復啓、秋風のような声の君へ

青燈ユウマ

日記

 

 □月□日

 やぁ、君に合わせて返事を書いてみることにするよ。

 はは、俺に興味を持ってもらえて嬉しいな。

 え? ノートに遺言を書かないのかって?

 生憎、俺はノートに残すほどのご立派な言葉は持ち合わせていないんだ。


 □月□日

 やぁ、返事をくれて嬉しいよ。

 君とまた語り合える幸運に感謝したい。

 そうか、俺は雨の匂いか。初めて言われたよ。俺の周りにも君みたいな感性の持ち主はいないからな。

 俺は君の言葉に風を感じるよ。寂しい素風のようで、其の実、とても美しいんだ。


 □月□日

 やぁ、返事をくれて嬉しいよ。

 幸か不幸か、未だに生き残っている。

 今日も俺が差し出した手を取って、踊ってくれる者はいなかった。

 そう、俺が戦場で聞いたのは「死の舞踏」

 あの不気味で美しい旋律がこんなに鼓膜を震わせているというのに、俺の手を取ってくれる者はいなかった。死は、生きたいと願う者たちの手を無理矢理に掴んで踊り、やがて彼らと共に倒れて眠った。

 どこまでも周りと歩調が合わない俺は、ただ彼らの寝顔を横目にすごすごと帰ってくるよりほかなかった。

 ああ、でも、また君とこうして話せるのだから置いていかれて良かったよ。


 □月□日

 やぁ、返事をくれて嬉しいよ。

 遺言ノートの存在意義……、なんだろうな。

 誰にも届けられなくても書いておきたいんじゃないか?

 死ぬ前に自分の存在した証を後世に残したい、という欲さ。

 博物館に飾られたら、その願望が叶えられたことになるかな。胸くそ悪い。


 □月□日

 やぁ、返事をくれて嬉しいよ。

 遺言を残したい相手なんていない方がいい。そちらの方が気楽に生きられるし、気楽に死ねる。だから俺は身軽なのさ。


 遺言ノート。ああ、そうだったのか。

 感情を置いてくるためにあるんだな。それで君は、戦士の書き残した傷だらけの心を、自分だけは見てあげようと。凄いな、尊敬するよ。

 ああ、皮肉じゃないからな?


 □月□日

 やぁ、返事をくれて嬉しいよ。

 俺も君と知り合って未来が惜しくなったよ。

 ■■■■■、共に生き残ろう。

 それでこの地獄が去った折には、雨の匂いの詳細を教えてくれ。

 約束だ。






 俺も、君に遺言を遺す気になれないんだ。

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