主人公全肯定なんていいから,罵倒をくれよ
星乃カナタ
第1話
───主人公全肯定なんて破滅しろ。
とある書店のライトノベルコーナーを歩きながら、考える。
ここ最近のライトノベルは何かがおかしい。昔は主人公が努力するものの、しかし何故かヒロインは毒舌で主人公を罵倒する───でもやはり、実はただのツンデレ。
そういうタイプが多かったように思える。
でも今は、主人公が何もせずに……超激カワ美少女が甘々と甘やかしてくれる。
そんなラブコメが蔓延している。
そんなふざけたライトノベルが立ち並んでいる。
正直な話、許せなかった。僕は純愛派であるものの、それ以前に毒舌と罵倒が好きだったのだ。
だからこそ毒舌でも罵倒でもない、猫舌で甘党な物語には興味が湧かない。
……色々と多様性とか配慮とかが、叫ばれる時代に変容していたっということも考えられるだろう。──はあ、本当にくだらない。
多様性? ふざけんなよ。
僕が欲しいのは、ツンデレによる罵倒なんだよ!
ああ、もう本当にふざけた世界だよ。
全くさ。
なんて考えていると、
「貴方が
と、後ろから声をかけられた。
金髪ツインテールで黄金の瞳を持つ、綺麗な美少女。胴体はなぜかライオンの着ぐるみで隠し、頭の部分だけ被っていなかった。
誰だ、この
なんだかんだと聞かれたら──答えてあげよう、彼女の為に。
「そうさ。
「そこまでは聞いてないわ」
うん、知っている。
でもアンタの正体は知らない。着ぐるみが趣味の金髪ツインテール美少女など、知り合いにはいない。
「アンタは?」
ライオンの着ぐるみを着けた状態で汗ひとつかいていない彼女は、金髪ツインテール少女は、真顔で答えた。
「
聞いたことない名前だな。つーか、失礼だが随分と特殊である。
というかというか、である。
桜ヶ此処だって? それは僕の通っている高校と同じ名前じゃないか。
となると、もしかすると、
「敬いなさい庶民の徒京君。私は君の通っている桜ヶ此処高校の理事長の娘にして、これからソコに転校してくる──ご令嬢よ」
──そこそこ。
────其処其処。
自分で自分のギャグを解説するのは、なんとも虚しい気持ちになる。
「因みに聞くが」
「ええ、何なりと」
「僕に何の用だ? そんなお嬢様がさ」
「え?」
……え?
いや、そんな顔するとは思わなかったじゃん。
僕は普通の質問をぶつけたはずだ。
だがしかし、彼女は呆気に取られたように口を開いた。自信満々で挑んだのにボロ負けして、悔しいとか通り越して笑いそうになる……その寸前の唖然だ。
細かすぎて伝わりそうにない。
そもそも、そんなシチュエーションを体験しているのは僕だけかもしれない。
「そんな困惑するとこ、それ?」
「困惑するところよ。いや、だって高校の生徒全員に、ただ私を敬いなさいよって言いに来ただけで、その一環で貴方のところを訪れただけですもの」
「はあ、なるほど?」
それってつまり、コイツはとんでもなくお嬢様気質で世間知らずってことかい?
「まぁうん。あまり知らない人を敬う趣味はな、残念ながら僕にはないんだよ」
ハコベラの表情が曇る。
「……はあ。そう、なら良いわ。大っ嫌いよ、アンタなんて」
「え」
そのまま彼女は踵を返して、帰り始めた。おいおい。話しかけてきたのはそっちだろ。
そんな風に呆れつつ、僕は彼女から吐かれた言葉を思い返す。
待って、え、あの言葉って───。
「ちょっと待ってくれよ」
声だけじゃハコベラは制止しない。だから、肩を掴む。
肩なのに柔らかかった。
「なによ」
「もう一度言ってくれる? さっきの言葉」
「は、はあ?」
困惑する彼女。そう、それで良くない。
早くリピートしろ。
「──あ、あんたなんか……大っ嫌いよ」
さっきとは少し違うけど、満足だ。その言葉が鼓膜を通過した刹那、僕の全身の体は抜けていき、そのまま地面に崩れ落ちる。
ああ、神様……これか、これこそが。
───僕の求めていた『罵倒』ってやつか。
それは清坂。
一生彼女についていき、罵倒を聞こうと。
ふと、ハコベラと目が合った。
偶然か、必然か、確然か、当然か。
多分、全てだ。
同時に彼女が微笑む。
「……
なんて、
勝手に合格にされてしまった。
◇
僕が罵倒好きであるのは、昔からだった。
決してMではなく。罵倒好きなだけだ。
更に言えば卑しい男とか、エロい女に言われるのじゃ効き目が悪い。
──欲しいのは清楚の罵倒である。
「……へ、へぇ。もう罵倒の話はいいわよ」
「いやいや、まだ序章だぜ? 始まったばかりだよ。これから数千時間は話すつもりなんだから」
「それなら、パソコンゲームで使った方がマシよ」
マシじゃねぇよ。
というか、パソコンゲームを数千時間プレイするとかいう概念を持っているお嬢様がこの世界の何処にいるのさ!
