恋愛ゲームの世界に転生したけど、堅実に生きようと思います

くま太郎

第1話

 俺には、前世の記憶がある。前世の俺はしがない独身サラリーマンだった。

 愛想笑いとゴマすり。頑張っても伸びいない営業成績。

潤いのうの字もない生活、そして心がすり減っていく毎日……挙句の果てに、俺は上司の不倫騒ぎに巻き込まれて殺されてしまったのだ。

 俺はまだ独身だったのに、あの糞上司俺を盾にしやがって。

 そんな俺が転生したのは、恋愛ゲームの世界……嘘みたいが本当の話だ。

 ゲーム名は『プレシャスメモリーズ』……自称平凡な主人公の恋物語を描いた作品である。

 そして何故ゲームの世界だと分かったのか。それは俺の幼馴染みが、ヒロインの一人なのだ。


「隆、高校はどこに行くか決めた」

 話し掛けてきたのは、件の幼馴染み夏空向日葵。ポニーテールがトレードマークの元気系少女。

ゲームでは『同い年の男の子は、子供っぽいから嫌なんです。やっぱり先輩みたく大人な男じゃないと』と言って主人公に懐いていた。

ちなみにゲームには、向日葵の幼馴染おれみは出てこない。

そりゃ、そうだ。主人公を一途に慕う後輩キャラに男の幼馴染みがいたら、キャラがぶれてしまう。

そんな幼馴染おれの名前は曽野そのたかし。略してついた、あだ名はそのた。

クラスに同性の園さんがいたっても、大きいが正にモブにうってつけのあだ名である。

だって俺前世と顔が同じなんだもん。恋愛ゲームのキャラが一般高校生扱いされる世界では、名は体を表すモブなのだ。


「資格を取りたいから工業高校に行こうかなと思っているけど」

前世の俺はしがない独身サラリーマン。そんな俺がゲームの世界に転生したからと言って、メインキャラと恋人になれる可能性は極めて低い。

それならどうするか。俺は自分育成に頑張った。前世の知識に胡坐をかかず、勉強に勤しんだ。

体力をつけていく為に運動にも力をいれている。

 別に有名大学に行きたいとか、スポーツ選手になりたいとかじゃない。せっかく転生出来たのだから、ほどほどに充実した人生を送りたいのだ。


「えー、隆の成績なら大学に行けるでしょ。僕と同じ高校に行こうよ」

 向日葵が希望しているのは、ゲームの舞台になる高校。メインキャラの中に天才少女がいるっていう設定から、進学率も高め。

しかもスポーツにも力を入れているっていう設定だったから、向日葵も推薦でいける。

ちなみにその学校には、品行方正な嬢様や自由気ままなギャル。現役アイドルに、天才芸術家少女。家が貧乏な薄倖な少女も在学してる。

元大人だから不思議に思う。あの学校の経営理念は、どうなっているんだろうと。


「向日葵を憧れの先輩が目当てなんだろ?」

ゲームの主人公は、元陸上部で向日葵の部活の先輩。

ゲームでは自称一般人だけど、イケメンな上に中学の時は陸上で県大会の決勝まで進んでいる。

血の繋がらない義理の妹がいるし、メインヒロイン春野菫は幼馴染み……『四月まで待って下さい。俺が本当の一般人ってものを見せてあげますよ』そう言いたくなるような存在だ。


「うん。先輩は僕の憧れだもん」

 そしてゲームと同じく、向日葵は先輩を慕っている。

俺が入る隙間がない位に……高校に進んでも、この胸の痛みを我慢しなきゃ駄目なんだろうか?


 結局、俺は向日葵と同じ高校を選んだ。担任や両親の説得……何より惚れた弱みってやつだ。

 現実的に考えても、あそこの高校は大学に太いパイプを持っているし、元営業からしてみれば『私、あの有名人と同じ高校だったんですよ』の話題は捨てがたい。

 ちなみに工業高校は担任の『曽野、お前不器用だろ。技術の先生も辞めた方が良いって言っているぞ』の有難い御言葉で却下された。


「四月から高校生だねー。隆、お願いがあるんだけど」

 多分、先輩へのアシストだと思う。いくら片想いをしていても、身分違いの恋ってやつだ。

 大事な幼馴染みの幸せの為、協力してやろう。作り笑顔は今でも自信がある。


「高校生なったらバイトを始める。その空き時間で良かったら、協力するよ」

 狙いはコンビニ。高校の内から慣れておけば、大学に進んでも続けられる。


「だったら、その空き時間を僕にちょうだい……ずっと好きでした。隆、僕の恋人になって」

 ……えっ?どっきり?


「お前、陸上部の先輩が好きだったんじゃないか?」

 ゲームの設定だと大人っぽい先輩に憧れていた筈なのに?


「え?あんな浮気性な人は無理だよ。僕が憧れていたのは、菫先輩。菫先輩も幼馴染みを好きだから気が合ったの」

 うん、向日葵の近くで一番大人なのは、親を除けば俺だもんな。

 何より、向日葵はプログラムされたゲームのキャラじゃなく、生きて自分で考える人間だ。

 それなら自分の気持ちに正直なって、大事な幼馴染みを……いや、大切な女性と幸せになろうと思う。


後日談

 なんやかんやあって恋人になり、俺は向日葵に前世の記憶を話した。

 話したら、滅茶苦茶怖い顔で尋問されは始めたのだ。


「そっか、刺された死んだんだ……それで前世の恋人は、どんな人だったのかな?」

 向日葵さん、目が笑っていません。焼きもちやきな恋人は、前世の不幸な死因より、元カノの方が気になるようです。

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