シグルズの指輪〜竜殺しの子孫と欠けた竜が巡る、人間と竜のお話〜

芦屋秀義

第1話 追放の朝


 少年がその竜の羽ばたきから、身を守っていた手につけたくすんだ金の指輪を、竜はその大きな眼で興味深そうに見つめる。


「貴様の持つその魔道具の指輪。われに捧げるのなら」


竜脈領域に踏み入れたこと――許してやらんこともないぞ?」


「ッダメだ!」


 そう尊大に命じた竜に、少年は正気に戻って竜の提案を拒絶した。


「そうか、ならば貴様の亡骸から回収するとしよう」


 そう淡々と言った竜の喉が膨らみ、火の粉が散る。


 少年の疲れきった体では、ソレから逃げることはできないことを悟っていた。


 そして竜が、少年に向かって顔を近づけた瞬間――。


「うわぁああ!!」

「んぐぅ!?」


 その少年のがむしゃらなアッパーカットが、竜の顎に直撃した。


――――


 村長であろう威厳のある男性が、四人の少年少女へと、美しい白い花が編まれた花輪を一人、一人の首にかけていく。

 その子ども達の成長を集まった村人は、暖かく見守り、そして我がことのように祝う。


「おめでとう、ミーメ」

「へへ、ありがとうおじさん」


 そうして、顔に傷跡の残る少年を最後に、その子ども達を祝う穏やかな空気が消え失せた。


「シグ」


 先ほどまで、子ども一人一人を慈しみ、微笑んだ村長の顔から笑顔が消えた。

 そして、威圧感のある能面のような顔で、その子どもを男は呼んだ。


「この村で、良く十六年生きたな」

「はい」

「――これでお前を庇護する理由もなくなった」

「明日、この村を出て行きなさい」


 その言葉を聞いた村人は、ヒソヒソと沈黙を破って話し出す。


「やっと出て行くのかい」

「あの子、竜を操って怪我させたんでしょう? 怖かったのよ」

「あいつが村に災いを呼ぶんだ」

「あの眼、前から君が悪いと思っていたんだ」

火竜かりゅう様がお怒りになる前に早く追い出しちまえ」


 その村人達の言葉や、顔に傷のある少年が睨みつける様子を少年は、それが日常であるかのように何も反応しない。


「……はい」


 そういうと少年の人とは思えないような、浮世離れした黄金のような眼は、凪いだまま村長を見つめていた。



「大丈夫。俺は、一人でも生きていける」


 そう自分を鼓舞するように、シグ一人が住むには広すぎる家の中を、たった一人で整理していく。

 元々家にある物が少ないシグの身支度は、日が沈み始める頃に全てが片付いていた。


 その晩。自室の奥底にしまいこんでいた物をシグは、ベッドサイドに置いてある写真たての前に置いていた。

 それは、首にかけれるように紐が通され、細かい装飾のついたくすんでいてもなお美しい金の指輪だった。

「今なら、入るかな」

 そう呟くと首にかけるように付いていた紐を解いて、シグは自分の指に指輪を通す。

 金の指輪は、シグの右手の人差し指にすっぽりとはまった。

そして、写真たてに入れられた、写真に映る男女をシグは見つめる。

「……こんな呪いみたいなもの無くなればいいのに」

 そう呟いてシグは、その両親の形見である指輪を左手で包み、祈るように布団に丸くなった。


 次の日の朝。

 太陽が、空を微かに照らす薄明。

 未だ静かな早朝に、その雄々しい竜の咆哮が、村の静寂をひき裂いた。


「――飛竜だ!! 竜が出たぞ!!」


 その声に目を覚ましたシグは、家を出て走り出した。



「なんで、」

 いつかのように、空から飛んできた土色の飛竜は、大人達の放つ魔法や、弓矢をなんでもないように受けて、村の結界を破壊しようと口から魔法の攻撃を吐く飛竜。

「……グルル」

 結界が壊れないうちは、家の中にいる村の人も、結界の内側で戦っている人も、無事だろう。


 でも、それが壊れたら?


 そう考えて空を見れば、その飛竜と目が合ったような気がした。


 そして、今度は俺に向かってくるように突進してくる。


 何度も、何度も。


「シグ! お前が呼んだのか! また!!」

 村長が、俺を見てそう言った。

「やはりお前は、竜を呼ぶのだ!! 早くこの村から出ていけ!!」

 そう叫ばれてやっと家の窓から、戦っていた人達からの視線が見えた。


 ドクドクと煩いくらいに心臓が鳴っている。

「――俺はここだ!! こっちだぞ!!」

 気がつけば、村を出て飛竜にそう叫んでいた。


 どれくらい走っただろうか。

 肺は熱いし、足を止めたらもう止まってしまう。

飛竜の迫る羽の音を聞きながら、村から少しでも遠くに行こうと必死に走っていた。

 どうして、竜は俺を追ってくるのかわからない。

 ミーメの時だって、竜が勝手に来たのに。


「俺のせいなんかじゃない!!」


 そう心中を叫んで初めて、飛竜の羽音がしないことに気がついた。


「あの飛竜は……? というかここは?」

 そこは人気ない、熱風の吹く岩の剥き出した山だった。


「なんだっけここ……来てはいけない場所だったはず」



 そうこの場所を思い出そうとするシグは、自身の頭上にできた大きな影に気づかなかった。


「――人間。貴様ここが我が領域と知って足を踏み入れたか」

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