此処にいる。
桜ヶ此処は、ここにいる。
「むう。まあ、さっきのは冗談さ。わざわざカフェに来たのは、アンタの話を聞く為だしな」
「そうよ、その通り」
先ほどの書店からそう離れていない、駅ビルにそびえるカフェチェーン。
僕とハコベラはそこでお茶をしながら、話をする。二人席、丸テーブルを対称に対面する形で座っている。
……のだが、コイツが着ぐるみ姿のせいで周りからの視線が痛くて恥ずかしい。
ツッコミを入れていいだろうか?
やめておこう。
話は本題へと突入する。
「で、聞くけどさ。書店で言ってた合格って何のこと?」
そう。それが一番気になっていた──僕が彼女の罵倒を聞き、崩れ落ちた時、彼女が放ったその一言。
「合格の意味知っているのかしら? 試験を受けて、貴方は合格したのよ」
合格、言葉の意味はもちろん知っているが試験を受けた覚えはないぞ。
「馬鹿にするなよ、知っている」
「なら、尚更ね」
いや、駄目だ。全く分からない。
「つまりは、罵倒試験よ」
「そりゃバッドな名前だな」
罵倒試験。
なんじゃそりゃ、って話だ。
意味が分からない。
僕が今対峙しているのは、新手の厨二病か? 僕が永遠を誓った(勝手に、しかも言っていない)相手は……やばい奴だったのか?
「貴方みたいな拗らせ罵倒ラブコメ好きオタク君を、私は探していたのよ」
「凄い罵倒だな──っ!?」
もっとくれ、頼む。
「最も私も罵倒が好きなのよ。アンタとは違って、する側としてね」
「ふむふむふむふむふ……」
ふむ、は何回言うのが適正だろうか。
知らないというアンサーはノーさ。
「つまりは丁度いいサンドバッグが欲しかったの。需要と供給、罵倒する方とされる側。どちらも得があって、ウィンウィンでしょう?」
「その通りだな」
「褒めないで、気持ち悪いから」
グッサリと刺さる、僕の心に。
しんなりと沁みる、罵倒が此処に。
なんて詩的に表現してみるものの、考えてみて欲しい。これは客観的に見て、かなり気持ちの悪い、気味が悪いやり取りなのではないだろうか?
まあ、それはそれでいい。
話を戻そう。
「それでね、私が挨拶という建前で生徒たちと会って選別してたのよ。誰が私のサンドバッグに相応しいか」
続ける、
「これから新設する──罵倒部の部員として相応しい人がいるかどうかをね」
「ふうん、罵倒部か」
……実に良い響きだが、それって部活新設の申請に通るのか? ま、そこは理事長の娘パワーで無理矢理OKさせるのだろうな。
「これまで240人に聞いて回ったわ、でも誰一人として立候補しないのよ。腰抜けしかいないのよね」
「それは正常な奴なら腰抜けではなくて、当たり前の判断に思えるけど」
「徒京君に発言権をもたした記憶はないわ」
「あぅ」
黙って聞くことにしよう。
「それで241人目に、徒京君が来たのよ。呼び止められた時は、確かな感触を掴んだわ」
それは別に掴まなくて良いと思う。
罵倒の心地良さには気がついて欲しいが、最も彼女はそれを知っているからな。
「だから貴方を罵倒部2人目の部員とするわ」
……ふ、2人目?
