第2話
数也とは大学の漫研サークルで出会った。
漫研と言っても「漫画を研究する」という名目で日々好きな漫画を読み耽る、というとても大学生らしい平穏なサークルだ。
そこに一緒に入った同級生の数也の第一印象は「冴えないなあ」という感じだった。
猫背気味であまり喋らず、服装もTシャツにジーンズにスニーカーを基本としてシャツを羽織るかコートを羽織るか、もしくは半袖にするかで季節に対応するスタイルだ。
そんな数也の印象が「冴えない」から「変なやつ」に変わったのは秋を感じ始めたある日のこと。
彼のTシャツの袖の長さが五分から七分に移行した頃のことだ。
「数也くん、スマホ鳴ってるよ」
まだ私と数也しか来ていないサークルルームでお互いに何も話さず机に積み上がっている漫画を読んでいると、パイプ椅子に置かれた彼のスマートフォンが震えていた。
ちなみに私が彼を名前で呼ぶのは「部員は仲間だから名前呼びをしよう」という青春漫画好きなサークル長の指示によるものだ。
「ほんとだ。ごめん、取ってもらってもいい?」
「うん」
私のほうが彼のスマホに近かったため、特に何も思わないまま手を伸ばす。
しかしスマホを持ち上げた瞬間、電話は切れてしまった。
「あ、切れちゃった」
「じゃあいいや。ありがとう」
数也はすぐに漫画に目を戻す。彼はスマホを確認しないタイプなのかもしれない。
彼のあまりの即答ぶりに、私は少し心配になった。
「ほんとに大丈夫?」
「えっ。大丈夫じゃ、ない?」
「一応確認しといたら?」
「そっか、そうだね」
私は彼に渡そうとスマホを差し出す。彼は受け取るため身を乗り出した。
そのとき彼の膝が机にぶつかり、積み上げられた漫画本が雪崩のように崩れて床に散らばる。
「あ、やべ」
「あらら」
数也は床に散らばった漫画を慌てて拾いはじめる。
そして両手に何冊もの漫画本を抱えるように持ちながら彼は私のほうを向く。
「ごめん、遥花さん。ちょっと誰から電話か見てくれないかな。パスワードは1192」
「あ、いいよ」
あれ、と彼のスマホのロック画面を前にして指が止まる。
今さらっとパスワード言わなかった?
「いいの? 個人情報とかプライバシーとか」
「いいよいいよ。遥花さんだし」
意味がわからない。まあ本人がいいと言うならいいんだろうか。
私は彼のスマホを開いて着信履歴を表示させ、番号を確認する。
「あ、これ保険の勧誘だよ。私もこの前来た」
「そうなんだ。ありがとう遥花さん」
「いいけどさ、あんまり
大きな漫画の山を作り直した数也は一息ついて私からスマホを受け取る。
今はスマホがあれば何でもできる時代だ。それは便利な反面、その小さな機器の中に多くの個人情報が詰まっているということでもある。簡単に他人に見せていいものではない気がする。
「大丈夫だよ、遥花さんだから」
「その謎の信頼はなんなの」
私が眉を寄せると、へへへ、と数也は笑う。
彼の笑顔を初めてちゃんと見て、間抜けな犬みたいでちょっとかわいい。
「では今後気をつけます」
「うむ、よろしい」
そこで会話は終わり私たちは再び漫画の続きを読み始める。
そのはずだったが、私の中にふと小さな疑問が芽生えた。
「そういえば何で1192なの? 誕生日とかじゃないし」
「ああ、鎌倉時代が好きなんだ。ほら鎌倉幕府が成立したのって1192年でしょ」
誕生日みたいなもんだよ、と数也は楽しそうに言った。
私は「あれ?」と首を傾げる。
「1185年でしょ。鎌倉幕府ができたのって」
「え」
「確か少し前に変わったんだよね」
私がそう言うと、彼は目を見開いた。慌ててスマホで真実を検索する。
「ほんとだ……!」
「でしょ?」
そして真実を知った彼はわなわなと震えたかと思うと、不意に拳を握りガッツポーズを決めた。
「やったー! 鎌倉幕府が七年も延びたぞ!」
「え、そこ喜ぶとこなの?」
なんというサプライズだ、と嬉々とする彼を見て「変なやつだなあ」と私は思った。
それと、意外と楽しい人なんだな、とも思った。
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