四つだけ教えてくれない

池田春哉

第1話

「ねえ数也かずや、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

「ん、なに? 高校の時のあだ名? 人生で一番笑った話? クレジットカードの番号? 預金通帳の隠し場所?」

「やめなさい」

 数也は私のソファで漫画を読みながら、へへへと笑った。どうやら私の言葉は届かなかったようだ。

 彼はあまりにもオープンすぎていつも心配になる。「それ言って大丈夫?」と思うことも平気で教えてくれる。以前「こんなこと言うの遥花はるかにだけだよ」と言っていたけど、なんとも疑わしい。

 私は紅茶を一口飲んでから改めて忠告する。

「そういう大事な情報は他の人に言っちゃだめだよ」

「言うわけないよ」

「預金残高は?」

「1万7000円」

「すぐ言うじゃん。あと少なっ」

「明日給料日だから大丈夫」

 本当に大丈夫だろうか。情報リテラシーも金銭感覚もますます心配になってくる。さすがに恋人にでも言っていいことと悪いことがあるだろう。

「数也ってほんと全部言っちゃうよね。なんか隠しごととかないの?」

「あるよ」

「え、あるの?」

 彼の予想外の言葉に驚き、カップを持ち上げたまま聞き返した。

 数也はそんな私の気持ちをよそに漫画本から目を離さないまま平然と頷く。

「うん、四つ」

「四つも!?」

 数也のことはなんでも知っているつもりだった。

 就職活動中の大学4年生。神奈川出身。一人っ子。漫画が好き。パクチーが嫌い。平熱は35.8度。好きなものなら毎日でも食べられるタイプ。

 まだ知らないことでも、訊けば何でも教えてくれるのだと思っていた。

 でもどうやらそれは違ったらしい。

 私は持ち上げたままだったカップをテーブルに置いて彼に向き直る。

「……えっと、隠しごとって何?」

「いや隠しごとなんだから言えないよ」

 数也が教えてくれない。

 そんな初めての経験と謎の正論に押し負けて私は言葉を失った。

「でも遥花には隠しごとがあるってことくらいは教えてあげるね。あと個数も」

「隠しごとって存在自体を隠したほうがいいんじゃない?」

「そうなの? 変なの」

「変なのはそっちでしょ」

「まあでもこれは教えても特に問題ないから」

 答える数也に動じる様子はない。彼の言葉通り、本当に問題ないのだろう。

 だから問題は私のほうだ。

 だって、そんなこと言われたら気になるじゃん!

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