もう1人は誰だろうか。
「なに黙ってるのよアンタ、少しは喋りなさいよっ! もう1人は、って」
さっきは喋るなと言い、今は喋れよ、と。
なんとも理不尽な罵倒であった。
───ああ、それだ。それが良い。
「もう1人ってのは?」
「私よ」
ごめん。
これは驚かない、予想がつくどころの話ではないし、言うまでもないってところだ。
「驚きなさいよ」
「嫌だね」
「……ふん、良いわ。じゃあ今から貴方は罵倒部で、色々な活動をがんばってもらうから。覚悟してなさい」
でも待ってくれ。
この小説は短編で──そんな長い学園生活を描き切るには、あまりにも余白が足りないのさ。
だから、それは無理な話ってやつだよ。
……短編に長く壮大なラブコメを求めてはいけないのだ。
「言っとくが時間はないぜ。これから部活の申請をしたりしたら、それだけでこの話が終わることになる!」
それだけ、目の前の少女に言った。
「そう、なら──試運転期間といきましょうか」
この罵倒少女はなんとも都合の良い解釈をしたものだなあと、感心する。
試運転期間か。
罵倒部、か。
ちょっとワクワクしてきたぞ。
とある年の春。
5月7日午後1時。今日はゴールデンウィークの最終日であった──。
◇
「罵倒部試運転期間として、貴方にはしてもらいたい事があるわ」
「してもらいこと」
もうやる事は決まっているのか。
随分と用意周到だな、と。学校から近い、そこそこの公園のベンチで腰掛けながら僕は思った。
空を見上げると、蒼い。
どこかの最強みたいに引っ張る力が使えそうな気分に陥るぜ。
順天──っ!
「やっほ〜、みんなのアイドル。ちーちゃんです!」
「久しぶりね、ちーちゃん」
急に少女がやってきた。《ちーちゃん》と名乗る少女は、どうやら
どうやらハコベラが電話で呼んだらしい。
茶髪ボブで美少女なちーちゃん。深緑のニットセーターと黒のミニスカがよく似合っている。
見た目的に同年代だろうか。
「それと、おひさだね。徒京くんも!」
「……は?」
ちーちゃんは、まさかの僕にまでそう話しかけてきた。いや嘘だろ。
なにが久しぶりだ? 僕は彼女の存在を全くと表現して過言ではないぐらい知らない。
だって初対面なんだから。
「え? もしかして忘れた訳じゃないよね」
「あ、あれだよな。幼馴染的な?」
「違うよっ! 同じクラスでしょ!」
まじか。
ここで口に出る衝撃の事実。
確かに僕はこの春からのクラスメイトとは大して話していないし、記憶にも残っていない。
──にしても、顔すら忘れていたとは……。
自分の記憶力の悪さが恥ずかしい。
というか悪い思いをさせてしまったよ。
「ごめん、冗談だよ」
取り敢えず冗談で乗り切ろう。
乗り切れれば、それが正義だ!
「ほんと人間のクズね、徒京君って」
「認めたくないけど、その通りだよ。名前にだってあるだろう?」
そう説明する──清坂徒京。
──
良い感じだろ?
その通りじゃないか。
「そんなことよりも」
おい。
僕の名前の説明は、それよりも、で流されるぐらい軽いもんなのか?
悲しいな。
「そんなことよりも?」
「そんなことよりも、罵倒部試運転期間──というか今から、徒京君にしてもらうことを説明するわ」
罵倒部試運転期間。
そこですることとは、一体ッ!?
「本当に貴方が罵倒好きなのかどうか、試させてもらうのよ」
「僕を試すってわけか、面白い」
───僕が生粋の罵倒好きであることを証明してやるッッ!!
「ねえ、徒京くーん、悲しかったよ〜私さ〜忘れられてて〜」
「うわっ、なんだアンタっっ!?」
その時だ。
ハコベラが合図を送ったのだろう。
ちーちゃんが、ベンチに座る僕の上に跨って抱きついて来た。
初対面の男子にこれをやるとか……やべぇな。あ、初対面ではないのか。
にしても、ヤバい──。
甘々系で巨乳の彼女は、僕に色々と押し付けくる。
つーか、これ。
なにが罵倒部試運転期間だ! これこそ、罵倒部に入部できるかどうかの試験だろッ!
