいいのか? 謎が謎を呼ぶんだが?
あ、そうか、あの時膨らんでいたお腹にいた子がこの子なんだぁ。感慨深いなぁ。
んく、んく、と牛乳を飲み干した少女の口元が白く、優しくタオルで拭う。
「あ、ありがとう……ございます……」
「あれ、どうしたの。顔が赤いけどのぼせちゃった? シャツ脱ぐ?」
「シャツ?」
「なんでもございませんッッッ! でも本当に大丈夫?」
と、彼女の額に手を伸ばす。熱はなさそうかな。
「はわわわわ!」
ぱん、と手を払われ、彼女は「も、もも、もう寝ます!」と声を張り上げてオロオロしだす。まぁ寝床分かんないよね。でも手を払われたの、お姉さん結構ショックです。
「そっちのベッド使っていいよー」
「え、あれお姉さんのベッドじゃ……」
「大丈夫、私泥酔して帰ってきたときは大概ソファで寝てるから慣れてるもん」
「お姉さん、だめすぎです……ひととしてどーなんです……?」
おっと、子供は容赦なく痛いところを抉ってくるねー。人としての駄目出ししてきたよー。
「ほら、君はベッドで寝てなさい。こっちはまだ明日の準備とかあるから、遠慮しなくてもいいの。ね?」
「……」
彼女は何かを考え込んだ様子を見せた後、きゅっと眉を寄せてこちらの袖を掴んできた。
「お、お、お姉さんも一緒のベッドで寝ましょう!」
――ホワイ?
いやなんで英語?
いやいやいや、それよりも今なんていいました? 一緒に寝る? それはどういう意味ですかホワイ?
「お姉さんのベッドを私だけで使うなんてわけにはいきません」
「んっふー! いやそれはそうかもしれないけどアレコレ危ないからダメだよー!」
「あぶない?」
ひょい、と首を傾げられた。さらりと流れる前髪がたまんなくて理性も流れそう。
「とにかくお姉さんは私と一緒に寝るべきです。寝ないと防犯ブザー鳴らします」
「それ酷いご近所迷惑なやつ! わ、わかった、わかりました。じゃあ君と一緒に寝るから、ちょっと準備してきていい? シャワーも浴びたいし」
「もちろんです。待ってます」
許可を得た、というのも変な話だけれど、私は妙に念入りに体を洗い歯磨きをしてから部屋に戻ると。
「あれ」
さすがにもう眠気も限界だったのだろう、布団も被らずに横になってスヤスヤ寝息を立てている女の子の傍に座って、そっと髪をなでる。……大丈夫、これは可愛いなーという我が子を撫でるときのような感情なのでやましい気持ちはありません。セーフ、セーフです。
「ん」
と、油断をしていたら袖を掴まれた。まさか起きてた、と思ったらそんなことはなく、無意識でこちらを掴んでいるみたいだ。
「ふふ、お母さんでも思い出したのかな」
ああ、子供を持つってこんな気持ちなのかな。先生のあの時の気持ちがわかるみたい――
「……ママがパパすててそのおんなのひととけっこんするなら、いえでするぅ……」
「ん?」
今なんか凄い寝言をお呟きになりませんでしたでしょうか?
「わたしもぉ、きれーなとしうえのおんなのひと、つかまえりゅからぁ……」
……これでもね、同僚や大学時代の友人が酒でぶっ倒れて寝たのを介抱しつつ何度も寝言を聞いたことがありますよ。ええそりゃぁもうね、色々笑えるネタがありますよ。
だけど今のこの子から聞こえてきた寝言って、それら全てを木っ端微塵に吹き飛ばすほど強烈で闇深くて先生マジで何がどうしましたかー! 子供が呟く内容じゃないもん! この子さらっと私を狙ってた! 私幼女の獲物と化してた! 隠していたことってそれかー! あ、それはそれで……いやいやいやダメダメダメ、いくら恋人いない歴=年齢でも初めての恋人が恩師の子供で年齢差が犯罪直結とかちょっとそれは帰りたくない田舎にすら帰れなくなるから! 私の住所が監獄になるのだけは駄目ー!
……いかん、一旦落ち着け私。
むにゅ、と眠っている少女の横顔を眺めながら、その身体に布団を掛ける。
やっぱりソファで寝るかな、と腰を浮かしたけれど、袖をがっしり掴まれたままでは離れようにも離れられない。仕方なしに溜息を吐いて私も同じベッドで横になる。放してくれるまでここにいるしかないしねー……。
自分にも布団を掛けると、彼女のぬくもりがふんわりと伝わってきた。
「う、思ったより暖かくて、そしていい香りなのはなんで……同じシャンプー使ってるよね……?」
これが若さの特権? いや、幼女の特権? 幼女の香りはいい香り?
「……ダメダメ、変な事考えない。大人の理性は砕けない」
なので、その子の寝顔をずっと眺めながら――気付けば、私も誘われるように深い深い眠りに沈んでいった。
目を覚ますと、そこにはエプロン姿の幼女が立っていた。
「はい、起きてくださいお姉さん」
「……。え、妖精?」
「何の話です? とにかくご飯作りましたから、食べてください」
おっと寝惚けてた。妖精ではなく小学生のエプロン姿でした。てへ、間違い間違い。うん、なんとなくヤバイ間違いだぞ私。
「あ、はい。うーん、何もしてないのに朝からお味噌汁の香りがする~。ここは天国かー」
「変なことを言わないでください。……そ、それより顔を洗ってきてください」
「ん、そうね。偉いね、私より早く起きて準備してくれるなんて。でも今度から台所に立つときとか、ちゃんと私に言ってからにしてね」
「やっぱり今後もいいんですか?」
……やっぱり?
首を傾げたが、起きたばかりの頭ではさっぱり何も分からないため、私は幼女に言われた通り顔を洗いに行く。
「んー、歯も磨いて顔も……顔……ん?」
なんだろ? 何か……首筋に赤っぽい跡が……?
えっと、これは……え、これ、まさか、あの子の唇の痕では……?
思わず洗面所から飛び出して彼女に目を向け、その痕を指差す。
「お姉さん、寝顔がきれいでしたから」
その子は微笑みながら自分の下唇に右手人差し指をそっと当てて、告げる。
「私との『痕跡』、残しちゃいました。ママも毎日メールくれるならこっちにいていいっていうし、これからもよろしくお願いします」
……先生、いや、オイ、母親?
「毎日、お姉さんのお味噌汁、作りますね」
新婚さんか!
思わずツッコミそうになったが……うん、この子の味噌汁は毎朝飲みたいぐらいおいしかったのです……。
「首筋の『秘密』、誰にも言わないでくださいね」
言えません……!
まったくもって下心も意図的なものもない小悪魔的な幼女との暮らしが唐突に始まろうとしていたなんて、世間一般的にも隠しておくしかないじゃないですかー!
朝から心の中で絶叫する私でしたとさ。
超絶美少女が防犯ブザーを鳴らそうとしてたので全力で無罪を主張する 平乃ひら @hiranohira
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