四章 龍神のつがい /四 龍神のつがい【1】

 風が吹き抜けていく。

 焼け跡が広がる痛々しい丘に残った花が揺れ、甘い香りがふわりと舞った。



「また、大事なものを失うかと思った……」



 切なげに落とされた声に、凜花の胸の奥が締めつけられる。

 大きな手が、凜花の存在を確かめるようにそっと頬に触れた。



「ここに来るまで何度も凜花を失うことを想像して、怖くてたまらなかった……」



 弱々しく微笑む様も美しい。

 そんな聖は、天界に住むすべての龍を統べる龍神。

 龍たちは、彼に畏怖と尊敬の念を抱いている。



 けれど、聖にもこうして弱い部分はある。

 凜花は、誰にも見せられない彼の心の脆い部分を守ってあげたい……と思った。



「私はいなくなったりしないよ」


「凜花……」


「だって、あなたとずっと一緒に生きていくと決めたから」



 聖が言葉を失くして瞠目する。

 凜花は、彼を見つめて穏やかに微笑んだ。



「龍のつがいがどういうものか、ずっとわからなかったけど……魂で求め合うって意味が、ようやくわかった気がするの」



 火焔の炎に焼き尽くされそうだったあのとき、凜花の中に芽生えたのは激情のような想いだった。



「私は聖さんの傍にいたい」



 聖の心が欲しい。

 彼とずっと一緒に生きていきたい。

 そんな想いが、胸の奥から突き上げて。それなのに、もうこの気持ちを伝えられないかと思うと、後悔でいっぱいになった。



「なにも持ってない私だけど、あなたを守りたいと思うし、あなたの隣で一緒に歩んでいきたい」



 自分が凜の身代わりだって構わない。

 凜の魂も含めて自分なのだと、凜花はすべてを受け入れる覚悟を決めたのだ。



「だから、凜さんの魂ごと私を受け入れてほしい」



 凜花の鼓動はドキドキと高鳴っているのに、想いを紡ぐことに抵抗はなかった。

 ただ伝えたくて、伝えなければいけない気がして……。駆け出すように想いが溢れる心が止まらなくて、伝えずにはいられなかった。



「私、聖さんのことが好きです。誰よりもなによりも、あなたが大切です」



 恋心を知らなかった日々が嘘のように、胸の奥が甘やかに締めつけられる。

 高鳴る鼓動も、確かな恋情も、もう止まらない。

 聖のことが好きだと、心が全力で叫んでいる。

 迷いも戸惑いも不安すらも覆い尽くすように、凜花の胸の中は彼への愛おしさでいっぱいだった。



「だから、私を聖さんのつがいにしてください」



 真っ直ぐな瞳でそう告げたとき、もうなにも怖くはなかった。



「凜花」



 聖の瞳がたわむ。

 嬉しそうに、幸せそうに、ほんの少しだけ泣きそうに。



「俺はもうずっと前から凜花を愛している」



 けれど、彼の双眸には迷いはなく、ひたむきな想いを紡いでくれた。



「俺のつがいはたったひとり――凜花以外にはいない」



 真剣な面持ちになった聖が、凜花の頬に触れたままの右手に軽く力を込める。



「凜花、この命が尽きても俺と共に……魂で求め合う、たったひとりのつがいよ」



 美しい顔が、そっと近づいてくる。



 瞳を伏せるようにした彼を見ていたいのに、このあと起こることを予感して鼓動が跳ねる。

 なにも知らない凜花だが、ごく自然と瞼を落とした。



 そして、優しい香りがふわりと鼻先をくすぐった刹那。

 聖と凜花の唇が、そっと重なった。



 その瞬間、ふたりはまばゆい光に包まれた。

 泣きたくなるほど穏やかで優しくて、ずっと昔から知っていたような温もりが心に広がっていく。

 ふたりの首筋には、小さな紋様のようなものが浮かび上がった。



「凜の花か」


「え?」



 彼は右側に、凜花は左側に、それぞれ凜の花の絵が刻まれている。



「つがいとなった証に浮かぶものだ。紋様はつがい同士によって違う」



 紋様が浮かんだ場所だけ、ほんのりと温かかった。

 凜花が手を伸ばして聖の紋様に触れると、彼も凜花の頬を撫でていた手で浮かんだばかりの凜の花に触れ、どちらからともなく微笑み合った。



「俺たちらしいと言えばそうかもしれない」


「うん。凜さんが大好きだった花だもんね。今は私にとっても大好きな花だから、私たちにぴったりだと思う」


「それに、ここは凜の花に時期になると、一面に凜の花が咲くんだ」



 すべてが示し合わさったようだった。

 偶然でもあり、必然でもあり、そして運命だとも感じた。



「これからなにがあっても凜花を離さない」


「うん」


「生涯大切にすると誓う」



 凜花が瞳を緩めると、聖が額に唇を落とし、そのまま頬にもくちづけた。

 心が甘くてくすぐったいような感覚を覚えて、温かな幸せが溢れ出す。

 ふたりは微笑み合い、惹かれ合うようにもう一度そっと唇を重ねた。


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