「甘々な彼女の誘惑に耐えられるかしら? 極楽でしょ?」
「ぐ、お……っ!!」
「ねぇねえ、徒京くーん! 私のこと嫌い?」
彼女の彼女という部分が、男の男である僕を誘惑し魅了してくる。その様はまさに
やめてくれ、これでR-18になったらどう落とし前つけてくれるんだよ!
──焦る。
流石に僕だって男だ。
健全な男子高校生だ。
いや待て、罵倒が好きな男子高校生は果たして健全なのだろうか。
待て待て待て、
んな細かいことはどうだっていいのさ!
耐えろ、僕ッッ!
胸が当たる。柔らかい太ももが、ぎゅーっと肌に触れる。ちーちゃんの吐息が感じられる。
彼女は僕の耳元で、
ゆっくり、
「頑張らなくてもいーんだよ、徒京くん」
───あ?
「徒京君はいつも頑張っているから、今日ぐらいは私に甘えちゃって、全部忘れなよ! というかさ、徒京君は偉いよ! 生きているだけで偉い!」
───は?
ふざけんなよ、ゴミが。
生きているだけで偉い? そりゃそうかもしれないがさ、そんな僕に対するアンチテーゼみたいな言葉で──果たしてこの清坂徒京を陥せるとでも思ったのか?
その言葉は、興醒めだった。
夢から覚めるのには、あまりにも十分すぎた。
「え、急にどうしたの徒京君」
「ちーちゃんは知らないかもしれないけどさ」
黙って、この状況を仁王立ちで傍観するハコベラに対し──怒りを込めて告げる。
「僕は無条件の主人公全肯定が一番嫌いなんだよ。一番大っ嫌いだ。偉い? そんな訳ねーだろ、よっと頑張れって罵倒しろよ!」
嘆き、無理矢理立ち上がる。
ビックリした様子で転びそうになりながらも、ちーちゃんは僕と少し距離をとった。
既にスイッチは入り切っている。
もう誰も、僕は止められない。
「罵倒を求めている人間に、無条件ヨシヨシ? 有り得ねえ、アンタ達は僕のことを何も理解しちゃいねーのさ!」
公園で、公衆の面前で、更に声高々に、僕は言う!
──言わなければならないッ!
「主人公全肯定なんていいから、罵倒をくれよっ!!!!!!!」
そこまで言って、限界が来た。
ふと我に帰る。
……公園で僕はなんてことをしているんだ──と。もはや焦りを通り越して、驚愕だった。
「うん、やはり私の目に狂いはなかったようね。満点よ。とても気持ちが悪いわ、本当に初めて見た」
「そりゃどうも」
「コレに感謝とかないわよ、単純にキモいってだけの話──」
「そりゃどうも」
ああ、これだ。
これこそが……僕の求めていた『罵倒』であった。主人公全肯定? 否、主人公全罵倒。
そのまま、地に伏せるように倒れる。
「……これでバッドエンドってわけか」
指で『止まるんじゃねぇぞ』となぞりながら、理解する。
「コレから部活でも宜しく頼むわ。罵倒好きのキモいさん?」
キモい、じゃなくて──
でも、それでいい!
「ははっ罵倒エンドってわけか」
そういうわけで、僕たちの罵倒で構成された実にバッドなスクールライフが幕を開けた。
主人公全肯定を嫌い罵倒されるのを愛する僕と、
罵倒することを愛する桜ヶ此処葉小原と、
甘々で誘惑系なちーちゃんと、
そんな3人で始まる──
それは罵倒されするの、ランデヴー。
愛らしい罵倒物語が、奇人だらけの奇譚が始まる。
「でもそんな気持ち悪いキモい君のこと、ちょっと面白いと思ったわよ──罵倒一筋でね」
そして、そんなツンデレを一口頂く。
公園の隅の花壇には、白い花が咲いていた──春の七草のうちの一つ、
主人公全肯定なんていいから,罵倒をくれよ 星乃カナタ @Hosinokanata
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